先月に引き続きましてですが、5月には、亡くなりました叔母の百ヶ日を迎えますが、ま、エエ日を選びまして、納骨をするわけでございます。最近は、別に、百ヶ日にこだわらず、早いこと済ませはる方も、多いですがね。ま、そんなこんなで、思い出しましたネタがございました。『片袖』。非常に、お珍しいネタでございますので、滅多に出ませんが、ま、お付き合いくださりますと、ありがたいことで。
喜ィさんが、あるお家を訪ねてくるという、話の始まりは、お決まりのもんで。この家の方、今、床屋で、評判やった、噂されてたて。って、『つる』でも、おへんねけれども。この世知辛い世の中に、何して、食べてんのんかて。元は士族とかなんとかいう噂やけれども、どうも目つきが悪いし、人相も。こらどうも、泥棒やないかて。しかも、ただの泥棒どころやない、あら、強盗クラスやて。いんまの今、噂が出てたというので、知らせに来た。っと、何を思いましたか、この家の三隅亘(みすみわたる)、表も裏も、ガッチリと戸締りをする。へぇ、何で?日ごろ、近づきのある喜ィさんだけにバラしますが、実はこれが、ホンマの強盗。「エッ。堪忍しとくなはれ。」って、誰が、こんな貧乏所帯の長屋の人間から、物盗りますかいな。そんなことやない。強盗やちゅうのを聞かれては困る。また、町内のもんが、そんな噂をしているとこ、長居はしてられへん。そろそろ、この長屋とも、おさらばせねばならんと。しかし、最後に、もう一働きして、去って行きたい。
それについて、聞きますのは、この前、この喜ィ公が、立派な葬式の花持ちをしてたこと。あれは、住吉町の酒屋・山之上松兵衛はんとこの葬礼。相当な金持ちで、銭は、言われん万円ほど。そこの一人娘はんが、死んだんですて。婚礼も決まって、嫁入り道具も調うたところで、最後に、晴れ着が出来てきて、これが、お嬢さんのお気に入り。自分で縫うてなはると、前栽(せんざい)で、大きなカエルが、ピョイピョイピョイと。お嬢さんの肩を、ピョイと飛び越したさかいに、たまらん。そのまま、『ウ〜ン』と倒れて、死んでしもた。“おんびきが肩越した”いうて。そら、肩癖(けんびき)いうて、肩がこり過ぎて、血の循環が悪うて、頭に来るんですがな。“けんびきが肩越した”で。とりあえず、これは、火葬と違いまして、土葬にしたて。娘には、あの世で不自由させとないというので、キレイにお化粧、髪も結い上げまして、純金の入った櫛に笄(こうがい)、お気に入りの着物に、エエ帯しめて、ピカピカに、鈴木主水(もんど)の指輪まで。って、プラチナに、ダイヤラモンドウ、違う、違う、ダイヤモンド。
土葬にしたのを幸い、喜ィ公を手下に、この墓を、あばきに行こうと。って、喜ィ公には、母親も、妹もございますがな。しかし、ドスを付き付けられて、母親に妹を、安楽に暮らせるようにしたろうと、改心して、盗人に。反対やがな。そうと決まれば、親分子分の盃事。まだ時間も早いと、水屋に、かしわのすき焼きの用意がしたあるのを、取り出してまいります。茶瓶を下ろして、カンテキを持ってまいりまして、鍋を置く。準備の間に、三隅はんに一杯注ぐ。盃を干して、これを喜ィ公へ。注いでもらって、飲みますというと、これが、エエ酒。あんまり飲まん人でも、よう分かる。こらやっぱり、盗んだ酒で?て、おもろいでんなあ。この盃を、また三隅はんに返しまして、これで、盃事が済んでしまいます。ちょうど、かしわが煮えた時分で、食べ始めますというと、おいしい。「かしわはん、ご機嫌さん。」って、長いこと、食べてはれへんかったんやね。豆腐もアツアツで、「あつい、うまい」て、激しい食べ方や。お酒は、あんまり飲まんと見えまして、喜ィ公のほうは、ご飯をよそうて、食べますわ。それから、大事の前と、喜ィ公を寝かします。
一方、三隅亘のほうは、チビリチビリとやっておりましたけれども、押入れを開けて、取り出しました風呂敷包み、開けてみますというと、太い縄が入ってございます。結び目が付いておりまして、これをば十分に調べまして、また、元々通り、風呂敷包みにいたしまして、用意を確認しておく。そのうちに、真夜中が来たとみえまして、いびきをかいてる喜ィ公を起こします。大きな声を出しますので、聞いてみますと、怖い夢見たて。墓荒らして、死人掘り起こして、裸にしようとすると、お嬢さんが、『裸になんのん、いや〜』って、幽霊やあるまいし。風呂敷包みを背にしまして、縁の下の鍬(くわ)を持ちまして、家を出る。三隅はんは、戸締りをする。って、これも、おかしなもん。錠前下ろして、中から、盗人が出て行くて。日本橋の長町から出まして、今宮・飛田へと出てまいります。一面の畑道を、二人が、トボ〜トボ。と、下座から『凄味の合方』が入りまして、いよいよ、墓あばきに。目が慣れてきては、おりますけれども、夜中のことで、だいたいのものが、うっすらと見えております、そのうちに、阿倍野の新墓へ。風呂敷包みを開けまして、取り出してまいりますのが、さいぜんの縄ばしごのようなもの。先には、分銅が付いておりまして、振り回して、松の木へ。そこは手馴れたもんと見えまして、ウマイこと、先が巻き付く。引っ張って、先を確かめてから、三隅はんが、結び目に足をかけまして、高塀の上へ。先に鍬を取りまして、縄を伝うて、喜ィ公を引っ張り上げる。
難なく、二人が、中へ入りましたけれども、喜ィ公のことでっさかいに、どこが山之上はんの墓か分からん。まして、暗がりでっさかいになあ。「いっぺん、門まで帰って、寺務所で聞いて来よか?」って、んな、アホな。ま、それでも、だいたいのことは、分かっておりますので、ようようのことで、山之上家の墓にたどり着きます。四方の青竹を抜きまして、柔らかい土を掘り返しますというと、十日ほど経っておりますので、鼻を付く臭い。それでも、仏さんを掘り当てまして、身ぐるみを剥いで、裸にしてから、また、元々通り、埋め直します。翌日、剥ぎ取った物を金に替えまして、七三とか四分六てな、ケチなことは、言いません、半分の五分五分にいたしまして、三隅さんと喜ィ公が山分け。「金使いを荒うするのやないぞ。そこから足が付く。これを元手に、小商いの一つでも、せえ。お前には、何一つ、とりえは無いが、親を大事にするのが、お前のとりえ。親や妹を大事にしてやれよ。」と、喜ィ公を諭してやります。何を思いましたか、三隅亘、取ってあります、娘の晴れ着の片袖をば、丁寧に引き取りまして、後は、ズタズタに引き裂いて、硫酸かけて、縁の下へ埋める。縁があったら、また会おうと、そのまま、姿をくらませます。
それから、ちょ〜ど三月目、住吉町の山之上家の前に立ちました六部姿が、誰あろう、三隅亘の変装でございます。「卒爾ながら、山之上松兵衛殿の御宅は、こちらでございますか?ご主人ご在宅であれば、かく言う六部が、内談いたしたきことがあって、推参したと、お取次ぎ願わしゅう存じます。」と、何か、また、始まりそうな予感。取り次ぎますと、「今日は、娘の百ヶ日。何かのご縁であろう。」と、会うことにいたします。仏間のほうに通されまして、お六部さん、回向をいたしておりますと、ご主人が現われてまいります。「この品に、見覚えは?」と、差し出しましたのが、さいぜん引き取りました、娘さんの片袖。奥さん、ご寮人さんも、間違いないと見ましたが、しかし、両親といたしましては、不思議な話。死んだ娘に着せてやった、晴れ着の片袖を、お六部さんが持ってなはるて。「そのご不審は、ごもっとも。」と、ここで、下座から『青葉』が入りまして、説明になりますな。かねてこの世に、地獄あると聞く、越中立山のほとり。鉦打ち鳴らす音につれ、集まり寄ったる亡者どもの中に、ひときわ目立っていたのは、髪が黒々と
し、キレイな服をまとった亡霊。その方が、膝元に擦り寄って、『私は、元大阪表住吉町、山之上松兵衛の娘なりしが、ふた親に先立ちし罪にて、いまだ浮かばず。ふた親の泣く涙が、火の雨
となって降りかかる、今の苦しみ。何とぞ、この苦患(くげん)を助くるため、
高野山へ祠堂金((しどうきん)を納め、永代経や別施餓鬼(せがき)、供養の周旋頼みた
し。』と言付かったて。しかし、『幽霊の言付け、異なもの。』と断れば、着ていた着物の片袖を解きほぐして、証拠にしたと。要するに、それが、この片袖と。
母親が、日ごろ、泣いてばっかりおりますので、娘さんが、よう浮かばん。てなこと言いながらも、父親のほうは、手文庫から、五十円を取り出しまして、これを、お六部さんに渡しまして、高野山へ、祠堂金として、納めて欲しいて。しかし、お金のことですので、両親自ら、高野山へ納められてはと、お六部さんは断ります。でも、見込まれて、頼まれたんですからと、たっての頼みで、五十円をお六部さんに預けて、高野山に納めてもらうことになります。また、母親のほうも、別に、五十円を出してまいりまして、これも一緒に、高野山へ納めて欲しいと。都合、百円のお金を預かりまして、早速に、高野山へと、お六部さんは立ち去りかける。「せめて、粗飯なりとも。」「いやいや、これにて失礼をばいたします。」てな、やりとりの間に、下座からは、太の三味線の音。浄瑠璃の太三味線ですなあ。隣りは、義太夫の師匠とみえまして、音が聞こえてまいります。「おぉ、それはまた、気がまぎれて、よろしゅうございますな。では、これにて御免を蒙ります。五十両、五十両、合わせて百両、百ヶ日の追善供養。」と、ここで、下座からの三味線に合わせまして、お六部さん、浄瑠璃を語り出します。「あと、ねんごろに、弔われよ。さらば、さらば。お〜、さらばと、見送る涙。見返る涙。涙の〜。」っと、浄瑠璃を口ずさみながら、店の間へ出てまいりますと、結界(けっかい)の内らから、番頭さんが、「お六部さん。あんた、ウマイこと、語りなはったなあ。」と、これが、サゲになりますなあ。番頭さんではなくって、喜ィ公が、この言葉を出して、サゲになるというのも、ありますが。浄瑠璃の“語る”と、詐欺の“騙る”をかけてあるという、現代でも通用する、分かりやすいサゲだとは、思うんですがね。浄瑠璃は、“唄う”のではなくて、“語る”のでありますから。ちなみに、この「五十両、五十両…」の部分は、『仮名手本忠臣蔵』の六段目、早野勘平腹切の段の段切れ、最後の部分でございまして、有名な一節でございますなあ。
上演時間は、二十五分ぐらいでしょうか。ムチャクチャに長いものではございませんが、ストーリーのあるものですので、あまり短すぎるよりも、程よい程度のもののほうが。滅多に演じられない、珍しいネタでございまして、浄瑠璃の太三味線も要りますので、どちらかといいますと、寄席よりは、特別な落語会のほうが、演じられやすいでしょうか。笑いの部分は、ほとんどが前半部分に入っておりまして、しかも、喜六・喜ィさんが独り占めをいたしております。というよりも、この方が入ってないと、落語にならないといいますか。一応、強盗・泥棒さんのお名前は、三隅亘と記しておきましたが、これは、各種の速記本などに載っている名前でございまして、実際に聞きますというと、音では、やはり、三杉亘であると思います。また、山之上松兵衛が山之内清兵衛の方も、ありますし。ま、とりあえず、喜ィ公が、町内の噂を持ち込んでくるところから話が始まりますが、いつものような、のんびりとしたお笑い草の話では終わりません。三隅さんは、真からの強盗で、足が付くのを恐れて、最語に一働きして、長屋を去ると。それで思い出しましたのが、立派な葬礼。山之上松兵衛はんの、娘はんが死んだて。“おんびきが肩越した”で。ちょっと、今では、説明が要りますな。“けんびき”も、そうですが、カエルのことを“おんびき”と。それから、腹ごしらえに、かしわのすき焼きを食べるところ、なかなかおいしそうで、おもろい部分でございます。ちなみに、商売上、専門家から申し上げますというと、「柔らかい、かしわ」ちゅうセリフが、ご名答でございまして、昔は、硬い身が多かったので、柔らかいのは、珍重されたんですなあ。今はまた、比内地鶏みたいに、歯応えのある、硬いもんが、お好みのようですが。
喜ィ公が一寝入りいたしまして、いよいよ、墓あばきの仕事へ出かける。この、ちょこちょこ失敗するあたりが、これまた、お笑いの多い部分でございまして、こんな泥棒いてたら、ホンマに、見つかりまっせ。ことに、埋めた墓が分からんて。と思いますが、やはり、昔の、灯りの乏しい夜中てなもん、ホンマの闇ですからな。しかも、墓荒らして。それでも、大事な一人娘さんですから、結構な衣装や持ちもんが、一緒に埋めてある。そら、大昔の古墳とか、ピラミッドてなもん、埋葬品・副葬品が、ぎょ〜さんございますやん。あれやっぱり、文化財保護てな観念が出来るような、現代の、ずっと以前に、墓荒らしに、随分と、盗掘されてるんでしょうなあ。私も、詳しくは、知りませんが。これを売りさばきまして、喜ィ公に半分やって、別れを告げる。ここで、片袖を大事に仕舞っておくのがポイントで、後半は、それを元手に、もう一働き。三隅亘が六部に変装いたしまして、今度は、堂々と山之上松兵衛さんのお家へ。これがまた、ちょうど百ヶ日に合わして訪れるあたりなんかが、なかなかの強盗で。何をするのかと思いのほか、あの片袖を見せまして、高野山にお金を納めよとの助言。言葉だけでは、そら信じませんけれども、娘の着ていた着物の片袖が証拠ですから、両親は、納得しますわなあ。五十円と五十円で、都合百円の金を騙し取ったわけでございます。ウマイこと、やりよりますなあ。やっぱり、プロは違います。ここで、六段目の浄瑠璃を語りまして、ヤマ場になります。ちょっとだけではありますが、なかなか、聞き応えのあるもんで。そして、最後に、サゲと。ということは、ここの番頭はんは、何もかも、お見通しやったりして?落語のサゲの後を想像するのは、野暮な話ではありますが、しかし、不思議ですわ。単に、“語る”だけで言ったのか、それとも、全部知ったはった番頭はんなのか?そうなると、三隅さんより、まだ一枚、上手(うわて)でございますなあ。
このお話は、ご存知かどうか分かりませんが、やはり、大阪は、平野にございます、大念仏寺の幽霊の片袖の伝説が元になって、作られたものでござりましょう。大念仏寺で、墓荒らしの犯人が捕まった事件とか、酒屋さんの娘さんが、恋人の片袖を抱いたまま死んだ事件など、いろんなものが、引っ付いては、いるんでございますがね。しかし、本来の伝説では、幽霊に供養を頼まれた人が、証拠の片袖を持ち帰って、成仏するんですが、この話では、そうはいきません。最後に、六段目の浄瑠璃を絡ませて、おもろいサゲになりますな。ちなみに、『帯屋』というような話に、おんなじ意味の、“かたる”が出てきますねやが。とりあえず、話といたしましては、全体に、ストーリーのあるもの、筋のあるものでございますねやが、しかし、本来のエエ意味でのものではございません。悪事ですわな。これを、お笑いのネタにするんですから、大変に難しいことで、『算段の平兵衛』みたいなもんでもそうですが、あまりに悪さ悪さする感じとか、いやらしさが出ては、いけません。しかも、墓あばきに、騙りと、一つまでも、二つの悪事を、こなすわけですから。そういう理由でかは、知りませんねやが、ちょいちょいと、喜ィさんを諭す場面が、いやに説教じみた感じで、エエこと言わはるん。「親を大事に」てな部分ですなあ。普通では、思いも付かんような展開を見せて行く話ですので、“どうなるのか?”と我々、お客さんのほうが、興味を持って、話の中へ引き込まれますというと、成功でござりましょう。
東京にも、あるのでしょうか?あんまり、詳しくは、存じませんけれども、あんまり、移入されていないようには、思えますがね。それでも、幽霊の片袖伝説というものは、実は、日本全国、各地にあるらしいですけどな。最後に、浄瑠璃を語る場面が要りますし、下座からの太の三味線も重要ですので、やっぱり、上方色が濃いですね。といいつつも、上方でも、滅多に、演じられるものではありません。所有音源も、故・三代目林家染丸氏のものしかございません。ですから、上記のものは、染丸氏のものを、参考にさせていただきました。しかし、おもしろくもあり、雰囲気のあるものでもあり、やっぱり、ウマイですな。前半部分は、喜ィ公を笑わし役にしながらも、三隅さんの押し出しといいますか、貫禄のある強盗ぶりが、非常によく表現されておりまして、その辺の、コソ泥程度でないのが、分かりやすいですね。また、喜ィ公が、鍋をつつく場面、『ふぐ鍋』同様に、食べるだけで、笑いが起こるというような。打って変わりましての、後半部分、お六部さんに化けた三隅さん、これまた、言葉つきなどが丁寧で、全然違いますね。やはり、見た目もそうですが、肝の太い方ですな。最後の浄瑠璃も、押し出しがありまして、うまいことでけたある。娘はんが死んでから、葬礼。その十日ほど後が、例の墓あばき。そのまた三月後に、三隅亘が現われる。これが百ヶ日と、克明に出来た演出で、『立ち切れ』の三七日同様、うまいこと計算してございます。難しいのは、分かっておりますが、案外、私は、好きなネタの中の一つでありますね。他にも、故・橘ノ圓都氏が、たしか、やったはった録音を聞いた憶えがありますのと、四代目の、現・桂文我氏も、やったはると思いますが。違うたやろか?
この後、六段目の語りの部分は、「涙の浪の立ちかえる、人もはかなき次第なり。」という文句で、最終を迎えるわけですが、ホンマ、人の一生とは、はかないものでございますなあ。叔母の百ヶ日・納骨を迎えまして、つくづく思い知らされますわ。
<20.5.1 記>
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