平成15年5月25日(日)第四十回篁宝会発表会(於・石川県立能楽堂)
子ども能「小袖曽我」
あっぱれ!! 大人顔負け、度胸満点、堂々熱演
  
鏡の間 「小袖曽我」
プロの囃子と地謡をバックに、金沢と氷見の小学生6人がシテ、ツレを務めました。
全員でのリハーサルは前々日の一回だけだったにもかかわらず、それぞれの役を見事に演じた事は、能楽を学びこれから舞台に立とうとする子どもたちの大きな励みになりました。
◆あらすじ◆ 時は建久四年の五月半ば、源頼朝公が富士の裾野に大巻狩を行うことを聞き知った曽我十郎祐成、五郎時致の兄弟は、日頃敵と狙っている工藤祐経をこの機会に乗じて狩場に討取るべく、ひそかに潜入しようとします。しかし五郎時致は母より勘当の身の上なので、今生の最期に暇乞いかたがた勘当を許して貰おうと、兄弟は道すがら母の館をおとずれます。

十郎は思うところあって、ひとまず五郎を門外に留め置き、自分ひとりで案内を乞います。母は久しぶりの対面に大喜びで十郎を迎え、互いに睦み合いますが、同じ兄弟でありながら分け隔てされ、家の内にも入れられず物蔭からこの様子をみる五郎の心中は悲しさでいっぱいです。十郎は母の機嫌がよいので、五郎の勘当を許してくれるように頼みます。ところが母は五郎が来たと聞くと、以てのほかの立腹で、身をわきまえぬことを怒り、重ねて勘当を申渡し、この上十郎がとりなすならば、兄弟ともども勘当と、取り付く島もありません。

十郎は思いもよらぬ母の言葉に、真意を測りかねます。敵討の首途にあたって五郎の勘当が許されないばかりか、少しも励ましてくれないことが悲しく、兄弟は恨み顔で立去ろうとします。このとき母は声をあげて不孝も勘当も許すぞと言うので、兄弟は嬉し泣きに伏し転び、めでたい門出を祝って盃を挙げ、祝言の舞を舞い、やがて年来の敵を討って本望を遂げ、功名を富士の様に高く世に挙げようと、無言のうちに誓うのでした。
右から兄・曽我十郎祐成(菅沢康平君) 弟・曽我五郎時致(菅沢洋平君) 従者鬼王、團三郎を伴って登場
下の写真、十郎五郎兄弟と従者・鬼王(森嘉一君)と團三郎(森喜一君)
十郎「某が参りたる由申し候へ」
母の従者(竹井宗忠君)「畏って候。・・・・」
母に弟五郎をお許し下さるよう願い出、五郎が母の事を如何に思っていたかを訴えるが、聞き入れられず、兄弟は泣く泣く立って出て行くと・・・
流石に母(河原英照君)もたまりかねて、不孝をも勘当をも許すぞ許すぞと声をあげて呼び入れ、ここに親子兄弟は嬉し涙にむせび、余りの嬉しさに、十郎祐成は酌に立ち、・・・
五郎時致と共に、「仇討ちの功名を富士の様に高く世に挙げて」と言う祝言を声高く謡って、勇ましい舞を舞い、母に暇を告げて兄弟は狩場へと出て行った。

今から810年前(建久四年)5月28日夜、曽我兄弟は富士山麓の巻狩で、父の仇工藤祐経を左右より斬りつけ、苦節十八年の本懐を遂げましたが、兄の十郎はその場で討たれ、五郎も頼朝により、わずか二十歳の若さで富士の裾野の露と消えたのでした。

本番の舞台より、先生方に装束を着けて頂いている時の方が緊張してたかな?
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