県道78号を走って、国道157号線の、文殊西の交差点をつっ
きって、根尾川の大野橋を渡って、県道265号にはいって、野
村坂峠の登り口で、工事中の通行止めでした。新しい大谷トン
ネルを潜って谷汲側から、野村坂峠に着きました。峠の広場に
は、車が数台ありました。「花立峠」の立派な石塔がありました
登山口には新しい案内板が有りましたが、予定の雁又山が有
りません。よく整備された道を登りながら、滝谷山からは、未整
備なのかなと心配しながら登りました。
滝谷山(たきだにやま)398.1m
雁又山(がんまたやま)430m
途中、T 字路で右側「大谷スカイライン 700m」。右側「城址
探索コース 1300m」があって、大谷山356mに着きました。
南北朝の頃の「野村城址」ですが、当時の城は、縄張り、堀
切・土塁・曲輪など簡素な造りで、今わ単なる山の頂上でした
土岐氏に滅ぼされようで、何か祀られているかと思いましたが
それらしいものは有りませんでした。新しい展望台があって、
金華山から、濃尾平野が広がっていました。
揖斐郡大野町野村坂峠
2012,01.25日 所要時間 4:10分
天候 曇り 標高差 約255m
メンバー 3人
「この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、
同院発行の数値地図20万(地図画像)、数値地図5万
(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用し
たものである。(承認番号 平16総使、第525号」
地図はサムネルです詳しくはクリックして下さい。
花立峠から、野村側へ少し下って見ました。祠があって、石柱
に「西国一番 那智観世音菩薩 分祀」がありました。西国三十
三番 満願の谷汲山 華厳寺への街道で、ここに青岸渡寺が
祀られたのだろう。
巨大な、聖徳太子像がありました。両脇にお坊さん像は?、
法然・親鸞だろうか、この像については、何の説明も有りま
せん、誰が、何時、何のために建てたのか?分りません。
寒い日でしたが、多くの登山者と会って楽しい里山でした。
少し登って、牛洞峠との分岐から、急峻な階段を登って、山頂
らしき所にきました。桧の幹に「私有地に付 立入りご遠慮願
います」書いて有りました。四等三角点(小洞)があるはずで
すが、ここから引き換えしました。
花立峠へ戻って、野村山を目指しました。急峻な階段を登る
と、観音様?がありました。興福寺の阿修羅を思い出しまし
た。少し登ると大きな東屋があって。六字名号のような石碑
と、記念物の宝篋印塔がありました。城址を感じさせる風景
でした。
急峻な登りをひと登りすると、雁又山でした、写真を撮ってい
、向かい側から、夫婦のが登ってみえました。金尾滝など、
幾つかの登山道が有るようです。色々なバリエーションが楽
しめるようです。眼下に揖斐川の流れと遠くに揖斐川との合
流点が見られ、素晴らしい展望が広がっていました。天候が
良ければ伊勢湾まで見られるようでした。
登山口の説明板に雁又山が無いので、未整備かと心配して
いましたが、初めて「雁又山 ⇒」の標識があり、安心しました。
良く整備された緩いアップダウンの登山道で、標識も距離が
書いてあって、要所々々に新しいベンチの休憩所があって、
サービス満点です。桧の幹にビニールのテープが巻いて有る
のは、鹿の食害から守るためだろうと思いました。東側に石灰
の露天掘りの跡か大きく山が掘られていました。
大谷山から、整備されたアップダウンの尾根道を登りました。
急峻な登りを登り切った所に、5〜6人の登山者がいて、三
等三角点(大洞)のある滝谷山でした。雁又から来た夫婦と
も一緒に山談義のあと、山頂を楽しみました。




















