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ここでは、その時感じたこと、おもったことを、残してみました。
[抗がん剤治療]
私が受けた抗がん剤治療は、全部で4回。治療は、それのみ。その後薬は何も飲んでいない。
はっきり言って、たった(?)4回抗がん剤をしただけで癌が治るのかとその時おもった。
主治医に聞いたことがある。「それ以上やっても、同じなんだよ。データーがないから」の一言。
不安だったけれど、医者が言うならその言葉を信じるしかなかった。
今後もし、治療方針で疑問に感じたら、積極的にどんどん聞いていこうとおもっている。
不安でいるよりは、いい。自分が納得いく治療方を選びたい。
[脱毛」
覚悟はしていたけど、あまりのみごとな抜け方に、言葉も出ない。ショックをとおりこした。
抜け始めるとすごかった。軽く引っぱるだけで、どんどん抜けてしまう。
私は、抜ける前にスポーツ刈りにしたけれど、これがまた厄介だった。
短い、細かい毛が抜けるので、チクチクするのだ。
長い髪が抜けるのは、あまり気持ちのいいものではないけれど・・・短くしてもわずらわしさは残った。
[友人]
友人に自分の病気のことを、話す・話さない・話せない・・・私は、話せない・話したくない性格。
でも、誰にも知らせないでは、当然いられなかった。
まず、下の子が学校外のスポーツクラブに入っていたので、その親たちには知らせる必要があった。
試合の送迎や、練習の時の当番は全て、親の負担となる。
入院し抗がん剤と、治療が長引くとわかっていたので、仕方なく話した。
上の子の中学の場合は、知らせたのはわずか二人だけ。
中学になれば、親がかかわることも少なくなるし、私の場合、委員も済ませていたので、その点は良かった。
但し、今後下の子が中学になると、また委員も回ってくる。
先のことを心配しても仕方ないのだが、その時のことを考えると、憂鬱になる。
いつかは、周りのみんなに話さなければならない日がくるだろう・・・。
[洋服]
手術したのが夏だった。
傷痕は、胸の中心から脇にかけて15センチ位残っている。
脇の下は、リンパを取っているのでポッカリ穴が開いているような状態。
そんなわけで、まずタンクトップは全て捨てた。
襟がVカットのTシャツも捨てた。
さほどショックではなかった。一年の中で、夏の季節はほんの数ヵ月。普通のTシャツで十分だった。
洋服に関してだけをいえば、私の中では不便は感じられない。
ただ・・・水着は着れない。再建を考えていない私は、この先ずっと着ることはないだろう。
それはそれで、別に構わないとおもっている。