天狗ヶ城(てんぐがじょう)684m
松宇土(まつうど)720m

山頂は「史跡 天狗ヶ城」の杭があって標識も有りましたが、三角

点は有りませんでした。史跡の案内板が、割れて横たえて有りま

した。源平の頃の史跡で、平家の人達が、土地の人達と同化して

いったようです。分岐まで戻り松宇土への道は大きく下って登り

返すと、「火の用心」赤いバケツを伏せた、偽頂上があって、」尾

根道を大きく下って、(もったいない)、急峻な道を、大きく右に曲

がって、少し行くと、松宇土の山頂でした。三角点が山頂らしさを、

思わせる物でした。大きな樅の木が、印象的でした。雑木林の中

で展望は有りませんでした。

山県市葛原

2009.04.22日          所要時間 4時間30分

天候 晴れ              標高差 約550m

メンバー 2人

「岐阜の山旅 美濃 下」には、「斗政岩」と、書かれている岩の

ようです。何万年か前は海の底だったのか?、縞模様の岩でし

た。岩の間の急峻な道を登り岩の上に出ました。

少し急峻になった登山道を少し登ると、お地蔵さんが有りました

お参りして、急峻な道を登ると、中電の大きな鉄塔が有りました。

鉄塔は、東西に開けていて、(写真上 東 下 西)山の稜線が

続いていましたが、同定出来る山は有りませんでした。

登山道は、ふかふかの落葉のジュウタンのジグザグ道で、笹を

刈ってよく整備された道が続いていました。やがて、祠が、見え

て来ました。もう一度、祠があって、巻き道の桧の植林の中を、

行くと、八月堂からの登山道との、合流点で、帰りは八月堂へ

下る事にしました。

しばらく行くと、川石の道しるべがあって、神崎と山とあって、山は

松宇土のことであろうか?。

急峻な道が続き、汗した体に、適当な風が吹いて、天然の扇風機

でした。時折「ほー、ほー」と、鳩ではない?子供のころ、「かしっぱ」

と呼んでいた、鳥かな、思われる鳥の声や、鶯の谷渡りが聴かれま

した。やがて、松宇土との分岐点で、天狗ヶ城へ、行きました。

帰りは八月堂への道を下りましたが、途中で道を、見失って、間伐

の材木の間を、強引に下って、民家の軒下から、国道418号線に、

出て、駐車地点に戻りました。八月堂は、源平の頃からの史跡で、

聖観世音さまが、祀られて居るようです。境内には、大きな杉木が

そびえていました。その奥の御嶽神社の標柱の所に、天狗ヶ城への

登山道が、登っていました。

天気予報は、晴れのち曇りでしたが、夜半まで、雨が降っていて、

心配しながら出発!!。久しぶりの山行で、軽めの、天狗ヶ城へ。

貴船神社からと、八月堂からの登山道があって、貴船神社からの登

山道から登る事にしました。お参りして、神社の狛さんの所から、登

山道が、始まっていました。

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「この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、
 同院発行の数値地
図20万(地図画像)、数値地図5万
(地図画像)及び数値地図50
mメッシュ(標高)を使用し
 たものである。(承認番号 平16総使、第525号」

赤ライイン・登り   黄ライン下り

地図はサムネルです詳しくはクリックして下さい

鉄塔から、少し下りとなって、緩やかな巻き道を尾根の鞍部に出て

急峻な登りになりました。登山口では、散っていたみつばつつじが

この地点では綺麗に咲いていました。