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6文明のために人問がいるのではない |
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現在の文明を白人文明とか物質文明とか言っていますが、近世以来白人主義の文明が潮浸した結果、世界全体が一つの思考方式という枠の中に閉じ込められた状態になっているのです。 資本主義、自由主義、社会主義が本来あるべきもののように考えられていますけれど、本来そういうものがあったのではないのです。ところが、そういう思考方式が世界に流布された結果、そういう考えによらなければ国家づきあいができなくなったのです。文明のあり方に従って、経済制度、政治制度が規定されてしまっているのです。 日本人かヨーロッパの人で、今から三百年か五百年前にいた人が忽然と現代に現れたら、人々の考え方の根底が、全く異質のものになっていることに驚くでしょう。 皆様は現在、西洋文明の思考方式を当然のもののようにお考えになっています。男性は洋服を着て靴をはいています。サラリーマンは背広を着なければならないようになっているのです。女の人も洋服を着ています。OLはブラウスにスカートです。そのように、西欧文明の思考方式が、社会的な通念になっているのです。 六十四億の人類は、西欧文明の枠の中に、追いこまれてしまっているのです。これをもう一度、よくお考えになって頂きたいのです。生活は文明に順応してもいいですが、考え方まで順応してはいけない。もっと自由に考えなければならないのです。 宗教も同様の状態になっています。仏教で考える仏とは一体何でしょうか。仏が本当に存在するのでしょうか。仏説阿弥陀経は、十万億土の彼方に西方極楽浄土があるといっていますが、それが本当にあるのかどうか。その世界観に順応しなければならない理由があるのだろうかということです。 現在では、大乗仏教が通用するのはほとんど日本だけです。ビルマやタイの仏教は、日本とは全く違っているのです。 キリスト教の場合で言いますと、イエス・キリストの贖いによって人間は救われると牧師さんや神父さんが言います。信者はそれを信じているのです。こういうことがこの世の霊です。これは文明主義的な考えです。 文明主義というのは、一種のオカルト現象です。これに気づいて頂きたいのです。オカルト現象をつくり出しているのは、ユダヤ人グループです。ユダヤ人に踊らされているというのが、現代文明の本当の姿です。 私は現代文明が、すべて悪いといっているのではありません。神について、生命について、肉体的に生きている人間の立場からしか考えないことが悪いのです。肉体的な立場からしか考えられないという、思想統制、心理統制をさせられている。これが悪いといっているのです。この統制を叩き割ることが私の目的なのです。 般若心経と聖書は宗教ではありません。宗教ではないと言うのは、現代文明によって拘束されてはいないもの、拘束してはいけないという意味です。 宗教は現代文明の文化概念の中に入るのです。西欧文明によって文化概念がつくられている。これをこの世の霊というのです。これはユダヤ人によってつくられたものです。 ユダヤ人は非常に優れた民族です。現在の文明構造を形成する実力を持っているのです。ユダヤ人の実力が、人間の命についてどのように考えているかを、冷静に判断する必要があるのです。 現在の日本は不思議な状態におかれています。何を話そうと、何を書こうと自由です。日本ではキリスト教が間違っていると大きな声で言っても殺されません。アメリカやヨーロッパで言ったら、生命の危険に晒されるでしょう。 |