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8人類を翻弄しているユダヤ主義 |
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性というのはさがです。さがとはどういうことかを、現代人はほとんど知らないのです。現代人が考えるさがというのは、いわゆるセックス的、性欲的なさがしか知らないのですさがが分かっていないのは、人間自体の哲学的な考えが浅くなっているからです。まじめに物事を考えなくなっている。昔の人はさがを知っていたようです。さがといえば、本質的に捉える能力があったのです。現代人はさがといえば、セックスだと思っていますが、そうではないのです。 さがというのは命のさがのことです。命がもっている個性のことです。男のさがは男性そのものです。女性のさがは女性そのものです。男性と女性は同性です。原理的に言いますと、異性ではないのです。男性と女性は同性です。同じ人間です。本当の異性は、神と人の関係になるのです。神性と人性が本当の異性です。神性と人性は全く違うのです。この間題を知らないで、性の問題を考えることがまちがっているのです。 男性と女性の問題を捉えるためには、神性と人性の問題を正確に捉える心構えが必要です。現代人はそういう意味で、恋愛の本質的な意味が全く分かっていません。現代人が考える恋愛は性欲です。性欲を恋愛だと思っているのですが、性欲と恋愛は全然違うのです。 指導的な立場にある学者、大学教授が知らないのです。指導階級の人が知りません。だから、一般人もほとんど知らないのです。ごく次元の低い恋愛の問題を取り上げて、それを男女の問題だと思っている。これは全く問題にならないレベルの低さです。これは白人文明の次元が低落しているために、こういうことになっているのです。 ユダヤ人のトリックに引っかかっているのです。三S政策のセックス観が世界に行き渡ってしまった。人間をセックス的にごまかしてしまうと、人間がばかになってしまうとユダヤ人が考えた。三S政策というのは、セックスとスクリーンとスポーツです。マスコミと性の問題、スポーツの三つを牛耳って、世界全体の人間の興味をまとめて、人間全体の文化の概念を、肉性的にまとめてしまった。そして人間をばかにしたのです。これがユダヤ主義です。それに人類は、まんまとやられているのです。このことを、日本人は全然知らないのです。 スポーツとスクリーン(マスコミ)とセックスの三つで、世界の人間はばかにされてしまったのです。これがユダヤ主義です。日本人はそういうユダヤ人に、永遠の生命を伝えなければならないのです。 現在皆様は生きていると思っていらっしゃいますが、命に対する認識はゼロです。従って、性が全然分かっていない。ただ性欲を知っているだけです。性欲は性の末端の問題であって、性の原点の問題ではありません。皆様が知らねばならないことは、性の根源のことです。男とは何か。女とは何かということです。 男はなぜ女が好きになるか。女に対して恋心を感じるのはなぜか。恋の本質は何か。恋心とは、とこしえの命、本性から出るものです。男が女に惚れるのは、永遠の命を求める気持ちが原点になっているのです。神を求める心が、女性に惚れるという状態になっている。セックスの問題ではないのです。現在の男性のレベルが低すぎるのです。ひどすぎるのです。 男性は本当の命を求めるという本質的な認識を持っていないのです。女性はそれをもっているのです。それが女性のあり方に現れているのです。命についての本質的な認識を持つために、女性の優しさを男性がどうしても学ぶ必要があるのです。男性が女性の優しさにほれて、女性の優しさを男性の中に取り込む。女性の優しさに男性が同化することによって、神を求める端緒が分かるのです。これが、男性が女性に恋愛することの正しい入り口になるのです。だから、正当な恋愛なしに、神を求めることはできないのです。 ところが恋愛の話をしますと、すぐにセックスの話だと思われてしまうのです。レベルが低すぎるのです。男はまず自分の霊魂が死んでいることから認識しなければならないのです。しかし男は、自分の霊魂が死んでいることがわからないのです。知らないのです。どのように知らないかといいますと、眠っているから知らないのです。 男性は死んだ上に眠っているのですが、これが起きたのは、私達が現世に生まれてくる前のことなのです。このことについて旧約聖書の創世記の二章に詳しく書いていますが、アダムを深く眠らせて、彼のあばら骨の一本を取ってエバという女性を造った。このエバが蛇に編されて陥罪して、アダムが死んだという記事があるのです。 男は眠った上に死んでいるから神が分からない。女は死んでもいないし、眠ってもいないが半人前で分からない。女が女であるということが女自身に分からないのです。男によって教えてもらわなかったら、女自身を価値付けすることができないのです。男に正札をつけてもらわなければならないが、正札をつける男が眠っているのです。 今の世の中は、性という点からいいますと、むちゃくちゃです。千人が千人とも、万人が万人とも、地獄へ行っても当たり前の生活をしているのです。神と人の関係は、完全に断絶しているのです。ところが神と人の関係で、性が一番大きい問題です。 神性と人性があります。神性と人性との関係が、本当のセックスです。人間のセックスは、神性と人性の問題から派生したもので、現世での人間関係になってくるのです。神と人との関係をよく心得て、神性と人性のことを勉強することを建前にして、男女の恋愛があるのです。 神を知りたいという願いを持たなければ、恋愛をしても仕方がない。恋愛をすればするほど、業が深くなるのです。いよいよ地獄へいくようになるのです。何の足しにもなりません。現在の男女は世間並みのセックスをしていますが最も恐ろしいことをしているのです。 こういうことをはっきり教えてくれる人は、世界にいないのです。宗教も道徳も、性について皆間違っています。人間の考えは根本からまちがっているのです。 神と人の係わりは宗教ではだめです。男と女の関係は、神と人との係わりになってくるのです。人間の霊魂の問題は、神と人とのセックスの問題です。このことを究明していきますと、神の霊と人の霊との関係がわかってくるのです。 神の霊と人の霊との関係が、恋愛の原点になるのです。神と人との関係を弁えて、それを人間的な状態で、男と女に移し変えたものが、男女の恋愛になるのです。従って、世間で考えられている恋愛至上主義は、全くまちがっているのです。 恋愛は本質的に霊(神に関する問題)です。肉(人間の常識の問題)ではないのです。本質的に霊であるから、霊のことがマスターできた場合に、肉はなくなってしまうのです。肉が許されるのではなくて、肉がなくなってしまうのです。肉的生活が消えてしまって、霊的生活になってしまうのです。肉をもっている間は、本当のセックスではないのです。これが聖書の理想的な立場から見た、性の問題です。 人間の魂と神の霊との関係は、現在の歴史のあり方から考えますと、全く竹竿を振り回して星に触るようなことになるのです。とても触れる問題とは違うのです。現在の人間に誠の神をまともに伝えることは、はとんど不可能に近いことです。 性の問題を考える場合には、この間題の事前にある人間の霊魂のあり方と、神の御霊のあり方を深く理解していただかなければ、分からないでしょう。 人間文明の中で最も大きい間違いは、セックスです。これが罪のシンボルであるとさえいえるのです。神の霊と人の魂の交りは、人間的にいえば性の交りと同じ本質をもっているのです。 神の御霊と人の魂の交りが、男女の交りによって象徴されているのです。 |