


大船山(おおふねさん)1159m
林道と、参道が交差しながら、参道を行くと、広場に出て、舗装
道路の向こうに、地蔵さまと、石塔が見られました。石塔には、
「南無釈迦牟尼仏」と名号が書かれてあり、この神社がその昔
は寺院だったあかしかな?。舗装道路の左側から鎖で通行止
めの、林道が延びていて、蛇行の林道を行くと、神社の拝殿の
横に出ました、本殿の所に、格子の外からですが見たことの無
い面白い変わった狛犬さんが迎えてくれました。
石塔の年号に「天保十四葵卯歳」と読み取られ、1843年で、
今から、160年あまり前のもので、参道の所どころに、あった
のを、明治維新の神仏分離令で一箇所集められたのか?
多くの観音さま、お地蔵さまや、不動さまがおられました。


恵那市上矢作町中島
2007.12.05日 所要時間 5時間10分
天候 曇りのち晴れ 標高差 735m
メンバー 2人
頑丈な鉄柵の所から発電所の導水管が見られました。
登る時と同じ道を下りながら、上る時に気づかなかった物が
見えてきました。参道の急峻な部分が大きく掘れて、松ノ木
の、根の部分の土が無くなって、根がむき出しになり、保護
のためか、幹の様になり、・・・。こんな松の木が何本も見られ
ました。暫くゆくと、金太郎さんが、熊や兎のために掛けた橋
のような、松の木の一本橋がありました。
頂上から下りて、神社まで戻り、弁慶杉を見に行きました。素晴
らしい杉です。樹齢推定700年と書いて有りますが、弁慶が植
えた、とすれば、800年以上立っている事になります。兎に角
素晴らしい杉です。鳥居の下の石段を、下りると、T字路で左に
折れると、すぐに急峻な下りになり、石の鳥居に面した、舗装道
路に出ました。この道が、表参道のようでした。
舗装道路をしばらく行くと南側に開けた所に出ましたが、山座同
定できる山は見られませんでした。参道入口から300m位で、登
った林道の出会いから下りました。発電所の用水まで下って、西
方面に、三国山が、振り帰るえつと、大船山が見られました。




この雪では、この先、昼食を取るような所は考えられず、拝殿を
借りて、済まして、頂上を目指しました。暫く登ると、石で出来た、
祠を、鉄骨の小屋で覆った、奥宮をお参りして、雪のついた、膝
丈の笹をステッキで分けて、ジグザグ道を進み尾根道に出て、登
り切ると、山頂でした。三等三角点は頭が欠けていて、みすぼらし
い物でした。廻りの葉の落ちた木々は、樹氷となって、輝いてい
ました。波トタンの小屋が朽ちていました。予想していた祠は有りま
せんでした。
少し進むと、稲荷神社との分岐で、右に取って松並木へ、素晴
らしい松並木が続いていますが、枯れたり、折れたり、発電用の
水路の近くでは、切り倒されたり、輪切りにされて放置されてい
ました。岩村の「三森山」でも、五本松が枯れていて、何とか成
らないか、と思ったものです。大きな桜の木が有り、桜の木の周
りの、松が枯れていることから、桜に養分を、取られて、枯れてゆ
くのか?この素晴らしい松並木を残したいと思いました。
中央道、恵那ICを降りて、岩村から、木の実トンネルを越えて
上矢作本郷の農協の所の「大船神社参道の松並木」登山口
へ到着。近くに駐車場が見当たらないので、矢作川の川ふち
に駐車して出発。瑞浪の、陶から、明智、山岡、岩村、から中
津川の阿木にかけて、363号線の恵南街道は、私のホームグ
ランドでした。年に2〜3回、旧の木の実トンネルを越えて上矢
作へ行きました。新しい木の実トンネルも初めてでは無いけれ
ども、久しぶりの木の実峠でした。
大きなカーブを曲がると、紫式部が小さな実をつけて、30m位
の間に群生していました。
神社の案内板によると、1500年もの歴史があり、明治以前は
お寺だった事もあり、仏教的な石塔や、観音様が有りました。















「この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、
同院発行の数値地図20万(地図画像)、数値地図5万
(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用し
たものである。(承認番号 平16総使、第525号」
参道登り口の裏手は、八幡神社でした。大きな拝殿の下に、急
峻な石段があり、この地域には八幡神社が4社もあるそうです。
駐車地点からは、大船山が、見られました。山頂は、平凡な山
ですが、1500年の歴史を感じさせる素晴らしい山でした。
赤ラインー登り 黄ラインー下り

