那智黒石
紀伊半島の南部、三重県熊野市の中心部から車で30分弱の山間の町、 神川町神上(かみかわちょう こうのうえ)が、那智黒石の特産地です。 その昔、神川の川原から北山川・熊野川を下って、那智の海岸へ流れ着 いた漆黒の石が「那智山詣でをしてきた石だ」と評判になり、珍重された ことから、この名がついたともいわれています。 古くは、神上石(こうのいえいし)・烏翠石(うすいせき)などとも呼ばれてい ました。

地質学上は、およそ1500万年前に海底で形成された、紀伊半島の南東 部に分布する熊野層群という地層に含まれる黒色頁岩(こくしょくけつがん) に分類されます (粘板岩とする資料もあります。境界は微妙なようです)。 質量の1%の水をもつ、水成岩です。加工をしていない原石は、乾燥・浸水 の繰り返しに弱く、長期間野ざらしにしておくと次第に風化してゆきます。 0.1ミクロン(1万分の1ミリ)の粘土質粒子が堆積してできた緻密な岩石 ですが、その層の走る方向を見定めて (「石の目を見る」といいます)ハン マーや鏨(たがね)を当てれば、きれいに、板状に割ることができます。 黒い色は、基質に含まれる炭素によるもので、粒子の緻密さと相まって、 磨けば磨くほどに漆黒のつやがあらわれてきます。 このような特長を生かして、硯のほかにも、碁石の黒石や試金石・文鎮・ 装飾用の置き石等々、古来より現在に至るまで、様々な用途に使われて います。

なお、粉末にした那智黒石に樹脂を混合し、いろいろな形に成型した、 いわゆる「練り製品」も作られています。原石の彫刻では困難な、複雑な 形をした置き物・花器等を比較的安価に作ることができるなどの長所も ありますが、硯に加工した場合、磨墨はあまり良くないようです。 「那智黒石って、硬いの、軟らかいの?」と、よく聞かれます。 手彫りができるのですから、岩石としては軟らかいほうです。けれども、 鑿(のみ)の刃には石彫用の特殊な合金を使用しており、腕のみならず 上体全体を使って、力をこめて彫らねばなりません。硯職人にとっては、 十分に硬い石です。しかし、現在では合金や工具の進歩のおかげで作業も昔よりは随分楽になっているようです。

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