大槻山(おおつきやま)663m

急峻な、左山の巻き道から小さなジグザグの尾根道になって

暫く登ると、大きな岩に赤いペンキで矢印が有りました。帰り

に気付いたのですが、写真の矢印があって、尾根道を行くル

ートだったようです。踏み跡の濃い、右側の道を行きました。

右山の巻き道を行きますが、時々大きく下っていて、GPSで

見ると方角的には間違って居ません。大きなジグザグで高度

を稼ぎながら、頭上には尾根らしい所が見えていました。猪

のぬた場の向こうに分岐があって、直進しましたが大きく下っ

ているので、戻って直登を登りました。

小さなジグザグで、急登を登りきると、境界標識がありました

360号でした。その向こうに祠の屋根が見えて頂上でした。

七宗権現の一座で、笹ヶタワの七宗権現の石碑には、嘉永

七年の年号があります。今日の大きな目的は、七宗大権現

の石碑にどんな年号が刻んであるかでした。面にも、裏にも

年号は有りませんでした。残念!!。七宗の山に登り初めて

七宗権現は七つの山の総称で山が特定されていません。七

宗の人に聞いても分かる人が居ません。ここ大槻山と笹ヶタ

ワは七宗大権現の石碑があって、七宗権現山に違いないと

思われます。

少し行くと、橋の所で、右登り坂との分岐で、浄蓮寺峠への

道と思われます。橋を渡って暫く行くと、大きな猪の罠があ

って、その向こうに、コンクリートU字溝を積んだ広場があり

ました。ここまで車で来ることが出来ます。その向こうにゲー

トがあって、脇を通って中に入りました。写真の標識があっ

て、大槻権現参道と、書いてあって、登山道が続いていまし

た。いち段高い所、ゲートの上に、境界標識で第三四〇が

あて、上の方へ続いていました

白川町坂ノ東 小川

1010,10、06日         所要時間 4時間

天候 晴れ             標高差 420m

メンバー 単独

登山道は植林地の中でほとんど展望が有りませんでした。

山頂に来ても展望は有りません。二つの支尾根へ行って見

ましたが、展望ヶ所は有りませんでした。帰りは境界杭に沿

って尾根道をと思いましたが、来た道を下りました。

上記、「源流をたずねてU」と、七宗町史 付録の絵図から、

考えて、笹ガタワは、(奥高屋、松尾、大畑山に囲まれた中

の山)ではなかろうか?。大槻山、水晶山は名前から間違い

ないであろうと思われます。金ヶ岳は、時代の呼び名が変っ

たり、支配者が変った時などに、変ることも考えられます。

前回、大槻山に登ったのは、08’4月です。白川町坂ノ東 広

島の白川北保育園から、急登の藪漕ぎで、登りました。美濃

一人さんのHPを参考にさせて頂いて、小川から登ることを計

画しました。国道41号を白川町坂ノ東広島から少し走って右

折して小川に入りました1.7k位で地道になって、「小川林道」

の案内板があって、少し行くと橋の所に小屋がありました。適

当な駐車場があったので、少し早いかな、と思いましたが、

ここに駐車しました。広場の端に馬頭観音さま?が祀られて

いて、新しいシキビが供えてありました。お詣いりして出発!!

中の権現   笹ヶタワ 740m (笹ガタワ)

御手洗山   長尾 601m
(長尾)ミタラシ谷の源頭・祠あり

細洞山 
点名高屋 678m (ムロカネタカヤ)細洞の源頭

白川山 
点名熊之島 708m(大畑山)白川側から見られる

大槻山     大槻山 663m

水晶山     水晶山 687m

金ヶ嶽     釜ヶ岳

トップページに戻る

林道ゲート

車まで戻って、氏子峠を越えて菅田へ出て帰りましたが、峠

の登り口に、素晴らしいお堂が有りました。中には「薬師如

来坐像」と「定印阿弥陀如来坐像」像高103cがあって、両

脇に日光、月光菩薩立像が祀ってありました。美濃から、浄

蓮寺峠を越えて飛騨への古い街道であることから、こうした

素晴らしい仏像が残されたと思われます。

「この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、
 同院発行の数値地
図20万(地図画像)、数値地図5万
(地図画像)及び数値地図50
mメッシュ(標高)を使用し
 たものである。(承認番号 平16総使、第525号」

地図はサムネルです詳しくはクリックして下さい。

町名の七宗は、上麻生の北にそびえる「七宗山」から名付けられ
たと聞いた。七宗山がどこにあるかと地図で探したが、そんな山
はどこにもない。「中の権現山」「御手洗山」「細洞山」「白川山」「大
槻山」「水晶山」「金ケ嶽」の七つを総称して「七宗山」と呼ぶことを
役場の人の説明で知った・・・。

           (源流をたずねてII 著者:吉村朝之より