我が家にとって三つ目の茶室が漸く出来上がった。
二十四年前に家を増築した折に書院造りの十畳間に初めて炉を切った。茶の道に出会って十年も経っていただろうか。丁度部屋に面した庭の三つの石が虎渓の三賢人のように見えるので、三笑亭と名付けている。木々も大きくなり、鬱蒼と繁る中、苔むした手水石に筧の水が音を立てて落ちている。
二つ目は十三年前に改築の折に造った八畳間で天井は真行草に組んでもらった。水屋も隣接しているが、能舞台(修篁堂)で稽古の傍ら、予習、復習、又着替え等の部屋としても利用している。小さな催しの折には添釜をして、謡をうたって渇いたのどを茶で潤おしている。
竹の青々した緑色のように、いつまでも若々しく、又、丸岡樹仙堂が設えた大きな丸井戸の水のように、こんこんと気力が湧き続けるように、井戸水とかけて、せいすいけん(青翠軒)と名付けた。
かねてから小さな茶室が夢だった私は、十年程前から密かに茶室の略図やスケッチを重ねて楽しんでいた。そして、材料となりそうな廃材や煤竹があると聞くや、すぐに家に持ち運び、車庫の天井に保管していった。
『茶道の教授が職業ならば、二つや三つの茶室があってもいいが、能楽を仕事にしている人間が、そんなに茶室を持って無駄ではないか。』
『今更茶室をつくって、死ぬまでにそこで何回茶会が出来るかね。勿体ない。』
まわりからは、いい言葉が聞かれなかった。
しかし、遂に一昨年珠洲大谷の大栄寺の庫裡改修工事で萱葺き天井に使ってあった煤竹が手に入ったのである。お弟子である大広さんの御配慮で、大量に頂いた煤竹を抱えながら、まだ迷っている私に富山表千家教授河合益子女史の御助言があった。
「無駄?人生に無駄なんて言葉はいりません。」
傘寿も過ぎた女史のこの一言が私を決意させた。
「小間ならば、京間にしないと利用価値がなくなりますよ。」
能舞台の稽古場に隣接しているので、増改築の為に雨の少ない三月下旬から工事にかかった。蓄えてあった廃材や煤竹、無垢材を加えて、およそ四ヶ月かけて表具師の仕事までこぎつけた。
丸岡樹仙堂さんには、何年も前から夢を語っていたので大方の予想もあったのでしょう。四坪程の露地には前々より私が植えた寒竹と大名竹が繁っていた。大名竹は三十五年前、広坂の佐野舞台の移転の折、舞台裏から一株持ち帰ったもの、又、寒竹は二十七年前、東京稽古の折、泊まっていた先々代宝生九郎宗家の玄関先にあったもので、現水道橋能楽堂建替えの折に、一株持ち帰ったものである。いづれも能に使用する笹竹である。今は大量にふえているものをそのまま使用してもらった。今回の庭は竹やぶに転がっている柱穴のあいた礎石。そこに大小の石臼をあしらって蹲踞がわりとした。自然に生えて来た背の高い榊が寄り添っている。
還暦の記念につくった、侘びた四畳の草庵にぴったりの茶庭。篁庵と名付け、暇があればにじり口を開け庭を眺め、涼風を感じながら一時を過ごしている。和みとはこの事だと思う。大の字に横たわると、煤竹と煤けた葦の舟底天井。まるで邯鄲の盧生が横たわったベッドである。鴨長明の方丈もこの心かもしれぬ。
「夢は見るものではなく、かなえるものである。」
確かに、暇をつくって何かれと、この茶室に出入りする私の心は少年である。多くの方々の言葉、そして頂いた多くの材料を無駄にする事なく、その心を支えに夢はかなえられた。
「若い時は肉体が精神を支え、老いては精神が肉体を支える。」
新しい茶室は、私の心に新たな夢を育み始めている。これからも周りの方々と供にいつまでも楽しい夢を見続ける覚悟だ。
藪先生が長年の念願とされてきた小間草庵茶室が、このほど能舞台「修篁堂」脇に完成し、「篁庵」と命名されました。当方に依頼された露地作庭の方も無事終了しました。
茶室は、長四畳中板付右勝手向切の席で、勝手水屋方の壁下が障子吹抜となっており、総船底天井、下座壁床、中目竜鬢畳など、藪先生直々指導の好みが随所に取り入れられています。
同じく先生が十三年前に建てられた茶室「青翠軒」が、少々堅い感じの建築になっているのに比べると、この「篁庵」の方は、いくらか野趣な雰囲気も漂う気楽に落ち着ける小間の茶室のようです。ひと口で言えば、一服のお茶がより美味しく、楽しく頂ける茶室というべきでしょうか。
庭の方は、修篁堂脇の竹林の中を、西田幾多郎先生ゆかりの京都・妙心寺霊雲院土塀に使われていた古瓦を大胆な敷瓦として渡る露地の構成をとっており、蹲踞は大臼の前石に角形の古材を水鉢として用いています。
茶室屋根庇の捨柱脇に設けた塵穴は、藪先生の御希望により
青い瑠璃色の瓦を利用しました。
渋い露地の中にモダンな異彩な色を放って
少し目立ちますが、全体の雰囲気として不思
議と不自然な感じを受けないのは、脇に能舞
台が隣接している為の影響かと私には思わ
れます。
躙口上の窓が、先生の好みにより、ふくら
雀の形にあけられているのが更に異色で、一見奇抜さを感じますが、この竹林の露地に頻繁に訪れる雀達の姿を見れば、場所を得た趣好納得ゆくようです。
こうした数々の楽しい造作には、藪先生が能や謡の稽古の傍ら、社中のお弟子さん達と一緒に好きな茶の湯を楽しまれたいという願いの御気持ちが、ひとつひとつ形として反映されているからで、今回の「篁庵」の完成によって、まさに先生の願う「茶能一如」の世界の体制が整ったと言えましょう。あとは実践のみ、今後の展開が楽しみに期待されるところです。
今度の「篁庵」の完成にちなみ、拙作の漢詩一首を詠んで記念とし、謹んで先生にお送り致します。
瓦畳敷延抜竹蒼
雅軒新額際修篁
演師立舞台翻扇
遊雀入閑窓画章
堂中高謡清響鼓
篁庵静寂釜伝湯
問如何此佳風境
主答茶能一体相
瓦畳 敷延して竹蒼を抜ければ
雅軒の新額 修篁を際とす
演師は舞台に立って扇を翻し
遊雀は閑窓に入って章を画く
堂中の高謡 清響の鼓
篁庵の静寂 釜伝の湯
此の佳風の境を如何と問はば
主は答う 茶能一体の相と
緑蒼き竹林の中 長く延びた敷瓦の道を進むと
修篁堂の際に風雅な茶室の新額が見える
舞台の上では先生が扇を翻しながら舞い
竹林の庭には雀達が遊んで 茶室の窓にその形を残していったかのよう
修篁堂の中では高らかな謡と鼓の響が清らかに聞こえ
篁庵の中は静寂に釜の湯がわき 茶の心を伝える
「こんな素晴らしい境地はいったいどんなものなのですか」と問うてみると
先生は「茶能一如の世界です」と答えてくれました