休憩舎には、10人程の登山者が、休んでいました。低い雑木林
の上から、美濃加茂方面と、可児から多治見へかけての丘陵が
見えていました。
可児市西帷子真禅寺〜犬山市継鹿尾寂光院
2010.02.03日 所要時間 3時間
天候 曇り 累積標高 958
−853
メンバー 2人
西山口
「この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、
同院発行の数値地図20万(地図画像)、数値地図5万
(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用し
たものである。(承認番号 平16総使、第525号」
下り道に、地蔵さまと、観音さま?、がにたいづつの多くある所で、
赤い鳥居の神社が、有りました。よく見ると「白山神社」でした。以
前登った白山を思い出しながらお参りしました。少し下って本堂脇
の筆大師は、四国八十八ヶ所でも見た覚えは有りませんでした。
賽銭箱の所に古い筆が多く奉納されていて、筆供養がされていた
ようです。「千手千眼観音」を祭る本堂をお参りしました。本堂の前
には、紅葉寺と云われる、今は葉っぱの無い紅葉の大木が枝を震
わせていました。
あいにく雪がちら付いてきて、大きな東屋で食事をしましたが、天
気が良ければ素晴らしい展望が楽しめると思いました。犬山遊園
の観覧車の向うに木曽川が蛇行していました。
二つの偽頂上のあと長い階段の向うに、二等三角点(栗栖村)
が有りました。頂上にいた単独のおじさんは、美濃加茂市内の
人でした。大脇口から登ってきて、寂光院へ下りて、列車で帰る
そうです。
階段を登って、蛇行した尾根道になって、禅寺野駅への分岐を過
ぎると、階段のアップダウンのよく管理された「東海自然歩道」でし
た。テーブル付きのベンチが設えてあったり、消火用の水カメが、
ありました。
途中には、栗栖への分岐が3ヶ所くらいありました。「石原 100」
等の標識があって、数字が20づつ減っていました。石原口からの
距離と考えられました。大きく下って尾根を離れて急下りで、舗装
の林道の、「石原口」でした。この林道は、不老の滝から、帷子へ
出る道で、以前通ったのですが、今は通行止めになっていました
休憩舎から少し登ると、西山への分岐で、石原口への大きな標識
は有りますが、「寂光院 善師野 継鹿尾山→」の小さな看板があ
って、道は大きく下っていました。20年位前に一度歩いていますが
よく覚えていません。アップダウンの尾根道が続いているようです。
鉄塔の所で、猿啄城から明王山、金比羅山が見られ、その奥には
芥見の権現山が見えていました。後ろには、R41号を豆粒のよう
な自動車が走っていました。
犬山市の寂光院の駐車場に車をデポして、可児市西帷子の真禅
寺へ、お寺の前の道を行くと、地道になって、鳩吹山への登山者
の車がびっしり並んでいました。S字カーブを登って行くとゲートが
有りました。ゲート前に一台止まっていました。ここに駐車して、ゲ
ート潜って林道を少し歩くと、西山登山口が、有りました。女性4人
のパーテイや夫婦が登って行かれました。階段を登ると、ちぃさな
ジグザグの続く急峻な道が続きました、「西山休憩舎 0.4」の鳩
吹山分岐を登りました。


納経所で朱印を頂いて、長い階段を下りると、「南無観世音菩薩」
の石塔の立つ参道入口でした。隣に石柱の山門があって、駐車
地点でした。始め、継鹿尾山往復を予定していましたが、出発間
際に、同行の友人の時間的な都合で、寂光院をお参りするコー
スを取って良かったと思いました。




御嶽教の仏像や石碑を多く見ながら下ると、頂上で見られなか
った、名古屋のビル群が見られました。

少し下ると、首の無い仏様と、首だけの仏様がありました。頭だけの
仏様のほうが、少し大きくて、新しい感じがしました。維新の廃仏稀
釈の犠牲仏だろうかと思いました。

中腹まで下ると、寂光院の境内になって、鳥居が見えてきました。
振り返ると、「駒嶽神社」と「御嶽神社」が祀ってあって、お地蔵さ
んと、不動様が祀ってありました。










継鹿尾山
登り 赤ライン 下り 黄色ライン
地図はサムネルです詳しくはクリックして下さい。