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21ユダヤ主義は生命原理に反している |
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私はユダヤ人を憎んでいるのではありません。彼らの魂を尊敬し、徹底的に愛しているのです。 ユダヤ人の思想が悪いのです。例えばスポーツを世界に広めています。オリンピックは分際を知って開催すればいいのですが、分際を知らずに行いますと、オリンピックのための職業スポーツマンを養成することになるのです。 学問は一種の情報であるという謙虚な態度で、人間生活の重要な参考資料として扱えば、重要な文献となるのです。ところが科学は絶対だという考えで人類を圧倒しようとする。これがユダヤ主義的な野心なのです。この考えを日本の学校の教師は、無批判で受け入れているのです。 ユダヤ主義は生命の原理に反しているのです。命は脳波であって、脳波に益するような考えでなければいけないのです。 人権といいたければ言ってもいいでしょう。ところが現在のように人権を崇め祭ることになってしまいますと、家庭内暴力、学校内暴力が頻発することになるのです。これは人権を過大に評価しすぎた結果なのです。 親は親、子供は子供としての分限があるのです。分限が人間の命です。権利がある所には、義務、責任がなければならない。義務、責任を教えないで権利ばかりを強調していると、暴力行為が多発するのです。これがユダヤ的な欠点です。 本来、ユダヤ人は非常に優れた民族です。この民族が間違った思想を持っているから困るのです。ユダヤ人は本質的にはいいのですが、その野心が悪いのです。これが世界を混乱に陥れているのです。これを政治家も学者も知らないのです。ユダヤ人問題の本質が分かる人が、はとんどいないからです。いたところで、この間違いについて勇気をもって発言しようという人は少ないのです。 現代人は命を棒に振っても、生活さえできればいいと考えている。こういう考えが、すでにユダヤ人に感化されている考えなのです。 皆様の命である脳波の本体は何でしょうか。脳波の本質は言(ことば)です。宇宙には波長があります。波長の本体は言です。イエスが復活したというのは、彼自身が言の本質を弁えていたからです。皆様は毎日言を経験していますが、言の捉え方が分からないので本当の命が分からないのです。 死は人類の敵、宇宙の敵です。これをイエスは破ったのです。だから彼の発言も行いも、命の言です。これ以外のどんな人の言行も、すべて情報です。 自然法は言です。自然法は何かといいますと、神の約束が原理になって成立しているのです。神の約束は命の言そのものです。聖書に、「わたしは口を開いて譬を語り、世の初めから隠されていることを語りだそう」(マタイによる福音書11・35)とあります。世の初めとは、現象世界が現れる前と言うことです所には、義務、責任がなければならない。義務、責任を教えないで権利ばかりを強調していると、暴力行為が多発するのです。これがユダヤ的な欠点です。 本来、ユダヤ人は非常に優れた民族です。この民族が間違った思想を持っているから困るのです。ユダヤ人は本質的にはいいのですが、その野心が悪いのです。これが世界を混乱に陥れているのです。これを政治家も学者も知らないのです。ユダヤ人問題の本質が分かる人が、はとんどいないからです。いたところで、この間違いについて勇気をもって発言しようという人は少ないのです。 現代人は命を棒に振っても、生活さえできればいいと考えている。こういう考えが、すでにユダヤ人に感化されている考えなのです。 皆様の命である脳波の本体は何でしょうか。脳波の本質は言(ことば)です。宇宙には波長があります。波長の本体は言です。イエスが復活したというのは、彼自身が言の本質を弁えていたからです。皆様は毎日言を経験していますが、言の捉え方が分からないので本当の命が分からないのです。 死は人類の敵、宇宙の敵です。これをイエスは破ったのです。だから彼の発言も行いも、命の言です。これ以外のどんな人の言行も、すべて情報です。 自然法は言です。自然法は何かといいますと、神の約束が原理になって成立しているのです。神の約束は命の言そのものです。。現象世界が現れる前から存在していた永遠の命の実体を、示そうといっているのです。これは神自身の大発言です。 現象世界があるとはどういうことか。例えば太陽が輝いている。これは神が口が開いているのです。花が咲いている。これも神が口を開いているのです。 皆様は太陽が輝いていることを毎日見ています。水が上から下へ流れています。自然法をそのまま目の前に見ているのです。これが神の言を見ているのです。 神が何のために譬を語っているかといいますと、天地創造の前に存在していた永遠の生命の実体、本当の命の実質を人々に知らせるために、口を開いて万物を生かしているのです。 皆様は毎日、朝から晩まで、万物を見ています。いつでも鼻から空気を吸っています。自然法を鼻から吸い込んでいます。お米をたいたり、水を飲んだり、毎日、命の言を経験しているのに、それを捉える方誓知らないのです。だから本当の命が分からないのです。皆様の脳波が健康にならないのです。 自然法は何かと言いますと、これが神の言です。神の言というのは、神がつくった言という意味です。これを最も端的に証明したのがイエスです。だから、イエスは死んだけれども、死の世界が彼を受け入れることができなかったのです。死の世界から戻されたのです。 どうしてそうなったかといいますと、イエスは言の本質を知っていたからです。言とは何かといいますと、遺伝子の原点をなすものです。イエスは命の奥義を知っていたのです。 地球は生きています。地球を生かしている原質的なもの、原点的なものがなければならないのです。これが言です。自然法とか、神の約束が言です。 聖書に、「初めに言があった。言は神と共にあった。すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった」(ヨハネによる福音書1・1〜3)とあります。森羅万象はすべて言によってできているのです。 皆様は毎日、空気や水、太陽光線の恵みを経験しています。花が咲いているのは、神が口を開いて言を語っているのです。太陽光線も神が語っているのです。この意味が分かれば、皆様は永遠の生命、死なない命が分かるのです。これによって皆様の脳波が育てられますと、死なない脳波に変わっていくのです。肉の思いで生きていますから、死んでしまう脳波になっているのです。 イエスの復活の事実を皆様が勉強されますと、皆様の脳波に死なない脳波が入ってくるのです。イエスの復活は言の働きです。重大な意味における神の言の働きなのです。 皆様の脳波が働いている間に、脳波の働きの原理をつかまえたらいいのです。止まってしまったらもうだめです。心臓が止まっても脳波が働いている間はまだ死んでいないのですから、脳波が働いている間に言の原理をつかまえればいいのです。 肉の思いの脳波は、死んでしまえば止まってしまいます。霊の命の脳波は心臓が止まっても止まらずに、永久に動いているのです。これを見つければいいのです。霊なる命を見れば、止まらない脳波が分かるのです。だから純情素朴な心が必要なのです。 皆様は学問を信じすぎているのです。理屈が頭につまっているのです。ユダヤ人の思想に翻弄されているのです。だからユダヤ的な情報網に引っかからないで、皆様の独自の見解で、純情素朴な人間になって頂きたいのです。 命の本質は素朴なものです。命は理屈ではありません。皆様の脳波は非常に素朴なものですから、素朴な人柄でなければ死なない脳波がその人の中に入ってくれないのです。 大自然の原理が神の言ですから、これを受け取ろうと思えば、素朴な感覚、素直な気持ちが必要なのです。 |