
さて、今年も、暑い夏がやってまいります。イヤでんなあ。ど〜も、具合悪い。温暖化の影響で、年々、暑さが増しているように思うのは、周知のことでございますけれども。ま、暑い夏の、スタミナ回復には、うなぎ食べんのも、よろしいやろ。今月は、土用の丑も、あるこってすし。というところで、『うなぎや』でお楽しみくださいませ。話自体は、どうってことないもんどすけれども、持って行きようによったら、大喝采でございますなあ。
「何してんねん?」「立ってんねん。」「立って、何してんねん?」「立って〜、立ってんねん。」「どや、一杯飲ましたろか?」という、これも、まま見られます、導入部分。道で立ってる知り合いに、声を掛けるというような。付いて行きそうなもんですけれども、もうすでに、懲りてるて。この前も、違う友達に、声を掛けられた。「一杯飲ます。付き合いいな。」ちぇなこと言われて、付いて行た。道頓堀で一杯飲ますちゅう話でっさかいに、ブラブラ歩いて付いてると、出雲屋の前へ。鰻で一杯と思うたら、こら、素通り。井筒のうどんやとか、柴藤のうなぎ、天神の天ぷらなどなど、いろんな名前が出てまいりますけれども、これも皆、前を素通り。いよいよ、新戎橋へ出てまいりまして、橋の下をタラタラッと降りて行くさかいに、こら、かき船で一杯と思うたら、まだその下へ。最近、あんまり見かけんようになりましたけれども、まだ、淀屋橋にございますか、かき船。なかなか風情がございますわなあ。しかし、そんなもんではない。川の淵まで降りて行って、「さあ、ご苦労やった。せいだい、飲み。」て。“飲む”の飲むは、酒やなしに、川の水やて。こらまた、ご無体な。こんなことでは、腹が立つので、「おんなじ飲むねやったら、名の付いたもんがエエなあ。」ちゅうたら、「淀川の一筋や。」やて。それでも、手ですくうて、十八杯。って、アホやがな。腹ふくれてしもた。「飲ましてもらうのエエけど、肴が欲しいね。」て、ここで、一本かましたった。「どれでもエエ、前に何ぼでも泳いでるがな。」言われると、ほんに、その通りですわな。前が川でっさかいに。腹立ちまぎれに、着物クルクルッと脱いで、ドボーンと飛び込んだはエエけど、この人、泳がれへん。棒か何ぞを出してもろうて、ようようのことで、その友達に助けてもろた。それからが、命の恩人で…。って、なぶられてんねやがな。
しかし、今日は、そんなんと違う。“飲ましたろ”いうたら、ホンマの酒。というのは、横町に、うなぎやの新店がでけた。おやっさんも偏屈やけれども、板場も偏屈。板場が店飛び出してからは、素人のおやっさんが、うなぎを、さばきにかかる。手でなかなか掴(つか)めんさかいに、糠まみれにして、掴めるようにしてから、頭は、金づちで殴る。開いて、骨抜くことがでけんので、一寸ぐらいにぶつ切りにして、この前なんか、天ぷらにして、持って来よった。「西洋料理で、ウナギのフライ。」って、んな、アホな。しかし、元来、うなぎは、このようにして、ぶつ切りで食べていたらしいですがね。これが、蒲(がま)の穂の部分に似ているので、蒲焼きの名前が付いたというような説があるぐらいでっさかいに。ま、それはともかくといたしまして、こんなん、見られんのん、イヤでっさかいに、『どうぞ、お二階へ』と勧められんのん、断って、下で、おやっさんが、往生して、うなぎさばくのんを見ながら、一杯飲もうと。こらまた、変わった趣向でんなあ。おもろいですけれども。
「邪魔するで」「どうぞ、お二階へ。どうぞ、お二階へ。」そら来よったと思いながら、下に居座る。小鉢もんと、酒を注文いたしまして、チビチビと一杯やり始める。と、ここで、うなぎの注文。今日は、糠と金づち無しで、料理してもらいたいと。「ちょっと、お時間かかります。」て、そらそや。今でも、注文してから、開いて、焼いてくれはる、うなぎやさん、ございますもんね。三十分や、一時間ぐらいは。「いや、五日ほど。」って、んな、アホな。四日も五日も、チビチビ飲んで、待ってられへん。せいぜい早いうちにと、前の舟、うなぎ入れたあるとこ見ますというと、ヌルヌル、ヌルヌルと、うなぎが動いてる。よう見ておりますと、おんなじようでいて、色が違うもん。青いもんは、紺屋(こうや)の浜で捕れるて、ホンマかいな?藍の色でね。黒いのんは、炭屋の浜。白いのんは、そら、腹返してる。
中に一匹、イキの良さそうな、ごついもんがいてますわ。「あれ、料理してえな。」「あら、あきまへん。開店の日から、居てまんねん。」話を聞いてみると、いっぺん、掴まえて、料理をしようというところまで、行くのは、行ったんですが、金づちで、どつくところを、ズルッと、逃げられてしもた。そやさかいに、眉間に傷がある。旗本退屈男やとか、明智光秀や、おへんにゃさかいに。とりあえず、うなぎは、“あなずり掴み”ちぇなもんで、二本の指で、首筋を、撫でるとこから始まる。スーッと撫でると、ウナギのほうかて、“エエ、マッサージやなあ”てなもんで、安心する。釘を刺しますというと、"ああ、針も、してくれはんねんなあ”てなもんや。腹を割きますというと、“涼しなったなあ”てなもんで、串を刺すと、“注射やなあ”。火に乗せると、“コタツへ入ったようなもんや”。下からバタバタッと、来たところで、“しもた、蒲焼きや”てなもんやて。んな、アホな。なかなか、おもろい、例えですけれどもね。
アホなこと言うておりますうちに、手を入れますというと、うなぎが、ズルッと、そっちへ行った。そんないらんことを言うてるさかいにと、ズルッと、また、そっちへ逃げた。なんべんか挑戦いたしまして、今度は、正真正銘、掴めたんは、掴めたんですけれども、両手の間から、首出して、どんどん、どんどん、うなぎが上へ上へ。「すんまへん、ちょっと、はしご掛けてもらえまへんか?」って、手を上向けへ、上げるさかいにですがな。下向けるといいますというと、今度は、下へ下へ。「ちょっと、スコップで、穴掘ってもらえまへんか?」今度は、前へ向けますというと、前へ前へ。「おい、ちょっと、留守番頼む。」て、おやっさん、店出て行ってしもた。「お〜い、おやっさん、うなぎ掴んで、どこ行くねん?」「さあ、わたいにも、分かりまへんねん。前へ回って、うなぎに聞いとくれやす。」と、これがサゲになりますね。もうちょっと、先のあるものも、ございまして、向かいの家へ入って行ったり、電車に乗ったりして、大騒ぎ。また、元の家まで戻ってきて、おなじくのサゲになると。うなぎが逃げようとしますので、それに付いて、おやっさんも動くという、それで、うなぎに聞いてくれというサゲになるんですな。ま、非常に落語的と申しましょうか、漫画的と申しましょうか、分かりやすいもんですね。
上演時間は、二十分ぐらいから、三十分ぐらい、それでも、そんなに長くなるものではございませんが、途中に、いろんなものを入れますというと、いくらでも長く出来ますのでね。やはり、笑いの多いネタですので、どちらかといいますというと、寄席向きでしょう。しかし、バカバカしい話ですなあ。まさに、落語という感じがしますがね。代表的な落語の中の一つでは、ありますなあ。前半の、一杯飲ますの件りからして、いかにも、バカバカしい。他のネタ、例えば、『どうらんの幸助』のようなものにも、長く使おうと思えば、使われておりますがね。一応の型だけを述べましたけれども、道頓堀へ行き着く前に、大阪じゅう、散々歩かされるものもありますし、天王寺・住吉さんまで用事で、付いて行くてなもんも、ございますね。“淀川の一筋”やとか、“肴は、前の川に”ちぇな所が、いかにも、理屈に合うてて、おもろい所ですけれども。後半は、いよいよ、問題のうなぎやへ。うなぎの色の違いやとか、特に、マッサージ・針の部分なんか、よう笑えますわなあ。しかし、案外、うなぎも、ホンマに、そない思うてたりして。最後に、いよいよ、うなぎを掴んだところ、両手を握りまして、その間から、親指を出して、うなぎの顔が出てくるという仕草、なかなか、よう出来ております。見せ所でもございますけれども、おもしろいですなあ。全体的に、やはり、お笑いの多い、大爆笑の出来るネタとなっております。
東京では、『素人鰻』の演題で、これまた、有名すぎるぐらい、有名な落語でございます。しかし、おやっさんが、手料理で、うなぎを掴まえるようになってしまう、それまでの状況が違いまして、違うと申しましても、東京式の中でも、これまた、型の違うものがございます。しかし、いずれにいたしましても、前半の、“一杯飲ます”は、いかにも、上方的な感じがしますがね。上方では、やはり、初代の桂春團治氏のものが、有名でございまして、電車に乗るのは、爆笑ですな。また、『うなぎや』として、一席になっておりますけれども、『鰻谷』と引っ付けて、演じられることもございますし、『月宮殿星都』の昇天までの部分は、設定がちょっと変わりますけれども、ほぼ同じ内容となっておりますね。うなぎを掴まえたまま、天へ登るというような。これまた、奇想天外なお話でございますけれども。
所有音源は、故・橘ノ圓都氏、故・六代目笑福亭松鶴氏、故・露の五郎兵衛氏、故・桂枝雀氏、他に、初代春團治氏などのものを聞いたことがございます。圓都氏のものは、さいぜんも申しました、『鰻谷』の後に、一緒に演じられている、有名な音源でございまして、コンパクトになっておりますが、お笑いだけではなくって、克明な、うなぎの様子が分かるような気がいたしますな。ほんに、お話という感じで。松鶴氏のものは、時間の関係か、これも、コンパクトにまとめておられますが、それにしても、うなぎやのおやっさんが、威勢良く描かれておりますな。五郎兵衛氏のものは、初代・二代目春團治氏譲りのものか、これが、いかにも、アホぶりがおもしろく、全編通しての、大笑いでございます。最後も、電車に乗られたり、バスに乗られたりと。なかなかの十八番ネタでございます。枝雀氏のものも、有名なネタで、爆笑に次ぐ爆笑でございますね。初代春團治氏のものは、もちろん、SPレコードのものでしょうが、やはり、おもしろい。荒唐無稽な中でも、筋は、ハッキリしておりますので、分かりやすいですわな。また、『月宮殿星都』で、六代目松鶴氏、笑福亭仁鶴氏のものも、聞いたことがございます。導入部分ですので、両氏共、あっさり、やったはりましたけれども。
こういう落語は、残りますな。分かりやすいですし。夏バテ解消に、ぜひ、うなぎもお召し上がりくださいませ!
<20.7.1 記>
<21.6.1 最終加筆>
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