17命の性(さが)

人間存在は神から見ますと、女性になるのです。これは完全な性ではありません。性という字は、さがと読むのが正しいのです。性(せい)という言い方をしますと、セックスに考えられやすいので、さがという言い方をした方がいいのです。

さがとは命の本性のことです。さがには男性と女性と二つあるのです。宇宙構造がそうなっているのです。

神というのは、永遠の男性を意味するのです。イエスが地上に肉体的に生きていました。この時、肉体的に生きていたという意味で、女性だったのです。このことを、イエスは、わたしは父の内にいるといっています。父が私を愛した。そのように、私もあなた方を愛すると言っています。

イエスが地上にいた時に、イエスが持っていた命のさがを、神のさがから見ますと、女性になるのです。

神が持っている命のさがは、絶対です。これが本当の男性です。神は男性としての命のさがを持っている。人間は女性としての命のさがを持っている。この原則をイエスは非常に忠実に実行した。その結果、イエス自身が復活させられた。そしてイエスは本来あるべき姿にかえったのです。

今イエスは男性になっています。三位一体の神は、男性と女性の非常に微妙な状態を、そのまま現しているのです。

現在の人間は、神から見れば女性になるのです。現在男性として生きている方々は、女性になるだけの雅量を持っていなければ、永遠の命を捉えることはできません。

人間存在の本質は女性です。女性になれない男性、女性を軽く見る男性、女性を軽蔑する男性は、絶対に救われません。女性のあり方が、人間本来の典型です。人間本来の典型的なあり方が、女性によって現されていることを学ぶのです。これが本当の思春期です。

男性が女性に学ぶのです。現在の男性は、少し奇形になっているのです。不完全になっているのです。男性と女性が一つになって、初めて完全な体になるのです。二人の者が会って一体になるということを旧約聖書に書いているのです(創世記224)。

人間の体全体が目になっているのですから、そういう観点から女性を見ますと、現在の人間が考えている人間は、幼稚だということが分かるのです。

命には二種類あります。死ななければならない命と、絶対に死なない命とがあるのです。二つの命のさががあるのです。

死なない命は本当にあるのです。青空を見れば分かるのです。太陽の光を見れば分かるのです。そこに、死なない命がそのまま現れているのです。

皆様は、死なない命を、毎日、毎日、見ているのです。花が咲いている命、太陽が持っている命は、死なない命です。これが分かればいいのです。マグロの味、鯛の味、ステーキの味、ミカンの味、リンゴの味、桃の味は、死なない味をそのまま現しているのです。皆様は現世で、死なない命を五官によって味っているのです。体全体が目ですから、五官全体で見ているのです。隠し所を恥ずかしいと考えることが、人間を侮辱しているのです。

鼻から命の息を吹き込まれた人間は、脳細胞のどん底に、神の命の息が吹き込まれているのです。これによって考えると、人間が考える教育、道徳は、幼稚なものです。レベルが低すぎるのです。

教育、道徳がそのようになってしまった原因は、ユダヤ人にあるのです。モーセがとんでもない考え違いをしたのです。モーセの律法についての考えが間違っているのです。アブラハムの信仰を考えないで、モーセの律法に縛られているからです。

男性は神から見れば女性です。男性が女性になるために、神は目の前に女性を見せているのです。女性とは何か。男性とは何か。この本質を本当に勉強しますと、二人の者が会いて一体となるという原理が分かるのです。男性と女性が、ばらばらにあるのではない。二人が一つになる。これが本当の恋愛なのです。

死なない命と、死ななければならない命とがあるのです。死ぬに決まっている命を持っている者は、死なない命を恋慕うに決まっているのです。永遠の男性に対して、人間は堪えがたい恋愛感情を持たざるをえないのです。

おいしいもの食べたいと思うのは、神を慕っている人間の偽らざる心です。すばらしい景色を見たいと思うのは、神である男性を求めているのです。

景色を見に行くことを観光といいます。景色がなぜ光になるのかと言いますと、景色が神を示しているのです。それが人の光になるのです。光として人の心にアピールするからです。死なない命、永遠の男性が、景色になって現れる。それが光として人の心の中に入ってくるのです。

特に重要なのはセックスです。現在の人間のセックスは、次元の低い感覚です。セックスを性欲だと考えている。性欲とは違います。これが大変な間違いです。

人間は性に対して非常に深い憧れを持っています。欲ではなくて憧れです。憧れの意味が分からないから、欲望だと思い込んだのです。そういう間違いを、ユダヤ人が世界中にばらまいているのです。これが現代文明のセックス観の間違いです。