
大きなアンテナの脇から、舗装の林道と並行するように金毘
羅山への登山道を歩きました。最後に急峻な道を登ると、金
毘羅神社が祀られています。神社の南側すこし下がって二
等三角点(鵜沼村)がありました。樹間から明王山のアンテ
ナが見られました。この山は近くで、何回か登っています。
04年金毘羅山、07年向山、07年明王山、09年陰平山、
09年迫間山、等アップしていない時もあって年に2〜3回登
っています。
奥ノ院からは、近くに地デジのアンテナがあって、舗装の林道
です。途中、迫間不動からの林道と合流して、明王山のアン
テナから鵜沼方面へ続いています。「坂祝方面 山道」から林
道のSカーブを短縮して明王山への登山道を登りました。山頂
には、10人位の人が休んでいます。3人で、近くの山の同定
を楽しんでいました。展望の良い山頂もあいにくの曇天で遠望
は利きません。三角点 城山から坂祝中学校の郷部山などが
みられ、猿啄城址から鳩吹山が、関南アルプスの連山の向こ
うに権現山や百々ヶ峰や、地デジのアンテナと迫間城址の山
が見えていました。
金毘羅山(こんぴらさん)383m

関市迫間 多賀坂
2012,06,29日 所要時間 3:20分
天候 曇り 標高差 約270m
メンバー 単独
「この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、
同院発行の数値地図20万(地図画像)、数値地図5万
(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用し
たものである。(承認番号 平16総使、第525号」
赤ライイン・登り 黄ライン下り
地図はサムネルです詳しくはクリックして下さい
神社の奥に「迫間山岩屋不動明王」の石柱があって、不動様
の参道だったようです。標高差200m 道のり1k程を登って
奥ノ院に戻り、駐車地点の多賀坂トンネル前に着きました。
「迫間不動 ⇒」の案内板があって、少し下ると神社の建物が
見えて来ました。神明神社でした。本殿の前に拝殿があって
拝殿に向き合て、回り舞台の付いた、奉納歌舞伎の舞台が、
ありました。以前来た時は、舞台の床が抜けて、舞台装置も
壊れて居たように覚えています。鳥居まで出て見ると、旧道
に面しているようでした。

奥ノ院まで戻って、今回の予定の登山口の、下迫間口へ、下
りました。急峻な斜面に九十九折れの道で、以前よりはっきり
した道ですが、踏み跡は薄いようです。大きなウラジロは、当
時を思い起させるものでした。丸木の3本橋を渡ると谷沿いの
緩い下りでした。

南側は、鵜沼と犬山の街の間に木曽川が光っていました。傍
らに,クチナシの花が咲いていました。最高点の金毘羅山す
ぐ先です。


城址から少し下って登り返すと、迫間不動さんの奥ノ院なの
か、烏天狗のような仏像と不動様が祀って有り、鐘が印象
的でした。
梅雨時で、3週間くらい山に登っていません。足なら
しに近くの金毘羅山へ,行って来ました。20年位前
に長男を連れて登った。下迫間の神社から登ろうと、
行きましたが当時とは道も変わっていて登山口が分ら
ず、多賀坂のトンネルから登りました。トンネルの前
にはアジサイが咲いていました。トンネルの上に登る
と、大岩不動への分岐でした。
「関南アルプスハイキングコース」の明王山見晴台方面へ行
きます。「迫間城址」の案内板もあります。少し登ると迫間不
動さんとの分岐にお地蔵さんかな?をお参りしました。少し登
ると迫間城址です。大きな案内板の向こうに、金毘羅山が頭
を見せていました。城址から少し下った所に、空堀と土塁らし
い物が見られて、城址なのかなと思いました。






















