古城山(こじょうざん)407.5m (金鷄山、大桑城址)





馬ならし場跡の少し下った所で、二人のおじさんが休んでいまし
た。話を聞くと、猪の罠を見に来たと云っていました。今年は全
然ダメだそうです。熊もここ2~3年見ていないそうです。時間が
あったので、金鷄の滝へ行きました。取矢神社の鳥居の前に駐
車して、道が良く分からず、林道を進み、神社の奥殿から、ちぃ
さな谷に入って登ると滝が見えてきました。その上に注連縄を
はって不動様の仏像が二体有る所にも水は無いけれども滝の
あとがあって、どちらが金鷄の滝なのか?と思いました。
蛇行した緩い登りの林道を行くと、終点となって登山道はジグザグ
道で落葉のジュウタンが続いていて、雑木林の中、シダやウラジロ
の藪の道でした。所どころ階段があって、よく歩きこまれたハイキン
グの道でした。落葉樹の葉が落ちて、樹間から、向かいの山の林
道のガードレールが白く見られました。急峻な階段を登ると「番所
跡」の看板があって、ちぃさな広場には番所があって、番兵が常駐
していたのかな?と思いました。
山県市大桑 椿野
2009.12.16日 所要時間 2:40分
天候 晴れ 標高差 330m
メンバー 2人
金鷄の滝
「この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、
同院発行の数値地図20万(地図画像)、数値地図5万
(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用し
たものである。(承認番号 平16総使、第525号」







頂上の南側には、ミニチュアのお城があって、近くの板に小学生
等の登頂記念が書き込んでありました。
城のまえは、東から南の方角に大きく開けていて、武芸川沿いの
高野か?岩佐の辺りだろうか?、南には、大桑城と戦った金華山
の稲葉山城(岐阜城)が、墨絵のように見られました、
巻き道を少し登ると「金鷄滝 分岐 経由 杉坂峠」と「古城山頂上」
の古い道しるべと、「国取り物語ゆかりの地 馬ならし場跡入口」の
大きな看板の合流点で、大尾根の道になりました。
高富の街を北上して、洞戸方面への分岐で、桜尾小学校から、老
人ホーム椿野苑を目指しました。休耕田の中を行くと、養蚕場跡の
所の丁字路で駐車。右は、林道 椿野~はじかみ線の起点で綺麗
な舗装の林道が続いていました。左は、「古城山登山道」や「大桑
城登山口」の看板があって、地道の林道へ入りました。
頂上へ行くと、二等三角点「大桑城山」と「古城山(金鷄山)407.
5m」の看板があって、東側が開けていて高賀山塊が、高賀山か
ら矢坪まで、長ーく伸びていました。


地図はサムネルです詳しくはクリックして下さい。
林道椿野~はじかみ線に戻って、頂上から見えた、展望台の東屋
で、昼食を取りました。東屋は二階立ての展望台になっていて、山
頂のお城が大きく見られました。蛇行した舗装の林道を、峠を越え
て下って行くと、武芸川にぶっつかり、国道418号で帰りました。
大尾根からは、雲をかぶった、能郷白山と、舟伏山の独特の山容
が、見られました。尾根道の暗部に、谷合いからの峠のような所に
「霧井戸入口」の看板があって、その先に、狂い咲きかつつじの花
が少し咲いていました。途中、小さな広場や急峻な尾根道を登っ
て頂上下の広場に、祠と、立派な石碑があって、「土岐頼蓺城址」
と由来が書いてあるようでした。