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平家一門が戦勝祈願したと伝わる
和布刈神社
めかりじんじゃ
| ●所在地 | :福岡県北九州市門司区大字門司3492 |
| ●交通 | :西鉄バス「和布刈神社」下車 |

| 『新平家物語』によると、壇之浦の合戦前夜、平家一門が勝利を祈願して、願文を奏上したと伝えられています。 |

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西鉄バスのバス停「門司海員会館前」近くにある和布刈神社の一の鳥居。 この一の鳥居の隣りに「門司関址」の石碑があります。 |
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| 関門橋の下にある和布刈神社の入口。 | ![]() |
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和布刈神社境内から見た壇之浦。航海の難所とよばれる「早鞆(はやとも)の瀬戸」です。 対岸は山口県下関市みもすそ川町。 |
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和布刈神社の灯籠と関門橋。 潮の流れが速いです! |
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| 和布刈神社 九州最北端に位置するこの神社は、社記によると、仲哀天皇九年に比賣大神、日子穂々手見命、鵜〔茲鳥〕葺不合命(うがやふきあえずのみこと)、豊玉日賣命、安曇磯良神の五柱の神を祭神として、創建され、江戸時代までは、速戸社(はやとしゃ)とか隼人(はやと)社と呼ばれていました。 近世末までは、時の領主である大内氏、毛利氏、小笠原氏の崇敬庇護厚く、神殿前には細川忠興公が寄進した灯籠があります。 この神社には古くから和布刈神事が伝えられていますが、李部王記によれば、和銅三年(710)に和布刈神事のわかめを朝廷に献上したとの記録があり、奈良時代から行われていたものです。 神事は、毎年旧暦大晦日の深夜から元旦にかけての干潮時に行われます。三人の神職がそれぞれ松明、手桶、鎌を持って海に入り、わかめ刈り採って、神前に供えます。 わかめは、万物に先んじて、芽をだし自然に繁茂するため、幸福を招くといわれ、新年の予祝行事として昔から重んじられてきたものです。 神事のうち、わかめを採る行事は、県の無形民俗文化財に、また、当神社に伝存する中世文書九通は、市の有形文化財に指定されています。
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![]() 看板より |
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神殿横には早鞆稲荷と歌碑があります。 | |
| 「夏潮の今退く 平家亡ぶ時も」 高浜虚子が昭和16年6月1日にこの地に訪れ詠まれた歌。 |
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| 【参考】 | |
| ・「Kannmon Walker 関門ウォーカー」’04-’05冬号 | JR西日本 発行 |
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