| 13なぜ核兵器廃絶ができないのか |
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現在、アメリカと北朝鮮が、核兵器の問題で押問答を続けています。これが難航して、用意に妥結しそうにありません。核兵器のことになると、どちらが優性であるか、どちらが劣性であるかという問題になり、国家的な自尊心、経済的な目標等が絡んで、厄介なことになるのです。 石垣に手を詰めたような状態になって、にっちもさっちもいかなくなるのです。だいたい、アメリカと北朝鮮が、自由主義、資本主義、社会主義というユダヤ人がっくった思想に、どうして従わなければならないかということです。 とにかく、冷静になって、思想問題について心の目を開いて話し合えば、お互いの欠陥を知ることができるのです。世界観の問題を心を開いて話し合えば、国家主権のばかばかしさが分かるはずなのです。これができない所に常識という考え方の大欠陥があるのです。 常識とは何でしょうか。社会主義、共産主義、資本主義、民主主義に従わねばならないと考えています。これが常識です。場合によっては、全世界が滅びるような大戦争をしても、しかたがないと考えている。これが人間の常識です。 なぜしかたがないと思うのでしょうか。自分達の世界観の間違いを充分に話しあえば、分かるのです。現在では共産主義についての解答も出ていますし、資本主義についての解答も出ています。したがって、アメリカの大統領とロシアの大統領が、キリスト教ではない聖書を基準にして話しあえば、何でもないのです。 お互いに、主義、思想にとらわれて、面子を考えている。それがこじれて、世界中の人々が大迷惑する世界大戦が始まる危険性が、充満しているのです。人間はこういう愚かなことをしているのです。政治とは何でしょうか。政治の目的が何であるか、分からないのです。そういう間違いを常識というのです。 人間が常識に従って生きていますと、現世の人間のあり方が、本当のもののように思えるのです。 現世に生まれますと、好むと好まざるにかかわらず、常識の鋳型にはめ込まれてしまうのです。これが人間の業(ごう)です。 般若心経が言う般若波羅密多とは、人間の業から出ていくことを意味するのです。般若波羅密多とは、命のルーツをつかまえることです。命のルーツはどこにあるのかといいますと、皆様が生かされていることの実体にあるのです。人が生かされていることの原理が、命のルーツです。 命のルーツをつかまえますと、死ななくなるのです。命のルーツとは、死なない命のことです。誰でも、命のルーツをつかまえることができるのです。 人間が死ななければならないと考えているのは、命のルーツをつかまえていないからです。常識という人間の業に従って生きていますから、死ななければならないことになるのです。 皆様が本当に、心の底から死にたくないとお考えになっているのでしたら、それを口に出して、はっきり言って見てください。誰もいない所で、「死にたくない」 と大きな声ではっきり言えばいいのです。 ところが、それがなかなか言えないのです。なぜいえないかといいますと、「それは常識に外れてる」と考えるからです。常識に外れてもいいじやあありませんか。常識に外れることが、なぜ恐ろしいのでしょうか。 釈尊は常識に外れた人間です。イエスは常識を踏み潰した人間だったのです。皆様もそうしたらいいのです。般若心経と聖書は、人間の常識の向こうにある世界を示しているのです。 |