藤原定家の小倉山荘<時雨亭>跡伝承地をめぐる

『小倉百人一首』を編んだといわれる藤原定家。 僧である蓮生(俗名:宇都宮頼綱)の依頼により、古代から鎌倉時代までの百人の歌人の歌を一人一首ずつ撰び、色紙に書いたのが起こりです。その後、手が加えられ現在伝わる『小倉百人一首』の形となったのだとか。 定家は小倉山のふもとの“小倉山荘”で百首の和歌を撰びました。 小倉山荘は“嵯峨山荘”とも呼ばれ、後世、“時雨亭(しぐれてい)”とも呼ばれるようになりました。 中学生時代から親しんだ『小倉百人一首』には思いいれがあります♪小倉山荘<時雨亭>跡の伝承地 3ヶ所を訪ねてみました。 |
| ■藤原定家の念持仏「中院観音」と僧・蓮生の中院山荘跡 |
| ■候補地1 小倉山荘旧址と伝わる厭離庵 |
| ■候補地2 時雨亭跡がある二尊院 |
| ■候補地3 時雨亭跡がある常寂光寺 |