
妙法ヶ岳(みょうほうがたけ)666.9m
山頂には三等三角点(岐礼)があって、木の高い所に山名プ
レートがありました。林の中で展望はなく、樹間から、西台山、
魚金山が見えるのかな?。山頂が崩落した山が気になりま
した。
揖斐郡揖斐川町谷汲
2010,12,01日 所要時間 5:20分
天候 晴れ 標高差 530m
メンバー 2人
谷を太鼓橋で渡って、「日吉山王社」の石の祠をお詣いりしま
した。横蔵寺の鎮守様だろうか。右山の緩い下りの巻き道を
下ると、鉄筋コンクリートの建物の瑠璃殿の裏の登山口に付
きました観音堂、本堂、三重の塔をお詣いりして駐車地点に
戻りました。谷汲山、横蔵寺は見所が多く予定より時間が長く
なりました。5時間40分もかかっていました。
左山の巻き道を下ると広い所にでて、僧兵の馬場跡とその
向こうに東屋があって、仁王門跡の標柱が立っています。
東屋からは急傾斜に急峻な九十九折れの道が続いていま
した。途中林道の終点のような所に出ますが、いこいの森
の分岐でした。暫く下ると谷に出たところで、高い所にお釈
迦さまが立っています。
横蔵寺旧跡から、少し登って山を巻くように降りて行くと、熊
谷直実のお墓が有りました。「敵の幼い大将「平敦盛」の首
を討ち、戦の無情さに心を痛め修行僧となり諸国を行脚の
末この地で果てた」の説明書きがありました。お墓のすぐ下
の大きな岩「稚児岩」
少し下ると、「しゃくなげ平」のプレートがあて、周りには石楠
花がたくさんありました。花の時期に来たら素晴らしいだろう
なと思いました。少し下ると、横蔵寺旧跡がありました。本堂
跡や西の黄道跡、政所跡、等があって、庭の池が浅くなっ
て、湿地になったような所も有りました。説明書きによると、
七堂伽藍があったそうですが戦国時代に兵火で焼かれた
そうです。
登りきって、少し下った所に、大きな株の杉の木がありました。
山頂からアップダウンを繰り返して下って、鉄塔が、見えてき
て、展望を期待しましたが、樹間に山は見えますが、同定は
出来ませんでした。左山の巻き道で大きく右に曲がって、63
7m峰を過ぎた所で、山頂が崩落した山が良く見られました。
西台山の東側の、879m峰のようでした。尾根道を進むと、
左下に舗装の林道が見えてきましたが登山道は離れて登り
が続いています。休憩所があって、休みました。奥を見ると三
等三角点(神原)が有りました急下りを下って、緩い下りにな
ると林道に出ましたが20m位で、登山道を蛇行して登りまし
た。
植林の中を蛇行して、尾根にでました。要所々々に東海自然歩
道の立派な道標があって、迷う心配は有りません。尾根道は自
然林の中、落葉のジュウタンで、階段が続いています。幾つか
のアップダウンで、山頂でした。
観音様が、成相寺や、観音正寺になってきて、奥の院が見え
てきました。奥の院をお詣いりして、登山道は、奥の院の裏に
回っていました。暫く登ると又お堂が見えてきました。大きな
岩の下に穴があって中には不動様が祀られていました。お堂
はそのための拝殿でした。不動様を過ぎ暫く登ると植林地帯
の中の良く整備された道です。
途中三叉路で東海自然歩道と合流していて、立派なコンクリ
ートの橋があったり、危険なところには手すりが整備されてい
ます。
計画より2週間おくれて、やっと登ることが出来ました。一方
の登山口に車をデポする必要があるからです。横蔵寺に車
をデポして、谷汲山から登りました。華厳寺の本堂をお詣い
りして、笈堂から満願堂へ、三猿のような狸の石像の前が
登山道です。階段の多い、よく整備された登山道で、適当
な間隔で西国三十三観音が祀られています。青岸渡寺か
ら岡寺、長谷寺など巡拝した時を懐かしく思い出しながら登
りました。水は少ないけれども20m位の滝があって、谷を渡
るのに橋は無く、飛び石で渡りました。
「この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、
同院発行の数値地図20万(地図画像)、数値地図5万
(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用し
たものである。(承認番号 平16総使、第525号」
地図はサムネルです詳しくはクリックして下さい。





























