「小委員会」って何だ?
驚くべき住民・行政・病院の連携ぶり
秋田県・鹿角(かづの)地域で精神障害の話をすると、誰からともなく「小委員会」という言葉が出てきます。
はたして「小委員会」とは何なのか。ある意味で「奇跡的」とも言える、その実態を探ります。
精神障害者の地域生活支援を考える会
「小委員会」という限り「大委員会」があるはずです。人によって微妙に呼び方も違うみたいですが、「精神障害者の地域生活支援を考える会」がその正式名称です。
平成11年(1999年)、鹿角組合総合病院の精神科病床を減らす話が持ち上がりました。それまで入院していた患者さんは、できるだけ家族の元で暮らさなければなりません。中に5〜6人、どうしても帰るところがない患者さんもいて、「グループホーム」という選択肢も取り沙汰されはじめました。
誰が支援するにしても、単独でできるようなことではなく、緊急に関係する組織が協議をする必要がありました。保健所・福祉事務所・保健センターなどの行政機関、社会福祉協議会、患者家族会、医療機関など、関係団体の「長」宛に文書が発せられ、「精神障害者の地域生活支援を考える会」が開催されました。「大委員会」は、このときが最初で最後。話は大枠で合意に至り、「後は担当者レベルで・・・」ということになりました。これが「小委員会」です。
月1のペースで、すでに100回を超える
小委員会のメンバーには、当事者も含まれています。現在では、3つのグループホームから交替で2人ずつが参加します。鹿角市・小坂町全体でみれば他にも精神障害者が大勢いますので、今後はその参加を広げていきたいという思いもあります。当事者を支える2つの家族会(鹿角親交会、青垣)も欠かすことができないメンバーです。そして、関係する医療機関、大館保健所の保健師さん、鹿角市福祉事務所のケースワーカーさん、小坂町町民福祉課の保健師さん、さらに、市と町それぞれの社会福祉協議会、グループホームがある地区の自治会長さんなども含めて、小委員会には常時14〜15人が集まります。
会議は、月1回。第1月曜日の夜に、鹿角市福祉保健センターで行われます。最初のうちは必要に応じて集まっていましたが、今のように定例化したのは2000年(平成12年)から。単純に計算しても、すでに100回を超えています。
ケースに応じて最も適切な方法を模索する場
小委員会は、開設時は、グループホームを支えることがメインでした。それが落ち着くと、障害者1人1人の生活をどう支援するか、ケースに応じて最も適切な方法を模索する場となりました。参加者は、1ヶ月間の動きを報告し、新事業があるときには皆に相談を持ちかけます。メンバーの誰かが「議題」を提供すれば、みんなでそれを話し合います。
時間がとれるときには、病気や制度などについて、学習も行います。具体的な事例を挙げて、支援の方法を生々しく学ぶ場面もあります。
心だけでつながっている個人参加の任意団体
ここに参加している人々にとって、小委員会は、大なり小なり、自分の仕事の延長線上にあるとは思います。しかし、あまり「業務」という雰囲気はありません。集まるのは夜ですが、基本的にはボランティア参加です。
例えば、どこかで精神障害者にかかわる問題が何か発生したとします。鹿角でなく、どの地域だとしても、また、誰が起点になった場合でも、おそらく行政や病院など関係機関の担当者が連絡を取り合い、お互いに相談しあう場面があろうかと思います。緊急の場合には、夜も休みも関係なく、それこそ業務の範疇を飛び越えて、関係者は必死に頑張ることでしょう。鹿角の場合、そんな「関係者」どうしが、小委員会という名前で、定期的に一堂に集まっている、という感じです。それだけに、いつでも、どこでも、どのようにでも、連携が行われています。
小委員会に「予算」はありません。9月のはじめに行う「運動会」はボランティアの会が主催者になり、みんなでお手伝いします。また、講演会などの場合には、社会福祉協議会や家族会などが主催し、そこに皆で参加します。
言ってみれば、「心」だけでつながっている個人参加の「任意団体」。それが小委員会です。私利私欲がない分、つながりが深く、長続きしています。
※鹿角組合総合病院は新築移転と同時に、平成22年5月より、かづの厚生病院と改名されました。
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