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9風が止まっている文明 |
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現代文明は風が止まっている文明です。瀕死の重傷に陥ってしまっているのです。どうにもならなくなっているのです。政治家が政治を破壊しようとしている。労働運動が労働組合を破壊する。労働者で成立している国の軍隊が、労働者に銃を向けている。こういう状況が風を引き止めている状態です。学問も政治も経済も、宗教も労働運動も、完全に行き詰っているのです。 学問が行き詰っている。自然科学の方向が分からなくなっている。何をどの程度研究していいのか全く分からなくなっている。科学者は皆勝手に好きなことを研究している。その研究を誰も止めることができないのです。 人類は全く虚無的状態に陥っている。これは今までの虚無主義になかった虚無状態です。今までの無政府主義とか、虚無主義は物の考え方であったのですが、文明それ自体が虚無になると、何ともいいようがなくなってしまうのです。どうしていいか分からない状態が始まっているのです。 革命運動とは何であったのか、今の人間は分からなくなっているのです。何のために革命したのかわからなくなっているのです。宗教が何のためにあるのか、何をしているのかわからなくなっている。人間に感謝、感激、希望がなくなっているのです。 一番恐ろしいことは、文明が文明の意味を見失ってしまうということです。発明とか発見といっている間は、まだよかったのですが、現在は全く動かなくなってしまった。動く方向がわからなくなっているのです。 政府が選挙制度をかえても、政治がよくならない。政府がいくらお金をつぎ込み、あの手この事と手を打っても、経済はよくならないのです。宗教も学問も、どうしていいかわからない。完全に行き詰っているのです。その原因を黙示録に書いています。 「この後、私は四人の御使(みつかい)が地の四隅に立っているのを見た。彼らは地の四方の風を引きとめて、地にも海にもすべての木にも、吹き付けないようにしていた。 また、もうひとつの御使いが、生ける神の印を持って、日の出るほうから上がってくるのを見た。彼は地と海とをそこなう権威を授かっている四人の御使いに向かって、大声で叫んで言った。『わたしたちの神の僕(しもべ)らの額に、わたしたちが印をおしてしまうまでは、地と海と木をそこなってはならない』」(7・1〜3)。 日の出る所から出る天使が、風を引きとめている四人の天使に向かって、大声で叫ぶのです。生ける神の印を持っている天使だからこれができるのです。生ける神の印を持っていない天使は、自分と同列の天使を叱ることができないのです。 四人の天使を叱る天使が、今どうしても現れなければならないのです。そうしなければ世界の状態を打開することができないのです。 地の四方の風をひきとめている天使はどういう天使なのか。風を引き止める天使は、やがて来るべき大患難時代の直前に現れる、恐るべき天使なのです。風がないと植物は全部死んでしまいます。植物にもよりますけれど、特にトマトは風通しが悪い所でつくりますと、実が全然できません。風が吹くか吹かないかで、作物の出来具合は非常に違うのです。枝がいっぱいになると風通しが悪くなるので、剪定をするのです。 地の四方の風を引き止めている四人の天使はどういうものか。地の四隅というのは地球が回転している状態の一つの形容詞であると考えられるのです。文明を動かしている天使が四つあります。今の文明を形追っているものの一つは労働組合運動です。これが世界全体を貫いて一つの大きな流れになっています。それから政治経済の流れです。そして軍事です。最後は宗教です。この四つが文明全体の流れを色々な形で阻害しているのです。セックスとか人権の問題は、この四つのどれにも当てはまるのです。教育は軍事的にも政治的にも当てはまるのです。 地は一般の人間の社会を意味していますが、人間がどのように生きたらいいか、人生の目標は何か、道徳、伝統が完全に壊れてしまっているのです。 海は生物学的な権限を意味します。経済活動もこの中に入るのです。木は思想的な問題です。学問も宗教もこの中に入るのです。政治経済は思想的な面と物質的な面と両方あるのです。創世記の二章に、善悪を知る木、命の木とありますが、木は物の考え方、思考方式の根源に関することです。海はすべてのものの命を産む世界です。 四人の天使は生産運動を損なおうとしているのです。国民が豊かな生活を望む。税金を払う以上の恩恵を受け取ろうとする。政治家も選挙に当選するために、国民の無理な要求をどんどん呑んで、財政を無制限に支出し、赤字が雪だるま式にふくれあがっていくのです。やがて国の財政は破綻し、国民は食べられなくなるかもしれないのです。 これが風を引き止めている現象です。こういう状態が、世界中に湧浸しつあるのです。この正体が分からないのです。なぜそうなるのか。どうしたらいいのか。さっぱり分からないのです。誰も分からないのです。下手をすると、世界中が食べていけなくなるのです。 知と海と木は、人間が生存する上で欠くべからざる重要なものですが、これが動かなくなっているのです。どうしたらいいか、さっぱり見当がつかないのです。戦争することができないのです。戦争をすれば停滞状態を一挙に打開して、新しい風を通すことができますが、核兵器が世界中に拡散しているので、うかつに戦争もできないのです。戦争を行わずに打開する方法があるかというと、ないのです。世界経済の根本的な原理を大転換するしかない状態になっているのです。 そういうときに、日出る所から、生ける神の印を持つ天使が現れるのです。文明をリードする根本的な力は、現象的な価値があるかないかとは違います。文明の流れの基本は、文明が成立している根本原理です。根本原理が動きますと、現象世界が変わってしまうのです。原理が動くということは、大変なことです。人間的なマイティー(mygty)ではなく、神的なマイティーが働くからです。あれよあれよという間に、文明構造が変わってしまうのです。 地の四隅に立っている天使が引き止めているものは何か。例えば宗教が引き止められようとしているのです。引き止められているといった方がいいかも知れません。労働運動も行き着くところへきてしまっているのです。それを打開する方策はまったくないのです。人間の思考方式をどのように変えればいいか、全く行き先不明です。新しい光が与えられるという希望も見込みもありません。 政治経済もそうです。あの手この手とさんざん財政支出をしてきて、もはや打つ手がなくなったのです。政治も経済も一向によくならないのです。 日本やアメリカ、ヨーロッパ、その他世界中の国家で、国家目的が見えなくなったのです。国家がどの方向に行ったらいいのか、どうすればいいのかわからないのです。 国家と国の区別がつかなくなっているのです。国と国家は違います。国家は自民党が政権を取っているとか、軍隊をどれだけ持っているとか、自由主義的経済機構に属しているとか言うことです。三権分立の問題、駐米大使を誰にするとか、選挙をいつどういう方法でしようかと考えるのが国家です。 国というのは人間が生きていることです。利害得失を考えたり、健康とか病気のことを考える。今晩のおかずを何にしようかと考えるのが国です。そういう人間が日本に一億二千万人いるのです。 国は個々の人間の関係、生活の問題です。国家は集団的に人間をどういう方向へ引っぱっていくかを考えるのです。政治とか経済という言葉が使われているのは国家についてです。国と国家は関係はありますが、違うのです。 人間生活としては国という概念に生きていますが、法律的、経済的、政治的には国家という概念に属しているのです。個人は好むと好まざるとにかかわらず、戦争が始まると兵隊に徴集されるのです。 国と国家の関係が分からなくなっている。個人が生きていることと、世界の動きとの関係が分かっていない。そういう面での教養が低いからです。学校ではどうでもいいことばかりを教えてくれるのです。知るべきことを全然知っていない。だから人間がだんだん愚かになっていくのです。 四人の御使いが地の四方の風を引きとめようとしているのであって、文明はこれ以上発展しないでしょう。これで終わりです。皆様は人間文明の最後の人になるのです。 文明は行くべき方向が分からないから発展のしようがないのです。国家目的も文明目的もないのです。目的なしの文明を続けてもしかたがないのです。目的なしの国をつずけてもしかたがないのです。 革命、革命といって騒いでいる時はよかったのです。赤旗をふっている時はよかったのです。今は赤旗を振ってもだめです。革命がだめであることがはっきり分かったからです。革命という理想もなくなっているのです。たった一つ打開策があるのです。国家があるから行き詰っているのです。もし国家がなければお互いに自由に行き来し、貿易も自由にできるのです。領土や領海の所有をめぐって果てしない争いをしなくてもいいのです。自由主義国家、共産主義国家といって醜い争いをしなくてもいいのです。国家があるから自由にできないのです。国家が国を押さえつけている個々の人間の生活が国家に押さえつけられているのです。 これから世界が行くところは、国家をなくする方向です。これしかないでしょう。世界に風を通そうとするためには、世界の流れの中心を握っているユダヤ人を何とかしなければならない。ユダヤ人を説得すれば国家がなくなるのです。 日本、アメリカ、ヨーロッパの国々はユダヤ人がつくっているのではありません。全世界に国家という組織を禰漫させてきたのは、今までの歴史の形態ですが、その中心にいたのはユダヤ人です。 ユダヤ人の思想が覆ってしまうと国家がなくなり、国だけになるのです。国だけになったら、戦争はしないでしょう。国家があるから戦争をするのです。国家を守って何になるのでしょうか。何もならないのです。何もならないものを守っているのです。 戦争が始まれば、大迷惑するのは国民です。なぜばかな戦争をしなければならないか。これがだんだん分かってきたのです。 人間は生きるために生活をしているのであって、国家に奉仕するためではないのです。民族が国家に支配されるというのは、おかしな理屈です。どこの国でも民族は皆国家の犠牲になっているのです。これはどこが悪いかというと、全世界を指導している文明思想が間違っているからです。 そこでユダヤ人問題になるのです。良くても悪くても、ユダヤ人を中心にしなければ世界は動かないから仕方がないのです。国家というものがばかばかしいことがだんだん分かってきたようです。国家をなくしてしまえば、世界がうまくいくということが分かってきたのです。まず国家をなくすということがやがて実行されるでしょう。 人間文明は中東のメソポタミア地方から始まったもので、バビロンと言われているものです。バビロンという言葉は、バベルから来ています。バベルという言葉は混乱という意味です。文明は混乱を意味するのです。 やがて全世界の国家をなくすという大芝居をユダヤ人がうつでしょう。それに世界中の人々が賛成するのです。そうすると労働組合運動と宗教運動がひとつになる。世界の軍備は必要がなくなって消えるのです。軍備がなくなるとずいぶん平和になるでしょう。世界中の国々が、軍備のためにずいぶん苦労をしているのです。 政治的な歪みあいがなくなり、世界全体の経済が流れ出すようになる。労働運動と宗教運動が一つになると和やかなものになるのです。世界政府ができて、国際連合が拡大強化されることになりますから、世界は平和になります。聖書はこれを大バビロンといっています。これが人間文明の完成された状態で、聖書は偽キリスト王国といっています。 世界政府ができても、世界中の人間をどこへ連れて行くのか分からない。しばらく平和が続いて、人々は万歳万歳といって拍手喝さいするでしょう。やがて困ったことが起きてきます。「わしの言うことを聞け」という独裁者が現れるでしょうし、人々は言いたいことを言い出して、何がいいのか分からなくなるでしょう。そこで収拾できない大混乱に陥るのです。そして隠してあった銃を持ち出してくる。核兵器を持ち出してくる。そして文明は最後の大悲劇を迎えることになるのです。 その時に、「人間は死ぬものではない」という新約聖書の原理がダイヤモンドのように輝くでしょう。イエス・キリストが死を破って復活して、地球上から死が消えていることに始めて気がつくでしょう。 人類を亡ぼして地獄に放り込むのもユダヤ人ですが、死を破って「永遠の生命の実体」を明らかにしたのもユダヤ人です。人類の救いも亡びもユダヤ人からくるのです。良くても悪くても、ユダヤ人を中心にしなければ世界は動かない。これが地球のカルマ(業)です。私は一人でも多くの人が亡びゆく死の虜から逃れ出て、死なない命、永遠の生命の実物を捉えて頂きたいと、切に願うしだいです。 |