
10月3日にブンゲンに登って、伊吹山の前の虎子山へ行こう
と計画しました。国道303号線を北上して、揖斐川町の上新
町の交差点を左折して国道417号線に入り工事中の岡島橋
を渡って、右折して県道32号線で、春日三束に付、林道を国
見峠を目指しました。国見スキー場まで来ると、ゲートと「全面
通行止」の看板!!TOLEの向かいの広場に駐車して出発
Sカーブを登ると林道は50m位、崩壊して、道がありません。
少し登ると鉈ヶ岩の分岐でした。

登山口には「虎子岳方面へは歩道が整備されていません。登
山は控えるようにお願いします」と書いてありました。少し登る
と、分岐がありました。右側登りの方へ進みました。急峻な直
登の道は左、滋賀県側は、杉の植林の道で右は自然林の県
境の道です。少し緩い登りになって、杉の風倒木で小休止で
す、暫く登り、緩い登りになって、猪のヌタ場のような所が何か
所かありました。
虎子山(とらすやま)1183.2m

揖斐川町春日三束 国見岳スキー場
2012,10,10日 所要時間 5時間
天候 曇り 標高差 約560m
メンバー 3人
鉈ヶ岩屋
「この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、
同院発行の数値地図20万(地図画像)、数値地図5万
(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用し
たものである。(承認番号 平16総使、第525号」
赤ライン 登り 黄ライン 下り
地図はサムネルです詳しくはクリックして下さい。
岩屋からの下りも、急峻な尾根筋を真っ直ぐに下る道でした。
「登りには使いたくない道です」ジグザグで谷に出ると林道で
した。休憩を取っていると、2人の登山者が下りて来ました。
虎子山の遭難者の話を聞きながら駐車地点へ帰りました。
鉈ヶ岩屋は、東本願寺開基 教如上人が関ヶ原合戦の直前
に西軍石田光成に襲撃され、近くの信徒に助けられて、隠れ
ていた岩屋です。





鉈ヶ岩屋へは、始めは右山の巻き道でしたが、右からの道と
合流すると、尾根筋を真っ直ぐにくだっていました。笹や木の
枝をつかんでブレーキにして下りました。大きな岩が見えて来
ました。岩屋かと思いましたが、少し下ると案内標識があって
道から少し入った所でした。
緩い登りの尾根道から、急峻な登りを登り切ると、小山の山
頂でした。少し下ると、鉈ヶ岩屋の分岐でした。国見岳はあい
にくの曇り空と往復の時間を考えて、鉈ヶ岩屋へ下りました。
国見峠まで戻って、鉈ヶ岩屋へ廻り、うまく行けば、国見岳へ
足を伸ばそうと、峠の南側の登山道を登りました。踏み跡のし
っかりした急峻な道です。少し登ると右側に、石碑がありまし
た。「北尾根に 残る踏み跡は 永遠に消えない」
直角に右折して、緩いアップダウンを行くと虎子山々頂でした。
藪の切り開きもここまででした。三等三角点(古田)と登山者
の作った「虎子岳 1183.2M」の山名票がありました。生憎
の曇り空ですが、岐阜県側が切り開いてあって、国見岳スキ
ー場がぼんやりと見られました。虎子山は干支の山として「ぎ
ふ100山」にも紹介されていて、虎年に登登山者が多いよう
です。
振り返ると気の早い紅葉のような木の向こうに大禿山が見ら
れるようでした。ヒヨドリなのかあまり良い鳴き声ではないけ
れども鳥が囀っていました。先人のHP等では、山頂部は藪
漕ぎ覚悟と書いてありますが、藪を刈りこんで快適な登山道
でした。帰りに一緒になった登山者によると、遭難して1週間
後に死亡で発見された事故があって、道が整備されたようで
す。
登る時1.5kと云われましたが。GPSで見ると2.4kほどあり
45分ほど掛かっていました。山頂には、弘法大師像や金ピカ
の仏壇のような小堂等が並んでいました。大きな駐車場の向
こうに、伊吹山が頭に雲をかぶっていました。峠から、北へ登
ると虎子山です。登山口の階段が登っていました。
峠の頂上までに数か所の崩落地がありました。もろい岩を乗
り越え。細い路肩を通って、崩落地を進み見ました。土嚢の
所は水が流れていました。
























