梨割山(なしわりやま)278.2m

林道もすぐに終点になって、丸木の階段を登ると、砂防堰堤の

上でした。登山道は谷沿いに進み、谷はだんだん細くなり伏流

水の所もありました。道はよく踏まれた落ち葉のじゅうたんでし

た。辻々に写真のような案内板があって迷う心配は有りません

城址との分岐から、急登で、川小牧への峠でした。巻き道をし

ばらく歩いて右に大きく曲がると、急登になりました。尾根に出

て左折してすぐに、山頂でした。

富加町加冶田

2010.01.27日          所要時間 3時間

天候 晴れ              標高差 180m

メンバー 2人

「この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、
 同院発行の数値地
図20万(地図画像)、数値地図5万
(地図画像)及び数値地図50
mメッシュ(標高)を使用し
 たものである。(承認番号 平16総使、第525号」

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林道からは、修理中の桧皮葺きの本堂を中心に、大きな屋根の

庫裏や中門、鐘楼の屋根が見られました。龍福寺も美濃西国二

十八番の札所で、加冶田城主だった「佐藤紀伊の守」の菩提寺

で、墓所も近くに有るようでした。聖観音菩薩を祀る本堂は、屋

根だけでなく土台も修理中で、お堂の前でお参りして来ました。

鐘楼や二階建ての中門は、近く修理されたのか比較的新しく感

じられました。山門は簡素な造りですが、趣のある山門です。

帰り道、ヒトツバの群生地がありました。ヒトツバは岩場に多く見ら

れるシダ植物だと思いましたが、つるで広がるのか、楢?の木に

張り付いていました。岩場の展望地まで戻ると、眼下に、龍福寺

の屋根が見られました。尾根すじに薄い踏跡の道が続いていて、

行ってみる事にしました。尾根道は薄い道が有りましたが、ちぃい

さな山頂から左折して下りは道らしい道が無く、急斜面をジグザグ

で下りました。谷筋に出て下って、砂防堰堤から対岸に渡ると、林

道に出ました。

今年初めての山行は、梨割山にしました。登山口の清水寺は、以

前に、美濃西国三十三所観音を巡礼しましたが。第二六番の札所

です。参道の谷向かいの大師堂に駐車して、公園の中を行くと、山

門があって、増長天、持国天を祀る二天門です。谷ぞいの坂道や

階段を登ってゆくと左奥に、十一面観音菩薩を祀る本堂をお参りし

ました。鯉の泳ぐ池の上は、大威徳明王を祀る秋葉堂で、火防の

明王だそうです。秋葉堂から、橋を渡って急峻な登山道を登ると、

林道に出ました。

加冶田城址

地図はサムネルです詳しくはクリックして下さい。

赤ライン 登り  黄ライン 下り

山門を出た所に、お地蔵さんが祀ってあって裏側は十王堂でした

お堂は新しいけれども、木造の仏像は、年季の入った仏像でした

九四才になる母のためにもお参りしました。1k程の舗装道路を歩

いて、駐車地点の大師堂へ来ました。参拝者のための熱い昆布

茶を頂きました。車で上羽生まで戻って振り返ると、梨割山塊が

横たわっていました。

尾根道を少し下って登り返すと、加冶田城址でした。山頂には

ステンレスの大きな案内板に、由来が書かれていました。斉藤

龍興と織田信長の戦いに巻き込まれて、蜂屋の堂洞城戦いが

書かれていました。樹間から、白山、御岳(御殿山の向こうに

頭だけ)と木曽駒連山が見られました。

山頂は、二等三角点(加冶田)がありました。実生の松ノ木のまじる

雑木林で、7年前よりは良くなっていますが、展望は良く有りません。

尾根道を下ると川小牧や絹丸へ下る道の案内板が有りました。山

頂から、少し戻った所に、ブルーシートがテントのようにありました。

中は何もなく、何の為のシートなのか気になりました。城址への分岐

まで戻って、谷道を登ると、絹丸との分岐で、左折して急登を登ると

岩場に出て、この山一番の展望地です。東側遠くに、瑞浪の屏風山

南に鳩吹山、から明王山から向山が見られました。

龍福寺