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ユダヤ人が悔い改めれば、地球上からあらゆる犯罪、戦争、自然災害、一切の病気が消滅する。こんな事を聞かれても、まったくの夢物語、荒唐無稽の空想の世界のこととしか思えないでしょう。絶対にありえない話だと、思えるでしょう。 ところが、人類は永い間、犯罪のない世界、戦争のない世界、自然災害、病気のない世界の実現を、願ってきました。6000年の間、願って、願って、止まなかったのです。これは、人類の本心に秘められた悲願でした。 かつて、ユダヤ人の先祖のアブラハムは、人類で一番最初に、地球を創造した誠の神を発見しました。自分を生かしている命が、神であることに気がついたのです。その功績により、アブラハムとその子孫に恵みを与え、ユダヤ人によって地球を運営させることを約束しました。ユダヤ人達は「約束の民」、「選民」といって威張っていますが、これは神から与えられた約束の真意を正しく理解することを、条件にしています。ところがユダヤ人は、約束の真意をまったく理解していない。これが、現在の混乱した、弱肉強食の世界を生み出した根本原因になっています。 もし現在のユダヤ人たちが、悔い改めて、その間違いに気がつき、先祖アブラハムの心境に立ち返り、約束の真意を正しく理解することができれば、地球上に千年間の驚くべき平和が訪れるでしょう。これが千年王国です。これは新約聖書に預言されていることで、必ず実現します。二十一世紀中に実現するでしょう。 千年王国が実現すると、病気や犯罪はほとんどなくなるのです。病院はほとんど消えてしまいますし、刑務所もなくなるのです。地震、洪水、台風、津波、噴火という自然災害が、全くなくなりますし、紛争、犯罪、戦争もなくなるのです。 人間は世界の平和を求めていますが、本当に世界の平和が実現するのは、病気の脅威、飢餓の脅威、人に裏切られるとか、嘘を言われるとか、犯罪、戦争、自然災害が一切なくなる時です。 自由という言葉、幸福という言葉を本当に味わうことができるのが、千年王国です。ユダヤ人が悔い改めさえすれば、世界の歴史は一変します。神の約束が人間の歴史の表面に現われるでしょう。これが千年王国です。 かつて、アダムの陥罪によって、土が呪われた。地球が呪われたのです。ところがキリストの贖いによって、地球が救われた。その事実が地球に現われるのです。地球にある砂漠、ツンドラが消滅します。天候、気候の条件が変ってしまうからです。 現在、成層圏には、二千五百回以上の大気圏内の核実験による放射性物質が、びっしり取りまいています。人間の罪が囲んでいます。汚染物質で汚されていますが、これがどういう方法で払拭されるかということを、旧約聖書のゼカリア書で預言しています。 砂漠がなくなると、アラビア半島だけでも五億人くらいの人がゆっくりと住めるでしよう。サハラ砂漠にも多くの人が住めるのです。南極や北極にも多くの人が住むようになるのです。 「生めよ、ふえよ、地に満ちよ」(旧約聖書創世記1・26)という預言が成就するとどの位の人になるでしょうか。恐らく三百億人くらいの人が住むようになるでしょう。もつと多いかもしれません。 千年王国では、若死にと言われる人でも百歳くらいです。長命と言われる人は八百歳から九百歳になるでしょう。千年王国の最初から最後まで生きる人があるかもしれないのです。 人間に幸福があるはずだという人間の願いは、何十倍、何百倍になって実現するのです。人間の幸せの願いがあまりにも少なすぎて、恥ずかしいと思うでしょう。神がキリスト王国を本当に地球上に現わすと、人間は何と幸福を知らなかったのかと思うでしょう。あふれるほどの幸福が地球に実現するのです。 米や麦は、年に何回も収穫されるのです。種をまく人の後に刈る人がついてくると言われるくらいに、収穫されるのです。とにかく、地球の空気の条件、水の条件、土の条件、太陽の条件が、全部変ってしまいます。地球は驚くべき状態になるでしょう。 現在の地球の条件は、人間の罪によって呪われてしまっているのです。呪われている地球でさえも、春になれば花が咲きます。おいしい果物や魚介類もとれます。千年王国の神の栄光は、この何十倍、何百倍にもなるのです。 旧約聖書には、人間が罪を犯す前の、エデンの園の驚くべき世界が、描かれています。人々の寿命は、八百歳から九百歳でしたし、犯罪も病気もない、理想社会でした。その世界がもう一度実現するのです。 現在の人間ではとても想像できない世界になるでしょう。猛獣はいなくなります。ライオンもヒョウも人間に慕いよってくるでしょう。人間が万物の長であることが、はっきり確立されるからです。 現在の人間の願いの何百倍もの平和が、地球全体に訪れるのです。神の栄光が全地に満ちますから、人口はいくらふえても大丈夫です。人間の一切の罪悪思想、罪悪行為がなくなりますから、地球に驚くべき平和が訪れるのです。その時、人々は、心から、神を賛美することができるのです。
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