今月も先月に引き続き、夏のネタで、青菜をお届けしたいと思います。上演頻度も多く、分かりやすいネタでありますので、私も子供の頃からよく聞いています。
主人公は、さるご大家の庭に手入れにやってきた植木屋さんで、そこの旦さんとのやりとりから話は始まります。少し早い目に切り上げようとするところへ、旦さんから一杯飲んで帰りまへんかという誘い。扇子を少しだけ開いて、植木の鋏(はさみ)を持っているように見せる型もありますし、単なる二人の会話だけで始まるものもありますが、この二人の会話、母屋(おもや)の旦さんと、出入りの職人という関係、今ではほとんど見られなくなったのではないでしょうか?あまり良い言い方ではありませんが、昔の階級社会というものが、良い意味でも、悪い意味でも、存在していた関係の心づもりがなければ、本当の会話にはなりません。井戸に柳陰(やなぎかげ)を冷やしてあるので、一杯飲みましょうということになります。この柳陰、『舟弁慶』の雀のお松っつぁんの会話にの中にも出てきますが、お酒や焼酎を味醂(みりん)で割ったもの、または味醂そのものだったらしく、現在でいう全くの冷酒ではありません。現在でも、本当の味醂には、アルコールが入っており、酒屋さんの免許がなければ販売できません。昔は、寝酒(ねざけ)に味醂を飲むなんていう習慣もあったそうですな。
あて(は雁之助だんね…、と違いまっせ)に出てくるのが、鯉の洗い。涼しいて、よろしいな。酢味噌で食べるのもいいですが、話の中では、ムラサキで食べることになっています。つまり、醤油にわさびをといて食べるわけです。すったわさびをそのまま食べて、たまらなく辛くなるところの表情は、何ともおかしいですな。この笑いを取るために、あえて酢味噌ではなく、醤油とワサビで食べるようにしてあるのでしょう。その後、青菜のおひたしはどうですと、旦さんに言われて、植木屋さんは食べることにしますが、裏ではもうないとのことで、奥の間から出てきた奥方が、“鞍馬から牛若丸が出(い)でまして、その名も九郎判官(ほうがん)”、旦さんが、“義経、義経”というやりとりになります。この文句は、演者によって少し違うところもあります。お客さんの前で、食べてしまってないとは言えないので、隠し言葉を使ったのであります。つまり、菜(名)は食ろう(九郎)て、食べてしまって、無い。そこで、よっしゃ、よっしゃ(義経、義経)と答えたわけです。何のこっちゃ、さっぱり分からん植木屋さん、旦さんにこの謎解きをしてもらいます。この会話の中での、教育を懲役と京行く、漢語を監獄と、かけるところなんか、なかなかの笑い所ですな。
さて、この植木屋さん、家に帰って自分の嫁はんにも同じことを言わせようと試みます。が、事ここに至って、重大な誤り、六畳一間で、奥の間がなく、嫁はんの隠れるところが無い。しょうがないので、押し入れに押し込んで、毎日一緒に風呂に行こうと誘いに来る友達を待ちます。柳陰が焼酎や二級酒、鯉の洗いがおからと、さすがに庶民の食べ物に入れ替わりますが、青菜はどうやと言われた友達は、“わい、青菜嫌いやね。子供の自分から、食たら下痢すんねん。”と断ります。つらい言葉ですな。無理矢理にでも、食べると言わせて、押し入れから嫁はんが出てきます。誰でも憶えがあると思いますが、押し入れの中は空気が薄いので、とてもしんどい、しかも暑い夏、汗をかいて真っ黒けで出てくることになります。青菜を持ってきてあげとくれと言われ、再び押し入れの中に戻り、また出てきます。“鞍馬から牛若丸が出でまして、その名も九郎判官義経””義経はわしが言うねやがな。それやったら、弁慶にしといたろ”と、これがサゲになります。こんな風に分かりやすくいうサゲや、“弁慶”とだけ答えるサゲなど、言い方はいろいろありますが、義経に関連して弁慶というのがサゲなのは変わりません。
上演時間は、十五分ぐらいから三十分ぐらいまで、普通は二十二・三分から二十五分ぐらいで終わるのが多いようです。なかなか笑いの多い、分かりやすいネタなので、若手から大御所まで、上演頻度は多いと思います。登場人物も三人だけなので、ものすごく難しい話であるとはいえないと思います。
所有音源としては、故・二代目桂春團治氏、故・六代目笑福亭松鶴氏、笑福亭仁鶴氏、故・桂枝雀氏、桂きん枝氏、桂南光氏、五代目桂米團治氏、桂塩鯛氏、桂九雀氏など、他に桂ざこば氏のものなどを聞いたことがあります。その中でも、春團治氏の型は変わっていて、まず、植木屋さんが祭りのために、半日で仕事を切り上げるところから始まります。そして、旦さんと植木屋さんとの会話が、いかにも一昔前の資本家と労働者という立場をおもわせるようなもの、家に帰って嫁はんに隠し言葉を説明するところに出てくる、“鞍馬山椒木の芽炊き”という売り声、軽い言い回しのサゲなど、今ではちょっと見られない型であります。有名な朝日放送の“春團治十三夜”の中での録音しか聞いたことがないので、ちょっと他は知りませんが…。
松鶴氏のものは、時間がごく限られた、五分ぐらいの短い時のものしか聞いたことがありませんが、適度の省略されて、コンパクトにまとめ、結構笑いを取っておられました。また、仁鶴氏のものは、隠し言葉を、“牛っしゃんがワカメ噛んで、出てきた”と間違うところ、南光氏のものでは、植木屋さんの嫁はんに独特の描き方がしてあり、おもしろいですね。枝雀氏は、やはり全編通しての爆笑編でした。きん枝氏のものも、植木屋はんが家に帰ってからのやりとり、おもろいですな。米團治氏も、なかなかたくさんの笑いを取っておられました。塩鯛氏のものは、聞かせていただいたものが、トリの出番では、無かったのですが、これで終わりかいなあと思うぐらいの、会場の爆笑を取っておられました。九雀氏のものは、やはり現代的な言い回しなんかが特徴で、そんなに古い時代の設定をされている感じがなくて、こういう演出もなかなかイイですよね。とにかく、分かりやすいネタなので、ぜひみなさんに一度、聞いていただきたいですね。一度聞いてしまうと、何かの折に、ふと“鞍馬から…”の隠し言葉の文句が、自然と思い浮かぶようになりまっせ。
<12.8.1 記>
<21.8.1 最終加筆>
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