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act.17 最強!
翔くんが和にライバル宣言してから数日たっていた。
その間俺たちの関係に何か変化があったかといえばそうでもない。
和と翔くんは相変わらず仲良く話していたし、俺と和がくっついていても翔くん
は顔色一つ変えなかった。
ただ…、翔くんが優しいのはいつものことだけど、俺に対しての優しさが三割く
らい増した気がしていた。
翔くんはさりげなく気を使ってくれるのがうまい。
俺の気分を理解して、いやらしくなくさらっと助けてくれる。
例えばゲストのムチャブリには話を逸らしてくれたり、ハードなスケジュールが
続いたときには、俺が隠してても見抜いて「大丈夫?」って声をかけてくれたり
、気分が上がらないときには笑わせてくれたりした。
和は、相変わらず子供じゃないんだからって照れてしまうほど献身的に俺の世話
を焼くしね。
髪や服を直したり、収録で言葉に詰まれば面白おかしく話を盛り上げてくれる。
2人とも最高に、イイ男なんだよな…。
何で俺を取り合うライバルなんだろ…。
普段とあんまり変わらないし、俺は日常を何となくボーっと過ごしていた。
でも災難はいつだって突然降ってわいてくる。
「今日はうちの事務所と懇意にしていただいてる政治家のN上さんがゲストに来て
下さるので、後で1人ずつ楽屋に挨拶に行ってください」
いつもの番組収録前の控え室。
新しくウチのマネージャーに就任したS原が四角四面にみんなに話しかけた。
「うぃーっす」
「ほーい」
「…」
「…めんどくさいな」
みんなバラバラに返事するなー、なんて面白がりながら飲み物を取りに行こうと
した俺に、S原がコソコソっと俺に近寄ってきた。
「大野さん。うちの事務所にとって非常に大切な方ですので、くれぐれも失礼の
ないようお願いしますね」
ニコッと目を細めるヤツに、俺ってそんなに頼りなく見えるのかとため息をつき
たくなった。
S原は少し長めの髪をワックスでしっかり撫でつけ、シワ一つない黒のスーツをビ
シッと着こなした伊達男だ。
事務所の中でもやり手で有名で、いったん任せると仕事がなぜか迷い込んでくる
し、必ず成功させると評判だった。
そんなS原のいうことは一応気にとめておいた方がいいだろうと考え直した。
「二宮さんお願いします」
「はーい」
お呼びがかかった和がダルそうに腰を上げ挨拶に向かった。
隣に和がいない空白感になんとなくしょんぼりしていると、和の場所に翔君が座
ってきた。
「そんなえらそうな人、ウチの番組でどう扱えばいいかわかんねーな」
「翔くんが頼りだよ。俺ら絶対会話できそうにないもん」
翔くんは俺の肩に手を回した。
「…こんな時でもないとニノが俺を絶対智くんに近づけねーの」
「そう?」
「智くんが気付かないようにガード固めてるよ〜。ちっさい奴。あんな独占欲強
い奴と付き合ってれば苦労するんじゃない?」
……ニノ、俺をガードしてんのか…。
「智くん、ニヤニヤしちゃってるけど…喜んでるの?」
「え、あ、イヤイヤ」
ヤバい。顔が取り繕えないっ。
翔くんがソファの上でふんぞり返った。
「あ〜も〜…。あまりにラブラブすぎてイヤになる」
「そんなことはないけど…」
「だいたい長年一緒にやってきた智くんを、今更どうやって口説けばいいのかな
んてわかんねーよ」
「…翔くん、俺を好きだなんて、何かの間違いじゃないの?」
翔くんは反り返った姿勢でちらっと俺を見ると、体を起こして神妙な顔つきにな
った。
「…俺、智くんへの告白は結構勇気がいったんだ。…フるのはいいよ。でも、な
かったことにしようとするなよ」
あ…、と、後悔した。
「ごめん」
その時、実感したんだ。
この人…、本当に俺のことが好きなんだって。
少し寂しそうに微笑んだあと、翔くんは立ち上がった。
「さて、俺もスポンサーにゴマすってくるかっ」
「リーダー!次行って来いって」
出入り口から顔をのぞかせた和が大きな声で俺を呼んだ。
それを見た翔くんが肩をすくめる。
「…ほらね、一緒にいると必ず見つける」
ぼやきながら立ち去る翔くんを苦笑しながら見送ったあと、俺も挨拶のため立ち
上がった。
和とすれ違いざまに「どうだった?」とジェスチャーしたら、「さぁ?」と返っ
てきた。
まぁ、話し合わせて適当にしとくか…、とS原について目的の扉の前まで行き、ノ
ックをした。
「失礼しまーす」
ノブに手をかける前に、中から黒服のSPが扉を開けた。
中を見ると、政治なんてまるで興味ない俺でさえ分かる政治家のN上が、見るから
に高そうな一人掛けのソファに堂々と座っていた。
N上は高齢とわかる薄い頭と、顔に無数に刻まれたシワ、演説で作りなれた愛想笑
いが特徴的だった。
「あちらへどうぞ」
とSPが勧めるまま、N上の隣にある空いたソファまで行った。
N上はニコニコと俺に愛想笑いを向け、「どうぞ」ソファに座ることを促した。
まいったな…、出来れば立ったまま終わらせたかったのに…。
退屈な気持ちを押し殺して隣のソファに腰掛けた。
「今日はうちの番組に来ていただいてありがとうございます」
「光栄ですねぇ。若いこと接する機会はなかなかないものですから」
油でテカっている、ペチャっとつぶれた笑顔を俺に向けた。
「若いけど政治に詳しそうなメンバーもいるし、今日は楽しめると思いますよ。
俺は全然ダメですけど」
「ダメなの?最近のこは国政に興味がないって本当なんだねぇ」
N上はあまり近づけてほしくはない顔を、すり寄るように俺に近づけた。キツい香
水の香りがした、けど体臭は隠しきれてなかった。
「イヤ、俺がバカなだけですよ」
「バカなの?でも綺麗だから素敵だよ」
そっと…、俺の膝に手を乗せてきた。
その感触に、何故だかゾクゾクッと怖気が走った。
「実は偶然テレビで君を見かけてから君のファンになっちゃってねぇ…。君の事
務所にわざわざセッティングしてもらったんだ。孫にサインももらいたいし…」
N上は俺の膝にただのせていた手をスリスリ動かし始めた。
まさか…、まさかだよな…。
気を逸らそうとして話しかけた。
「サインなら番組終わってからみんなで書きますよ。お孫さんのお名前教えても
らえば…」
「あぁ、そう?お願いしようかなぁ…。3人いるんだよねぇ…。みんな君たちが
好きでねぇ…。綺麗だものねぇ…。人気あるはずだよねぇ…」
N上はどうでもいい言葉を繰り返しながら、ずっと俺のももを撫で続けた。
勘違いだと自分に言い聞かせてたけど、N上の唇をなめる仕草と恍惚とした表情に
確信した。
俺は痴漢…、されてんだ。
頭が真っ白になった。いったいどう行動すべきなのかわからなくて、されるがま
ま…だった。
ヤツは俺の顔も見ず、ひたすら下半身に視線を注ぎ、撫で回した。
そして思い付いたように、ニタッと俺に顔を向けて笑うと、ズボンのチャックに
手をかけた。
コイツ!!!
手を振り払おうとしたその時。
コンコンコンコン…。
ノックがした。
「そろそろ出番です、先生」
「あっ、…そう、そうだねぇ」
俺を触るのに夢中だったヤツは、いかにも鬱陶しそうに返事をした。
ここだっ、と素早く立ち上がった。
「スタジオで待ってます。失礼します」
「ああ、君、まだ時間は…」
言い終わらないうちに、扉をバタンッと閉めてやった。
ムカムカする気持ちを抑えきれず壁を一発殴ってから歩き出した。
廊下で待っていたS原が俺について歩きながら話しかけてきた。
「あの方は大野さんのファンでね。妙な性癖を持つ困った方ですが、会社のため
に我慢してくださいね」
俺は信じられない気持ちで立ち止まり、S原を見た。
「あんた…、何されるか分かってて俺に行かせたのかよ」
S原は俺の睨みをかわして苦笑した。
「多少は想像できました。でも女の子ではないんですから、大野さんや、メンバ
ーの今後の活動のためにも、少し触られたくらいで目くじらたてないでください
」
本当は殴ってやりたいくらい頭にきてた。
けどS原の言葉に言い返せない自分がいて…。
メンバーのために、だとか、女の子じゃないんだからとか、こっちがセクハラを
嫌だと言えなくなるようなワードを巧みに使ってくる。
S原が腰を曲げ俺の顔色を伺うようにのぞき込んでくる。
「もうこれで、番組終わりにサインを書いていただければ縁は切れますから。取
りあえず無事収録を終わらせましょう」
子供をあやすように猫なで声で俺の機嫌をとった。
…確かに、俺は女の子じゃないし、嫌な気持ちになったことはなったけど、これ
で終わるならイタズラに事を荒立てる必要はない気がした。
「…俺はもう一切、2人で会う気はないから」
「わかりました。じゃあ仕事に行って下さい」
唾を吐いてやりたい気持ちでその場から立ち去った。
和がスタッフと打ち合わせしてる中、俺はスタジオの片隅で一人たたずんでいた
。
見つけた翔くんがそばに来た。
「よっ。調子はどう?」
「さっきから何分もたってないのに変わらないよ」
ははっ、と少し笑った。
嫌な気分は顔に出さないようにしてたつもりだったんだけど…、翔くんの顔は心
配で曇ってしまった。
「なんかあった?」
「なんかって?なんもないよ」
「…イヤミでも言われたかよ」
「別に。サインくれって言われただけだ」
「…言えよ。言え!!」
翔くんは俺の胸ぐらをグッと掴んだ。
俺は完璧じゃなかった(んだろう)ポーカーフェイスを完璧に塗り替えた。
「何だよっ。イテーよ。心配しすぎなんだって」
「…政治家なんて、アイドルを頭空っぽだって決めつけてナメたこと言うもんな
んだよ。…嫌ならこれ以上聞かないけど、気にするなよ」
ホッとした。
翔くんは俺がバカにされたと思って怒ってんだ。男のくせにセクハラで沈んでる
なんて、和にも翔くんにも絶対バレたくない。
「偉い人と喋って緊張しただけだと思う。本番までにはテンション上げとくよ」
「テンション上げる?有り得ないことを言うなっ」
「あははっ」
翔くんは、じゃと手を挙げるとセットの中に先に入っていった。
和がいつの間にか戻って来て俺の肩を抱いた。
「俺達も行こっか」
肩を、ぎゅうぅぅっと掴まれた。
?…イテテ。
「どうしたの」
「ん?なんでも」
…そういやもう3日ほどデートしてないな。
今日あたり和んちに泊まろうかな。
何となくそんなことを考えながら二人でいつもの定位置に向かった。
━━三時間後━━
収録はやっと終わったけど、面白くも何ともない出来にスタッフが澱んだ空気を
出していた。
話すことと言えば自分のことばかりで。若い視聴者のニーズとはかけ離れた、政
策の話を延々と講釈されて大部分はカットされる感じだ。
話の途中で翔くんが矛盾を指摘したり、和がわざと話を切ったり退屈そうに大き
いあくびをしたりしたのが俺は面白くて、心の中で舌を出していた。
和がスタジオの隅でぶーたれた。
「ったくもー、どーすんだ?ファンががっかりするよ、今回のオンエア」
「俺は結構面白かったよ」
「俺としては最悪だね。後半メンバーでやったゲームだけで充分だ」
「はははっ。そうだね」
話してるとスタッフが和を呼んだ。
「二宮さん!ちょっと見てもらえます?」
「あ、はーい」
…俺と違って和はよくスタッフに意見を聞かれる。
頼りにされてんだよな。
俺から離れる和を見ていると、ポンポンと肩をたたかれた。
「大野さん。N上さんがお待ちです」
…声に…、振り向きたくないのは山々だったけど、そういうわけにもいかずゆっ
くり振り向いた。
「そんな顔をして会わないで下さい」
そこには予想通りS原がにっこり笑って立っていた。
うんざりした気持ちで答えた。
「こんな顔しかできないけど、会わない方がいいんじゃない?」
「ではそれで結構です。とにかくもう一度会ってご機嫌を伺ってください」
「あんたも来い。二人きりなら帰る」
S原はクスッと影で笑った。
何が可笑しいんだと言ってやりたかったけどやめた。
サインして、握手して、もう二度と会わない。終わりだ。
S原に付いて行くと、さっきの控え室とは別のところにきた。移動したみたいだ。
S原が扉をノックした。
「失礼します」
中を覗くと、収録前に比べ不機嫌な顔をしているN上を見つけた。
「…待ったよ〜」
S原に来いっと合図して2人でN上の近くまで行った。
入り口付近に体格のいいSPが2人いるのを確認して、取りあえず部屋には俺達以
外に3人の人間がいることにホッとした。
「待たせてすいません」
一応謝ったが口調はひどくぶっきらぼうで投げやりになった。
だけどN上は全く気にする様子もなかったから、俺も気にせず隣の椅子に腰をかけ
た。
「キレイなんだけどね〜、最近のこは常識がないのが難点だね〜。ほかのこも国
政に対して意識が極めて低いことがわかったよ。僕に意見するにはもう少し勉強
が必要だよねぇ」
とりとめもなく、くどくどくどくど話すN上の声を意識の端で聞きながら、果たし
てこいつはグループ名や俺達一人一人の名前さえ知っているんだろうかと腹立た
しくなってきた。
みんながどれだけファンや視聴者を思いやって番組作りしているのかも知らずに
、自分のためのプロモーションしかしようとしないところが受け入れられないっ
て、何でわからないんだっ。
ろくに返事もしないで話が終わるのを待った。
少し沈黙があればすかさずサインの話をしよう。そしてすぐ部屋から出よう。
チャンスを待った。
だけどN上はぶつぶつ話しながら、何気なく俺の膝にスッと手を置いてきた。
またか…。
ももの内側を図々しく撫でる手を掴んだ。
「やめてもらえますか」
N上ははっきり拒否した俺を一瞬ジッと見つめ、それから手を引っ込めた。
「出来れば綺麗な君をずっと触っていたかったんだけどねぇ」
「お断りします」
「君は若いから、毎日ソコを可愛がらないと辛いだろう」
N上は俺の股間を指差した。
俺はすぐに立ち上がった。
「セクハラには付き合えません」
なんだかおかしな空気になってきた。
すぐに立ち去るべきだと、頭の黄色信号が点滅していた。
後ろに立っていたS原が俺の退路を塞いだ。
「まぁまぁ、そんなにすぐ怒らないで。会社のためです」
「最近、僕のここは全く反応しなくてねぇ。でも性欲は衰えてないし、発散でき
ないから遊んで鬱憤を晴らしているんだ」
声に振り返ると、N上は自分のモノをチャックの中からぶらりと出していた。
「君、僕の代わりに彼を楽しませてあげてくれないか」
無表情で話すN上を見て、背中にゾクゾクッと怖気がはしった。
後ろから両手首をギリッと掴まれた。
「おまえっ!!」
「これも仕事のうちですから」
S原はニッコリ笑って、一段高い奥の畳のお座敷に俺を押し倒した。
すごい力でうつ伏せに、顔を畳に押しつけられた。
「グルかよ…」
「許してください、これも仕事です」
俺の運動神経をナメるなっ、と後ろ足でS原の顎を狙い蹴り上げた!
惜しくも顎をかすっただけでヒットはしなかったが、両手は自由になった。
すかさず、敵に背中を見せないように向かい合って立ち、ジリジリと睨み合った
。
「おい、このこ抵抗する気だよ。手伝いなさい」
N上の視線の先を見ると、プロレスラーのようなSPたちが2人ともこちらへ向かっ
てくる。
…マジかよ…。
「やめろ!!!」
抵抗むなしく男3人がかりで締め上げられる。
「声が出てるよ」
タオルかなにかを口の中に詰め込まれた。
「うー!!ウゥ〜!!」
再びうつ伏せに押さえつけられ、両手を何かで縛られる。
近くにあった座布団を腹の下に押し込められた。
誰かが後ろから覆い被さってくる。
尻に、ぐっと堅いものが押しつけられた。
はぁっ、はぁっ、と男の荒い息づかいが聞こえたかと思うと、今度は耳を執拗に
ねぶられる。
「…好きなんですよ」
俺を後ろから夢中でまさぐっている奴の正体は…、やっぱりS原っ!!
「綺麗なあなたをずっと犯してやりたいと思ってチャンスを伺ってたんだ。…絶
対僕に逆らえなくなるように、征服してあげる」
…こいつっ、こんな奴だったのか!
殴ってやりたくても、手も足も押さえつけられて身動きがとれない。
ズボンをズルッとずり下げられた。
…ほんとに犯られる!!
「ウウゥァーー!!!」
絶対絶命に頭がスパークし、目の前が真っ白になった。
誰か…っ!
ガチャン。ゴンッゴンッ。ガンッガンッ。
ゴトン。
異様な音にその場にいた5人の動きがぴたっと止まり、一斉に一つしかない出入
り口の方向を振り向いた。
ドアノブが…、丸ごと床に落ちている。
さっきのは…これが落ちた音…?
バンっ!!!
戸が開いて誰かが入ってきた。
ドカッ、バキ!
2人のSPが吹っ飛び、俺の手足を離した。
逃げなきゃ…!
立とうとすると、体ごと誰かに引きずられた。
「リーダー確保ぉ!!」
声に…、相葉ちゃんだとやっと気付いた。
「お嫁にいけなくなったらどうすんだー」
相葉ちゃんは俺のズボンを上げ、ボタンをしっかり止めた。
ぼんやり周りを見回して…さっきSPをぶっ飛ばし俺を解放してくれたのは、目の
前でガードしていくれてる松潤と翔くんだったって気付いた。
「いってぇ〜…。なんつー硬い体…」
「おいっ、油断するなよ。前見ろ」
翔くんが手を振って痛がっていると松潤が注意した。
S原はいやらしく前を勃たせてボーゼンとしている。SPの2人が起き上がって俺た
ちに近付くと、N上が手を挙げた。
「おい、タレントを傷付けるな」
「…どういうことか説明してもらいたいですね」
翔くんはギリッと鋭くN上を睨んだ。
「あんたのやってることは犯罪じゃないかっ!!この国は犯罪者が動かしてるのか!?
」
「よくそれで政策云々語れるもんだな。政治家なんか名乗るな。あんたはただの
恥知らずだ」
松潤が唾を吐いた。
「二度とリーダーに近付くな。俺たちは一生あんたを許すことはないから」
俺の肩を抱きながら話す相葉ちゃんが、置いてあったでかい木槌でガンっと床を
たたいた。
「…それどうするつもりだったの」
「いや、ピンチの時にこれでガツンとね」
「……」
N上はふふん、とふてぶてしく笑った。
「言いたいことはそれだけか?…君たちも青いねぇ。こんなのただの接待じゃな
いか。うまく業界を渡りたいなら下手なことは言うもんじゃないよ」
「枕営業ってか。古いんだよっ。クソだぬき」
松潤が嘲笑った。
「私をあんまり怒らせるなよぉ。無駄に何十年もこの世界にいるわけじゃないぞ
。出版社や裏社会とも繋がっている。スキャンダルをでっち上げるなんてことは
お手のものだよ。君たちの事務所に直接経済的圧力をかけることもできるなぁ」
N上ははは、と高笑いした。
と、その時…。
意識の外から、俺の一番好きな声が聞こえてきた。
「うわっ!しばらく飯食えねぇっ。気持ち悪い笑い顔」
開いた勢いで再び閉まっていた扉の外から…、聞こえた。
「カズー。そろそろ出てこいよ」
ニヤッとして、松潤が呼んだ。
キィ…と開いた扉の向こうから、ビデオカメラを持った和が出てきた。
「どうよ、撮れた?」
「余すところなく。ここからね」
和の指はドアノブが抜け落ちた穴を指していた。
長い沈黙が流れた。
震える声で話し出したのはN上だった。
「そ、それには、何が映ってると言うんだね」
「全部かな?複数でリーダーを押し倒して、後ろで眺めているあんたの決定的瞬
間だとか。裏社会だの、圧力だのぬかしてる音声だとか」
和がしれしれっと答えた。
「世間に公表なんかできんぞ!さっきも言ったろう!握りつぶすことなんか簡単
だっ」
「さっき潤くんも言ったけどさぁ…、いちいち古いんだよ。こんなもの、今はイ
ンターネットでバンバン流せるの」
N上は硬直して和を見つめた。
和はふっと鼻で笑った。
「取引だ。俺達だってこんなものが流れたら色々面倒なことに巻き込まれる。こ
れは俺が生涯、大事に保管しておく。だからあんたもウチのリーダーに、…俺達
に二度と近付くな!!」
怒声が響き渡った。
N上はギリギリと奥歯をかみしめて和を睨んだ。
チラッと俺をみて…。
「夜道には気を付けたほうがいいぞ」
和に捨て台詞を残し、部屋から立ち去っていった。
その場にまだ残っていたS原に俺達の視線が集まった。
S原は乱れた髪を撫でつけ、ジャケットの裾を直した。
「あなた方の担当は降りましょう。でも、私を辞めさせることはできませんよ。
私を失うことは会社にとって莫大な損失になりますから」
自信満々に、それでは、と俺達の前から消えていった。
嵐のような時間が過ぎ去った後…、相葉ちゃんが俺の肩を、ポンと叩いた。
「リーダー、帰ろっか」
「…うん」
みんなで部屋を出て楽屋に向かった。
「…何処にいるのかつかむのが一番苦労したんだよ。リーダー」
廊下を歩く途中、相葉ちゃんの言葉に、自分がいかに人気のない複雑な場所に連
れ込まれていたのかを悟り、改めて寒気が走った。
楽屋の中に入ると、松潤と翔くんがせわしく携帯で誰かと話し出した。
「えぇ、…そうです。そうしてもらわないと…」
「…ありがとうございます。はい、…無事でした」
相葉ちゃんがソファに座ってる俺にお茶をいれて置いてくれた。
和は無言で俺の隣に座って、ビデオカメラのテープをいじっていた。
「それってファンのこから借りたんでしょ」
「…とっさに思い付いてさ。豪華なプレゼントでも用意して返しにいくよ」
「あの状況でそれが必要だってよく気付いたね。さすがだわ」
「そっちこそ、よく大道具さんから色々借りていこうとか思いついたよな」
「それはさっ、武器が必要だと思ったんだよ」
相葉ちゃんと和の会話をなにも考えられない頭でなんとなく聞いていた。
会話を終えた松潤が携帯をパチンと閉じて俺たちの方を向いた。
「S原はクビ。今決定した。壊した扉だとか、現場の後始末に会社のヤツが来るっ
て」
…S原が、クビ…?
でも、あいつ、莫大な損害になるって、辞めないって自信満々だったじゃないか
。
疑問が顔にでてたらしく、松潤が続けた。
「あいつのクビは、今後の俺達の活動と引き換えに脅して決定させた」
電話を終えた翔くんが、割って俺に話しかけてきた。
「智くん。どうしてあいつのいいなりになってたの」
どうして?…それは…。
「会社のためとか…、仕事だからとか…、後、俺たちの今後のためとか言ってて
…」
「一体、会社の誰がっ、今の俺たちに意見できるっていうんだ!!」
バァン!!
翔くんは俺の前にあるテーブルを怒りにまかせて叩いた。
松潤は壁に寄りかかって、腕を組んだ。
「莫大な損害?思わず吹き出しそうになったね。俺達と、アイツと、会社がどっ
ちをとるかなんて明白だ。……リーダー、今や俺達、最強なんだよ」
松潤の言葉を受けて、翔くんが再び話し出した。
「俺達は感謝の気持ちを忘れない。だから力の使い道も間違わない。誰に遠慮す
ることもないんだ。嫌なことは嫌だと言えるんだよ」
「俺は例え今の俺達じゃなくても、リーダーの犠牲の上に成り立つグループなら
解散した方がいいと思う」
相葉ちゃんの真摯な瞳と言葉に目頭が熱くなってきた。
「…ごめん。ありがとう」
「リーダー、俺達一生仲間だよ。なんの作戦があったわけでもないのに、松潤は
後輩や会社にS原のこと、翔ちゃんは個人の人脈でN上のこと調べ上げて、その間
にニノはデジカメ、俺は武器を確保。それでほぼ大団円!こんなチームワーク他
にないよ!」
あっけらと笑う相葉ちゃんの髪を松潤がぐしゃぐしゃかきまわした。
「いいこというじゃん。リーダーの苦しみは俺らの苦しみでもある。喜びも一緒
」
イテテと頭を押さえながら相葉ちゃんが俺に人差し指をたてた。
「そうっ、運命共同体ってヤツ!!」
「N上は俺達を知らないから、俺達の影響力も知らないんだ。そのうち菓子おり持
った使いがうちの会社来るだろ」
ニコニコと話す松潤の隣で、翔くんが少し寂しそうに呟いた。
「…智君のピンチに最初に気づいたのはニノだよ」
…っ。カズ。
和は相変わらずデジカメのテープをもてあそんでいた。
翔くんが苦笑した顔を俺に向ける。
「ちょっと目を離したスキに居なくなったって、真っ青になってオロオロしてさ
。あの人は言わないだろうから聞かなかったけど、N上に会ってから絶対様子がお
かしかったって。…それで俺達が動いたってワケ」
「ニノ、倒れそうになるくらい心配してたってのに、何もいわないの?」
相葉ちゃんが微笑を浮かべて和を覗き込んだ。
和はテープをいじっていた手を、ピタッと止めた。
「…こんなもの…、ネットで流すくらいなら、あいつ殺しておれも死ぬ」
テープを持つ和の手は少し震えていた。
涙が流れ出すのを止められなかった。
俺はこの時、なにが起きていたか初めて理解して、心からホッとしていたんだっ
た。
和がどれだけ心配していたかも…、止まらない震えを見てわかった。
「みんな…、本当にありがとう…。…言葉にできないくらい…、感謝してる。ご
めっ、……でも今は…」
俺は、母親にすがる子供のように、和をぎゅううぅと抱きしめた。
「イテ…」
ぎゅうぎゅう抱き締めてそのままソファに押し倒した。
押し倒された姿勢で、和は首だけあげて俺の後頭部をナデナデ撫でた。
「そいじゃっ、お邪魔虫は退散だな」
相葉ちゃんが照れくさそうに促す。
「俺、しばらくこの人慰めるね」
和が俺の頭に指と顔をうずめて呟いた。
「潤くん行くよっ!翔ちゃんも…、ってアレ!?いないしっ」
「ホントにこれはいいのか…?」
ブツブツ言う松潤と軽快な相葉ちゃんの足音が遠のいて、パタン…と扉の閉まる
音が聞こえた。
和は俺を、両手で優しく上向かせると、涙の後をペロ…と舐めた。
「…しょっぱい」
それからおでこに…、瞳に…、頬に…、顎に…、キスをおとして、俺を見つめた
。
時間が、止まる。
それから二人磁石みたいに吸い寄せられて、唇を深く深く重ねていたんだ。
「どうする、潤くん」
「…おれらはこのまま帰るにしても、間違って誰かに入られたらマズいよな」
「一晩借りるってできないの」
「何とかしてみるか」
「なんだかんだ言ってもやっさし〜!」
「うっせーよっ」
部屋の外、相葉ちゃんと松潤の間でこんな会話が交わされていたことは、俺たち
の預かり知らぬところ。
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