




高浜虚子は明治、大正、昭和と
俳句の分野で活躍しました。
正岡子規の後継者でもあった
虚子のもとには、たくさんの
才能ある人達が集まりました。
虚子没後においても
平成の時代になっても、
その存在は
いよいよ輝きをましています。
虚子でさえ感嘆するような感覚のやわらかさ、鋭さを立子は持っていました。三十代半ばになった立子の手帳に「私はあなたの生涯を見ることが出来ないことを残念に思う」と虚子は書いています。
立子がどんな俳句の世界を展開していくのか、虚子は楽しみにしていました。
それほどの感性をもっていたのが、
星野立子でした。
立子が大切にしていた手帳

立子が主宰した俳誌「玉藻」
創刊号さし絵(昭和5年6月)



