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〒950-0143 新潟市江南区元町1-2-19 ℡ 025(381)4482
       牧師 松下展久 伝道師 松下紀美子

教会&牧師・伝道師紹介introduction

牧師・伝道師紹介
 牧師:松下 展久(まつした,のぶひさ)/ 伝道師:松下 紀美子(まつした,きみこ)
 私たち夫婦は、2011年6月まで15年間、キリスト教宣教師として、常夏の国タイの首都バンコクに在住していましたので、春や初夏のさわやかな季節になると嬉しくなります。私はもともと大阪出身。お笑いが好きな関西人で、妻はトキで有名な佐渡出身者です。
 私は15歳の時、友人を事故で亡くし、人の価値について深く考えさせられました。そして、18歳の時、柔道での怪我がきっかけで肩が動かなくなり、自分の人生に絶望していました。しかし、クリスチャン友人の熱心な誘いで、教会へ行くようになりました。その後、聖書を通して世界と私の命を造られた神様が私を愛してくださっていることがわかり、クリスチャンとなりました。それ以後35年間、毎日聖書の言葉から力をいただいております。妻も痛みのある家庭に生まれ育ち、中学3年間、自分の存在意義がわからず、毎日死ぬことばかり考えていました。しかし、中3の時、はじめて手にして読んだ聖書の言葉に心を打たれ、イエス様を信じることで新しい人になれることを知り、喜びの人生へと導かれ、今も元気に過ごしております。
 私たちは、奈良県やタイのバンコクで家庭に痛みのある子どもたちや高齢者に関わる働きをしてきました。特に、タイでは子どもから大人まで柔道や日本語、音楽、人形劇、そして聖書や自分の体験を通して、天地を造られた命の主である神様から与えられた人生の素晴らしさをお伝えしました。この亀田の地でも、同じように皆様お一人お一人が活き活きと人生を過ごされ、神様の恵みがありますように、毎日お祈りしています。どなたでも遠慮なく、お気軽に教会へお越しください。また、聖書や人生についてのご質問等も受け付けます。お待ちしています。
 救い主イエス・キリストの祝福が、皆様の上に豊かにありますように。


      「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたし(キリスト)のもとに来なさい。
              わたしがあなたがたを休ませてあげます。」(聖書)


亀田キリスト教会紹介

             † 子ども館建設事業報告 †
 
 亀田キリスト教会は、新会堂建設当初から「子どもの居場所が必要ではないか」という声がありました。新チャペルは機能的に建設されたものの、子どもたちがのびのびと声を出したり体を動かしたり、子どもたちが描いた作品を自由に掲示したりするスペースはありませんでした。教会学校(ハレルヤクラブ)スタッフは子どもたちの活動がさらに主の御前に豊かになるよう祈り始め、子ども館建設の必要性を執事会や信徒会、教会総会等で説明し、理解を求めてきました。そして、主の導きにより子ども館建設が2018年3月の教会総会で決定した時、子どもたちは誰よりも喜びを表していました。
 子ども館の建設は、2017年5月に新会堂を建設して下さった「株式会社高田建築事務所(本社長岡 代表取締役 高田清之介氏)」に依頼いたしました。新会堂の建設時と同様、高田建築事務所のスタッフと関係業者の皆様は誠実な仕事ぶりで、斬新でオシャレな子ども館を建設して下さいました。感謝いたします。

 下記の画像は、子ども館のCG画像やスナップ画像です。御覧いただきながら子ども館完成の喜びを共有していただければ幸いです。









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             † 亀田キリスト教会沿革概要 †
【草創期】

  1960年10月 宣教師主催の「特別伝道集会~マリンバと聖書の夕べ~」に亀田町の女性が参加
       12月 家庭集会開始
  1961年12月 天幕集会及び特別伝道集会実施
  1963年10月 
若きクリスチャン夫婦が、自宅アパートに「亀田キリスト教会」の看板を掲げる
            ⇒当時、新潟福音教会に出席していた佐々木博兄が、亀田町に教会が一つもな
            いことから亀田町で集会が開かれることを願い、亀田町への引越しを決断され
            た.その後、かほる姉と結婚され、亀田町のアパートで家庭集会を開きながら
            「亀田キリスト教会」の看板を掲げられた.この類まれな信仰者の姿こそ亀田
            キリスト教会誕生の第1のルーツである
           (右記、記念会寄稿参照)

  
1964年 8月 亀田町天幕集会実施
           土地、会堂のための積立を開始
           宣教師からプレハブ教会堂建設の提案を受諾
【プレハブ会堂期】
  1965年 1月 プレハブ会堂献堂式挙行
        4月 会員5名(佐々木夫妻、菅夫妻、新保姉)で「亀田キリスト教会」を発足
  1966年    プレハブ会堂移転(牧師館増設)

           
教会員家族がプレハブ会堂に住む
           ⇒亀田キリスト教会に主任牧師が存在しない期間、プレハブ会堂には教会員の
            佐々木夫妻、後に菅夫妻が間を置くことなく住まわれた.教会を自分たちで
            守っていこうという信徒の強い信仰こそ亀田キリスト教会誕生の第2のルーツ
            である

  
1968年    初代牧師 水上勲師就任
           小規模の特別伝道集会を各地でもつ
  1969年 1月 「日本同盟基督教団」に加入し、「日本同盟基督教団 亀田キリスト教会」と
           称する

        2月 5日間の特別伝道集会実施 
            ※以後、特別伝道集会や伝道会を随時もつようになる
  1971年 4月 伝道師 新保洋子師就任
           初の婦人会開催
        7月 曽野木土曜学校(教会学校)開催
【西町5丁目会堂期】
  1972年 3月 新会堂建設委員会が新しい土地の購入について検討を行う
        6月 新しい土地を購入(亀田町西町5丁目)
           献地式挙行
  1974年 5月 献堂式(東京、福音ルーテル聖パウロ教会の古材提供による新会堂)挙行
           ※以後、設備充実に向け工事を継続
  1977年 3月 旧プレハブ会堂を取り壊す
  1978年 5月 横越土曜学校(教会学校)開催
       11月 西町5丁目新会堂完成・記念礼拝・記念感謝祭挙行
  1980年 4月 第2代牧師 小林望師就任
  1982年 4月 第3代牧師 坂本誠師就任
  1984年 6月 太夫浜合同墓地完成会
  1987年 8月 牧師館建設
  1993年 4月 第4代牧師 斎藤五十三師就任
  1995年 5月 創立30周年記念式典挙行・記念誌作成
  2001年 4月 第5代牧師 深澤祐一師就任
  2005年 4月 第6代牧師 大瀧恵理也師就任
           創立40周年記念礼拝挙行
  2009年 4月 伝道師 大瀧和子師就任

  
2012年 4月 第7代牧師 松下展久師、伝道師 松下紀美子師就任 
        7月 阿賀野市集会開始
【元町1丁目会堂期】
  2013年 8月 新会堂建設のための祈り開始
       10月 阿賀野市 いきいき健康家族の集い開始
  2014年 1月 子羊会(乳幼児と保護者対象)開始
        9月 ホームページ作成・公開
           臨時信徒会 新会堂の移転建設検討
       11月 新会堂建設準備委員会発足
           臨時総会 会堂移転と新会堂建設決議
  2015年 3月 定期総会 新潟市江南区元町1丁目の土地購入決議
        4月 創立50周年記念礼拝挙行 音楽ゲスト:キャサリン・ポーター氏(ハープ奏者)
        5月 阿賀野市 出張喫茶オアシス開始
       10月 献地式挙行 新潟市江南区元町1丁目 新会堂建設予定地
       12月 創立50周年記念誌作成・発行
           ハレルヤクラブ主催 クリスマス特別企画
            ~野外聖誕オペレッタ「ヒーローの誕生」~開催  新会堂建設予定地
  2016年 1月 新会堂建設準備委員会を「新会堂建設委員会」に改名
        6月 臨時総会 現会堂土地売却方法、建設業者、新チャペル・新牧師館のプラン決議
        8月 ハレルヤクラブ主催「めぐみこども食堂(地域食育支援推進事業)」開催
      
 


          

  † 牧師だより †

     
190210
役目を自覚し備える」
 ですから、目を覚ましていなさい。その日、その時をあなたがたは知らないのですから。(マタイ25:13)

        †

 父親から虐待を受けていた10歳の栗原心愛さんが、自宅の浴室で死亡していた事件に関して、野田市児童相談所などの対応の問題点が、連日ニュースで指摘されています。「子どもの命を守る」ことが使命である児童相談所の職員や子どもの教育に携わっている学校の教師や教育委員会の職員が、「雇われ人」の意識で自己保身の言動を繰り返すのがニュースで流れる時、大変残念で悲しく憤りさえ感じます。自分の役割や責任に対する意識の低さ、プロフェッショナルとしての意識の低さ・自覚の無さ・知識不足などが、今回の問題を大きくし、傷つき苦しんで助けを求めている一人の子どもの命を守れなかったことにつながっています。社会全体の痛みとし、虐待を何とも思わない保護者へのケアと対策と共に、命の重さを訴える必要性を覚えました。現在、私たちの生み出した「NPO法人いきいき健康家族オアシス」は、新潟県で初めて設立された自立援助ホーム働く子どもの家「たいむ」に協力し、養護施設等で育った青少年への自立支援を行おうとしています。
 上記の聖書箇所は、先週の礼拝説教の中心聖句です。マタイの福音書25章1~13節には、イスラエルの結婚の習慣で花婿を出迎える花嫁の友人である10の娘のたとえが載っています。そのうちの5人は、ともしびの予備の油を用意し花婿を待っており、残りの5人は、予備の油を用意していなかったというものです。花婿の到着が遅れ、ともしびの火が消えそうになりあわてた5人は、同行の他の5人に「油を分けて下さい。」と願いましたが、「分けてあげるに十分ありません。自分の分を買ってきて下さい。」と言われ、行っている間に花婿が到着。戸が閉められ、娘たちが泣いて訴えても「あなたがたを知らない。」と言われました。花婿は、「再臨のキリスト」、出迎える娘たちは、「教会」や「クリスチャンたち」を指しています。5人の娘たちの愚かさは、自分たちの使命に対する自覚の無さにありました。彼女たちの役目は、「花婿を迎えること」です。火がついているともしびを持ち、さらに油の予備があれば長く待たされても大丈夫とは、聖霊に満たされている信仰生活の在り方を意味します。今すでに与えられている神様からの恵みを無駄にせず、自分たちの使命である「キリストを証する」生き方を知り、自覚していれば、キリストの再臨の際に、「あなたを知らない」と言われるほどの痛手を負わずにすみます。これは、主イエスの警告であるとともに、私たちに対する期待です。虐待などの痛みのある家庭に対する支援に励みたく思います。

        †


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 佐々木師寄贈「受けるよりは、与える方がさいわいである」(亀田キリスト教会蔵)

  佐々木博牧師召天記念会より

 「献身者として生きる
   ~亀田教会草創期の働き~」


  佐々木先生は、1938年10月20
 日、東京に生まれました。高校生の
 時、人生の目的を求めていた時、池
 袋の駅から見えた十字架に望みを託
 し、初めて訪れた教会でイエス・キ
 リストと出会ったそうです。
  その後、ビジネスマンとして新潟
 の地に転勤になったとき、新潟福音
 教会に出席されました。当時、亀田
 の地にはまだ教会が無く、旧姓小木
 姉妹(菅姉妹)宅、大島さん宅で、
 家庭集会が開かれ、佐々木師も出席
 されました。その後、事情により家
 庭集会を続けられなくなった時、博
 師が新潟から亀田に引越して来られ、
 借りられた6畳1間まかない付きの下
 宿にて、集会を引き継いで下さいま
 した。それが1962年5月(昭和37
 年)のことでし た。翌昭和38年10
 月に、博師はかほる姉とご結婚され、
 アパートに引越し、新婚新居の松島
 アパートで家庭集会が続けられまし
 た。その時初めて「亀田キリスト教
 会」の看板を掲げたそうです。2年
 後の1965年1月15日(昭和40年)
 西町にプレハブの教会堂を建て献堂
 式が持たれました。4月4日佐々木師
 夫妻の転入会があり、菅夫妻、新保
 姉を加えた5名により、亀田キリス
 ト教会記念日となりました。
  翌昭和42年秋、佐々木師ご一家は
 転勤により東京に移られました。
  佐々木師は昭和37年から42年ま
 で、まだ専任の牧師がいなかった私
 たちの教会の草創期に、大きな労を
 取って下さったのです…