高天良山(たかでらやま)908m

林道の終点は、自動車のUターンの為か広くなって

いて、奥に「三角点神社跡 登り口 約500m」と「

三角点 約30分 ⇒」の青い案内版があり、ここから

小さな谷に丸木を2本の小さな橋を渡り、登山道に

入りました。道は良く踏まれた道で、丸木のはしを

いくつか渡って、高度を上げてゆくと、谷に水が無く

なり、周りに大きな岩が目立つようになると、右手に

赤いテープが見られ、尾根道が続いていました。

場所   下呂市金山町福良

2006.10.13日      所要時間 3時間30分

天候  晴れ         標高差 370m

メンバー  単独

登るとき気が付かなかったけれども、火打ち峠の

頂上に写真の高札があり、「参道一町ごとに地蔵

様を奉り」記述があり、林道が造られる以前は、

今日下った道が登山道だったとすると、下の写真

のお地蔵さんもその一つだったのかと思いました。

途中の高見から福良の部落と遠くに金山の街が見

られました。

周りは植林と雑木とが混在するような所で視界はあり

ません。今来た尾根を真直ぐに行く尾根道と、直角

に下る、ピンクのテープの道があり、おにぎりをほう

ばりながら、GPSを見て、テープの道を下りました。

ピンクのテープは苔山の境界線か?、苔の知識の

無い、私には、なんの意味もありません。すごい下り

を下り切ると尾根道をアップダウン、又急峻な下り、

アップダウンを繰り返して、今日始めて開けた所に

出ました。

神社跡を後に尾根道を下ると「三角点」と神社跡」

の案内板がありました。登るときは、赤いテープに

引かれて、早く右折したようです。桧の植林の中を

急峻な登りを、息を切らして、大きく左に曲がりしば

らく登ると、二等三角点のある頂上でした。

植林地帯の尾根道を登り詰めると、「高天良山(高寺

山(九0八米)の高札があり、神社跡でした、別の案内

板には「高寺権現は、久田島(佐見)」におろされた、

3000mとあり、もともとこの神社は佐見の方が正面だ

ったのか?、又明治維新の廃物稀釈で「高寺山」か

ら「高天良山」になったのかな?。何枚か撮った写真

の中でこの場所ではこの写真しか良いものが無かった

のが残念です。

「みどりの日」制定記念の看板の所に分岐があり、

GPSで確認して直進しました。

しばらく行くと鹿の足跡か?、動物の足跡が500m位

続いていました。

高天良林道入口にはゲートがあり、脇をすりぬけて

蛇行した林道がつづきます。

国道41号線を北へ金山町下原小学校の先で大き

く左カーブした所で橋を渡り、福良区を通り火打ち

峠へ

以前、金山の「三棟山」へ登った時、「高天良山」

下見して、和佐から焼石へ出て帰りましたが。

「この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、
 同院発行の数値地
図20万(地図画像)、数値地図5万
(地図画像)及び数値地図50
mメッシュ(標高)を使用し
 たものである。(承認番号 平16総使、第525号」

火打ち峠に出る少し手前に小屋がありました。昔、

昭和40年代ころ、当時も禁制だったけれども、

鶫を捕る鳥屋がありましたが、ちょっと思い出しまし

た。

帰ってからカシミールで見ると、林道の上に見える

山は、標高700mの和佐峠に続く山で、その後に

「鷲ヶ岳三山」、右の林の上に「八尾山」のようでし

た。尾根を境に火打ち側は植林と雑木の混在地

福来側は、階伐の後、植林されたのか、見晴らし

の良い所を下りました。気の早い木が一枝紅葉し

ていました。

トップページに戻る