act.13 流星に願いを(後)








一時間後。


「カット!!」


もう何度目かわからない監督の声が響く。

どうやら予感は当たったらしかった。

八回連続NGの原因は言わずもがなのアイツだ。

今回のシーンは4人での掛け合い。ベテラン俳優2人の長々したセリフの後に俺
たちが二言、三言交わして終わりなんだけど…。

苦労して先輩方がセリフを終えた後に必ずタクヤがとちった。

しかもわざとセリフのタイミングを外したり俺にぶつかりそうに近づいたりする
もんだから、俺もNGを二回出してしまった。
さすがの先輩方もイライラして無言になってくるし、スタッフの間にも不穏な空
気が漂ってくる。
途中でタクヤの母親とスタッフ、監督が指導に入るが、ヤツは目を潤ませてビク
ビクと俺の方を見るだけ。


舌打ちしたくなった。
こいつホントに子供か?
あれは絶対計算ずくだ。
あれこそ演技だぞ。
賢いことは認めるけど相当性根が曲がってる。



大人は子供の涙に弱い。
本来なら責められるべきはプロ意識の低いタクヤ方だ。だけどヤツの怯えと泣き
のせいで矛先がオレのほうへ向いてきていた。

「…そういえばさっき…」
「…子供とケンカ?」
「…撮影に支障がでるほど?…」


ヒソヒソ話す声がスタジオのあちこちから聞こえた。
次第に現場の空気が澱んでくる。


冷静に…、解決方法を探ってみた。それで俺なりに出した結論。

現状を維持するしかない。

俺が和解を申し出たり怒ったりしてもたぶんアイツの態度は変わらないだろう。
もともと感情的なもので解決方法なんかないんだ。


アイツが子供ということを武器にしているなら、俺はあくまで大人の、プロの役
者として振る舞う。

アイツがみんなに迷惑をかけているということを自覚するまで我慢するしかない



「続けませんか?」

意を決して呼びかけた。
みんながざわざわと定位置に戻っていく。

「スタート!!」



そして…さらに二時間後…。
通算24回目のNG。

完全に現場のムードは冷え切っていた。

タクヤの倍、俺に冷めた視線が向けられる。


「今日はもう…」
ため息混じりの監督の声。

頭を抱えたくなった次の瞬間、

「…うっ…、うっ…、うわぁぁぁ〜〜ん」

と、タクヤにトドメをさされた。

−こいつはどこまでやる気なんだっ!

共演者の先輩が俺の肩をドンッ、と小突いた。

「お前さぁ!」

殴られる覚悟を決めた。
お怒りはごもっとも。俺が逆の立場ならメチャクチャキレてる。
よくここまで我慢してくれました。


歯を食いしばった…、その時だった。





「タクヤ!真面目にやれ!!」





スタジオの隅から怒声が響いた。



聞き慣れた声ー…。


振り向くと何時間か前にはいた黒いヤツが腕を組んでこっちを見てる。


…やっぱり智。
帰ってなかった…?


みんなの視線が一気に智に集まった。
それからタクヤに…。

その場にいた全員が再び号泣するのを想像したと思う。


…だけどその時タクヤは初めて厚いツラの皮を脱いだ。

ぶっすぅ〜〜、と思いっきりしかめっ面になって、盛大に舌打ちしたんだ。

「わかったよ!」

ケッとタクヤ吐き出すと母親がわっと泣いた。

「大野さんがいてくれてよかったっ…!この子大野さんの言うことなら聞いてく
れるからっ」


智がタクヤに近付いて頭をパシッと叩いた。


「おまえ、母ちゃん泣かすなんて最低だぞ」

「大ちゃんの母ちゃんは泣かねーの?」

「泣かしたことなんてねーよ。さっきだって花束と新作のゲームソフト買ってあ
げたら喜んでたし」

「ふーん」

「ニノ。たぶん今度は真面目にやると思うけど」

俺は脱力して智の肩に顔を埋めて寄りかかった。

「マジ助かった!ありがとっ」

会話を聞いていたタクヤがまた目をうるうるさせて智を見上げた。

「大ちゃん、違うんだよ。ニノが俺を怒ったんだよ!なにも悪いことしてないの
に…。」

智はそれを聞くとタクヤの目線までしゃがんだ。


「なにがあろうと、俺はニノの味方しかしねーのっ」



……智…。


タクヤはぷいっと背中を向けるとセットの中に戻っていった。



その後撮影は一発OK。
性格は別として、タクヤは素晴らしい演技を見せ大人たちを満足させた。
撮り終わった現場は穏やかな空気に変わっていた。

無事にことを終えたせい…だけじゃない。



智がいるからだ。


タクヤの母親が智に何度もお礼を言っていると、次第に共演者やスタッフが会話
に加わっていく。

「今日は見学?」
「二宮の?」

「…はい、まあ」

「お母さんに花束って、今日誕生日かなにかだったんですか?」

「いや、ちょっと約束すっぽかしたおわびに」

「約束すっぽかして誰と遊んでたんだよ〜」

「ニノと(にこにこ)」
「それで今日は二宮を見学!?…ほんっと、仲良いんだな〜」

「うん、仲良いです」

みんな俺そっちのけで智を取り囲んでたけど、全然寂しくない。
むしろすごく誇らしかった。



これが…、智なんだよなぁ…。



そこにいるだけで周りを和ませて、心のトゲトゲした部分を振り払ってくれる。
誰もが無条件で智の味方をしたくなる。手を差し伸べたくなる。


カリスマ性ー…。



監督が俺に顔を向けた。
「二宮!お前いい友達がいるなぁ!」

俺は掛け値なしの満面の笑みで頷いた。


「俺にはもったいない人です」

智は今日の撮影が全て終わるまで付き人をしてくれていた。
まあ…、付き人と言っても特にやることもなさそうだったけど。


帰り、みんなに飲みに誘われたけど俺達は断った。

次は絶対来いとわあわあからまれて、2人で転げるようにタクシーに乗り込んだ



すぐに出してもらった車内、乗り込んだときの勢いを利用して俺は智を押し倒し
ていた。


顎をつかむと、驚いて半開きになっている智の唇に舌をねじ込んだ。

智の甘い唾液を欲望のままに味わい、吸った。

「ぅんっ…!、(さすがにここはマズいだろっ)」
「しっ。(バックミラーの死角くらいわかってるって)」

運転手が後ろを振り返ってしまえばアウトだけど。

耳に直接唇をつけながら囁くと、智が感じたのがわかった。
その瞬間を逃さずそのまま耳を舐めた。
外側を形にそって舐めた後、真ん中に舌を差し入れ執拗に舐めなぶった。

はぁっ… と智が色っぽい吐息をもらした。
智の股間を手で探ってぎゅっと握ってみた。

「!!」

あはは。ちゃんと固くなってる。

まさかここで!?という怯えた顔をした智にS心がピクピク顔を出したけど。
こういう時俺、智の言うこと聞かないからね。

さすがの俺もそこまで大胆不敵じゃないから、そのまま智を引っ張り起こした。

乱れた襟を直してあげると運転手が話しかけてきた。

「お客さん、気分でも悪いんですか?大丈夫?」

「大丈夫でーす」

ホッとしてシートに深く寄りかかる智の手をぎゅうぅっと握り、小さな声で呟い
た。

「智、今日めちゃくちゃかっこよかったなー…。惚れ直した」

「そう?どこが?…わかんねーな」

「助かったよ」

「…タクヤ。ニノとなら合うと思ったんだけどな」

「悪いけど全然合わねー。俺あのガキ嫌い」

「…似てない?誰かに」

「えぇ?!あんな性格悪い奴、今まで出会ったことねーよっ」

「似てると思うんだけどな」

「誰に?」

「ニノ」

「俺!?」

「小さいニノ。すげー可愛くてさ。可愛がり過ぎて、あいつ俺のいうことしか聞
かなくなっちゃったんだ」

「俺はあんなにへそ曲がってなかったよっ」

ふと、思い付いた。

「…もしかして、昨日の妊娠がどうとかって…、関係あんの?」

「あぁ〜、そだね」

智がふにゃふにゃっと笑った。

「想像しちゃったんだよね。本当に俺たちの子供だったらなって」

そういうことね。

「…でもやっぱいらねーや。ニノに意地悪する子供なんて可愛くねーし。…俺は
…、和がいればいい」

握っていた手に智が力をこめた。
俺の肩に深く寄りかかる。



「…和…」



ため息をかみ殺すような声のトーンに胸がしめつけられた。


誰に見られようが気にせず、そのまま抱き締めてキスしたい衝動が体を駆け巡っ
たけど…、マンションまではもう15分。


きっと…、このやり場のない胸の切なさも、俺たちの恋のプロセス。


今は肌に感じるこの人の手のぬくもりを…、出会えた奇跡を、噛みしめていよう



マンションの近くにタクシーが止まった。

タクシーから降りると俺は思いっきり伸びをした。

上を見上げると星空が広がっていて…。
後ろで俺を見てる智に聞こえるようにつぶやいた。


「神様がもし本当にいるなら…、いいかもね、子供」

「…」

「智と俺の子供なら、絶対、猫っ可愛がりするだろーな」

夜空は神様を信じさせてくれるくらい神秘的で…。
智を振り返ろうとした瞬間、顔ごと力いっぱい抱きしめられた。

わっ、とっと!

「びっくりするだろっ」

「ママになって、カズ」

くうん、くうんとスリスリすり寄ってくる姿は、今にもシッポと耳が生えてきそ
ーだ。

「それがわかんないんだって。ママはあんたでもいいわけじゃんっ」

「ママはカズ。俺はパパ」

「わっかんねー!!なんか腹立つっ」






取りあえず、星を見上げて2人で歩いてみようか。

そして流れ星が流れたら…、もしかしたらやってくるのかもしれない。





憎たらしくも可愛らしい俺たちの愛の結晶を、2人で抱きしめる日が…。