2004年
10月
11月
12月
2005年
1月(準備中)
2月(準備中)
3月
4月
-ザンビア旅行記
5月
6月
7月
表紙
はじめに
町
写真
リンク |
下から読む
6月12日(日)
昨日のカレーを今日のお昼にはカレー・オムライス、夜にはカレーうどんにして食べた。お腹いっぱい。
昨日、キャベツを丸一個買ったのだけど、来週は水曜日から日本文化の紹介イベントENNCHIに出かけるから、明後日までに消化しなければいけない(冷蔵庫を全然信用していない)。なので、次はキャベツ・フェスタ。今日は塩もみ。昆布と唐辛子を入れてみた。夕方浸けたばかりなので夕食には間に合わなかった。
6月11日(土)
今日は同僚が市場で牛を捌いて売るというので、肉を買いに行った。本当は解体するところからみたかったのだけど、朝起きて、家事を済ませてから電話したら、もう既に半分以上売れていた。朝、6時から売り始めたのだとか。
多くの同僚たちが、農村で牛を買ってきて、週末などに捌いて売っている。けっこういい副収入になるらしく、私も一頭買わないかといつも誘われる。仕入れ値は普通サイズで一頭8,000,000メティカイスくらい。日本円で約4万円。これを肉として1キロ60,000〜65,000メティカイスで売ると、牛にもよるけど1〜3,000,000は儲けが出るらしい。その中から、捌くために雇う人や、役場に払う分を差し引いてもなかなかいい商売だ。月給2万円にも満たないことを考えたら、副収入の大切さがわかる。
問題は、売りたい人はたくさんいても、他の売り手と売る日を調整しなければならないことだ。マンジャカゼ市場は小さいし、牛肉はちょっとした贅沢品なので、毎日一頭潰しても、供給過多で売り残ってしまう。副業としては週末しかできないので、順番を待たないといけない。
私は0.5キロだけ買ってきて早速カレーを作った。1キロくらい買わないのかといわれたけど、以前多めに買ってきて冷凍していたら停電で駄目になってしまったので、肉は食べる分だけ買うことにしている。滅多に買わないけど。
カレーと炊き立てのご飯を肉を売ってくれた同僚のところに持っていったらとても喜んでくれた。 商い中だったのでそのまま置いてきたけど、果たして口に合うかどうか心配。
6月10日(金)
小麦粉フェスタ3日目ということで、今日はホワイトソースでコーンクリームスープを作った。ホワイトソースを作るのは高校の調理実習以来だけど、思い出しながら適当に。思ったより簡単にできた。わざわざシチューのルーを使わなくても同じようなものが簡単にできるんだとわかった。
6月9日(木)
朝の6時半に同僚が家にやってきた。前から行きたいといっていた新しいプロジェクトの候補地に行くから7時に事務所へとのこと。
町から15キロくらいバイクで走ると、こないだオレンジを食べたラランジェイロという村に着いた。そこの同僚の家に私のバイクを預け、そこから6、7キロ離れた砂の深い道が続く畑地へは同僚の後ろに乗せてもらって行った。
マングワニャーネ(複雑な発音をする)という一帯で、米や野菜が作られている。
帰ってきてから、なんとなく気が向いてうどんを打った。昨日、すいとんを作ったのでうどんもできそうな気がしたから。見よう見まねだけど何とかそれらしくできて、味噌煮込みにしたら割と遜色なく無難な出来だった。
小麦粉っていろんなものが作れるなあと感心。
6月8日(水)
今日はお昼にすいとん、夕飯にピザを作ってみた。すいとんは簡単にしても、ピザはフライパンで焼くしかなかったので、どうかな、と思いつつ。生地を薄くして、焦がさないように気を配りながら、時間をかけて上の具まで火を通しチーズをとろりとさせ……
かりっと焼けていい感じにできた。型通りでなくても、何でもやればできるもんなんだなあ。
6月7日(火)
昨日、久しぶりにHPをいじったので、ついでに4月の旅行のページも作ってみた。8日分の旅行記を一気に書いて目が痛い。案外記憶に残ってるものだなあ、と書きながら思った。タクシーの運ちゃんと路上で言い争ったのとか、かなり鮮明に覚えている。やっぱりハプニングあっての旅行。トラブルあってのトラベル……
6月6日(月)
しばらく放っていたHPを更新。日記ページの横に載せている写真さえなければ案外簡単。なので、3、4、5、6月分、写真なしのままアップした。写真の掲載はおいおい。
6月5日(日)
今日は任地に戻る前にケンタッキーでお昼を食べた。全くマニュアル化された雰囲気がない店員。カーネルおじさんも見当たらない。ケチャップが欲しいと言ったら「ない」と即答された。それでもやっぱりケンタッキー。マクドナルドさえない任国唯一の、日本で馴染みがあったファーストフードチェーン店。味付けは日本と同じ(値段も日本と同じくらいというのはおかしくない?)。日本の方がジューシーな気がしたけど、懐かしく美味しかった。
その後12時半頃、シャパ乗り場に行ったら、マンジャカゼ行きのシャパがなかった。さすがにびっくり。シャイシャイまで行って乗り継ごうかと思案していたら、マンジャカゼの知り合いに声を掛けられ、もうすぐシャパが来るよと教えてもらう。しばらく経って幼稚園バスサイズのシャパが来た。そんな大きいシャパにマンジャカゼ行きの人が集まるのは難しく、結局出発できたのは15時半だった。家に着いたのは20時過ぎ。真っ暗で天の川がきれいだった。
ところで、うちのガードマンが見当たらないんですが・・・
6月4日(土)
午前中は再来週に迫ったイベントENNICHIの買い出し。
午後は大使館職員の野々村さんがご自宅に隊員を招待してくださった。奥さまとお嬢さんたちの美味しい手料理をお腹一杯ご馳走になり、遅くまで飲んで騒いでとっても楽しかった。マプトとはいえモザンビークで生活するのはご家族にとって大変なことだと思うけど、そんなことを感じさせない明るさが一番のおもてなしだった。アットホームな雰囲気に隊員はついつい長居をしてしまいました。
6月3日(金)
JICA事務所に行き3号報告書を提出。
6月2日(木)
朝6時、バイクで農業普及員の家に行った。
もちろん、仕事の約束があったから。
こんな書き方をすれば大方予想はつくと思うけど、家の前に着いて「今、着いた」と電話したら、「他の仕事が入ったから自宅で待っててくれ」と言われた。要するにドタキャンされた。
朝5時に起きて、長靴、軍手、重ね着4枚、完全防備してまだ薄暗い内に家を出たっていうのに門前払い?催促の電話を入れつつ昼まで待ったけど、彼は結局来なかったし連絡もない。それでいいの?誰のための仕事?別に私のためじゃないんだよ?と言いたい。
普及員の連絡を待ちつつ、消息を掴もうと農業事務所に行ったら、珍しく所長に呼び出された。仕事の相談で、バンジで100ヘクタール、有機栽培で米を作りたい、と言われた。へ?ものすごく難題と思われます。でも、郡じゃなくて州で予算をつけてやりたいというし、なんだか本気そう。計画から実施まで、どうやら私に任せたいらしい・・・そんなことしたら、私の任期内に終わりませーん!壮大すぎて実現はしなさそうだけど(と、すでに悲観的にみてる)、なんとも夢のある計画に思えて楽しくなった。しかも私が頼られるとはいろんな意味でスゴい。
6月1日(水)
今日は「こどもの日」だった。朝から子供達が大量に町を練り歩いて歌っていたのはそういうことだったんだ。
私は農業普及員たちのカシューナッツの木の研修に付いて行って、帰りにラランジェイロという村でオレンジをたくさん食べてきた。ちなみに村の名になっているラランジェイロは「オレンジの木」という意味。村にはたくさんの柑橘類の木がある。
|
|
11日:左端が今日肉を売っていた同僚のジト。
11日:肉を切り分けているところ。
9日:茹で上がったうどん。
9日:それなりに「うどん」ぽいでしょ?
5日:ケンタッキー・フライドチキン!余分な包装なし。
2日:家庭菜園の唐辛子。
|