暑中お見舞い申し上げます。今年も暑い夏がやってまいりました。8月には、中国で、北京オリンピックが開催されますね。別に、知り合いや親戚が出るわけでも、何でもございませんけれども、しかし、それでも、ついつい、テレビを見てしまいますわなあ。皆目、“わしゃ知らん”“関係無いねん”てな方、まあ、そう、いはれしまへんけれども。どのオリンピックの時でしたか、私の友達が、陸上の男子100メートルを、予選の時からずっと見ておりまして、いよいよ決勝ちゅう時に、ちょっと、お手水へ行きとなったんですて。そら、1時間も2時間も、座ったままですし。帰ってまいりますというと、もう金メダル確定。10秒あるかなしかでっさかいに。“便所行てる間に、1位が決まってしもた。これがほんまの、ベン・ジョンソン。”てな、いらんことは、どうでもエエといたしまして、今月は、その、もろもろの物を起こした、もろこしの中国から、首長鳥(くびながどり)の『つる』が、やってまいります。
話の始まりは、表からアホが飛び込んでまいりますというと、出来ることでございます。「派手に上がろうか、陽気に上がろうか。それとも、陰気に上がろうか、哀れ〜に上がろうか?」そら、ご陽気なん結構で。「やっとこらさの、どっこいしょ。さあ、殺すなら、殺せ。」て、何だんねん。しかし、甚兵衛さんも、律儀なお方で、「四角ぅに座ったら、どないや?」て。それでも、この前、錆田の先生とこで、正座してて、エライ目に遭うたて。しびれが切れて、ひっくり返った拍子に、先生の顎を蹴り上げて、先生もひっくり返った。お茶を持って出てきた、娘はんも…。ま、エエといたしまして、用事が無いさかいに来たて。「お茶入れるけど、羊羹でも切ろか?」「羊羹ねぇ。」「嫌いか?」「三本も食うたら、胸悪ぅなる。」て、誰が、そないに食わすかいな。それはそうと、さいぜん、散髪屋へ行ったら、皆が寄って、甚兵衛はんの悪口を言うてたて。「この横町に住んでなはる、甚兵衛さんというお方は…。」「悪口にしては、丁寧な。」本人の目の前では、言えまへんがな。「この横町に住んでけつかる、あの甚兵衛とぬかすガキは…。」て、今度は、それ以上、悪いように、言えまへんがな。「この世知辛い世の中に、毎日、何にもせんと、ブラブラ。ああいう奴に限って、知れんで。」と。盗人かも知れんて。しかし、日ごろ、世話になってるのに、そんなこと言われて、「あの人に限って、そんなことするような人か、せんような人か、向こう先見て、物言え!」と、「言おうと思うたけど、わたいも男や。腹に持ってて、口には出さん。」て、何にも、ならへんがな。ただ、たった一言、相手の胸に、バーンと応えるように、言うてやったて。「そら、知れんなあ。」
それでも、褒めてる人も、居たて。「あの人は、この町内の、生き地獄や。」と。そら、生き字引や。何でも、よう物を知ってるさかいにね。「ほんなら、たんねるけど、南京虫は、脚気患うか?」て、また、アホげな質問を。ま、それはさておき、散髪屋はんに、鶴の絵があったんを見て、よっさんが、この鶴という鳥は、日本の名鳥やと。しかし、何でと聞くと、分からんままに、逃げて行ったて。そこで、改めて、甚兵衛さんに、質問をいたします。鶴という鳥は、誠に、姿かたちが美しい。また、一旦、雌雄の対が決まると、他のものには見向きをせんという、誠に、操が正しい。ま、この辺を持って、日本の名鳥と。そやけど、首が長い。そこで、昔は、これを、鶴とは言わなんだ。首長鳥、首長鳥と言うてた。ほんなら、何で、その首長鳥が、鶴になったかて。『ちょっと忙しい』『また今度』てなことでは、なかなか帰りよらん。昔、一人の老人が、浜辺へ立って、はるか沖合いを眺めてござった。と、もろこしの方角から、首長鳥のオンが、ツーと飛んできて、浜辺の松へ、ポイと止まった。後へさして、メンがルーと飛んできたさかいに、ツルと。こらまた、何とも言えん、おもろい言い訳や。
ウソと分かっていながらも、こんなん、どこぞで、言うて回ってこな、おもろない。徳さんの家へとやってまいりまして、「鶴知ってるか?あれは、昔は、鶴とは言わなんだ。首長鳥、首長鳥と言うてたんや。それが、何で、鶴になったか、教えたろか?」「教えていらん」って、つれない返事や。しかし、無理からでも、しゃべり出しますわ。「首長鳥のオンが一羽、ツルーと飛んできて、浜辺の松へ、ポイと止まった。後へさして、メンが…。さいなら〜。」って、失敗でんがな。再び、甚兵衛さんの家に戻ってまいりまして、教えてもらいます。今度は大丈夫と、これまた、鶴の講釈に。「首長鳥のオンが一羽、ツーと飛んできて、浜辺の松へ、ルッと止まった。後へさして、メンが…。」半泣きになりながら、「後へさして、メンが。」「おい、メンは、一体、どないしたんや?」「黙って、飛んで来よったんや。」と、これがサゲになりますね。“ツー”も“ルー”も、先に言ってしまいましたので、メンは、黙って飛んで来たと。分かりやすいサゲですな。
上演時間は、十五分前後。十分ぐらいで、終われますな。寄席の、時間の無い時や、落語会でも、トップバッター、前座さんなんかに、よく使われるネタでございます。あんまり、誰に対しても、害のあるような類の話ではございませんのでね。ほんのお笑い草で。最初の、上がりこむ所や、散髪屋さんでの話なんかも、息と間で、うまいこと笑わせられますね。『腹に持ってて、口には出さん』とか『そら知れんなあ』とか。そして、鶴の絵の説明になりますが、この最初の、『昔、一人の老人が』てな所、いかにも、ホンマの話のようで、うかうかっと、聞き込んでしまう。しかし、ホンマに、首長鳥なんて、言うてたんでしょうかねえ?詳しくは、わたしゃ、知りませんけれども、案外、ウソでなかったら、ビックリしますが。そして、これを聞いて、また、よそでしゃべってくるというのが、これまた落語の王道でございます。そこで、失敗して、サゲになると。
桂米朝氏によりますと、現在の、こういう形にまとめられたのは、師の故・四代目桂米團治氏であったと。根問(ねどい)物の一つでありまして、貼り混ぜの屏風かなんかで、いろんな絵が描かれている、その絵を一つずつ説明して行って、鶴の説明になって、こういうことになるというのが、元来の『絵根問』であったということです。根掘り葉掘り聞いて行くので、根問いなんでしょうなあ。ま、それでも、この『つる』という形のネタには、いろんなものが凝縮されているんだそうですが。
所有音源は、その米朝氏、故・桂小南氏、故・桂枝雀氏、四代目桂文我氏など、たくさんの方のものを聞かせていただいております。米朝氏は、やはり、実に、あっさりやったはりますな。そこそこの年齢になられてからのものしか、聞かせていただいたことがございませんので、何かの企画とか、お願いしてやられたりとかしたものだと思いますが。小南氏は、寄席でも、ちょこちょこ、やったはりました。案外、笑いが多くて、おもしろいものでございました。娘はんも、転びまして。枝雀氏のものは、小米時代のものもありましたが、やはり、爆笑で、大笑いでございます。文我氏のものは、多分、親子寄席のものだと思うのですが、少し、分かりやすくなっておりましたけれども、無性に、子たちの笑い声が、大きくて、ウケておりますなあ。
ま、取り立ててというものでもございませんが、しかし、無かっても、具合悪い話なんでしょう。ま、これで、“北京オリンピック頑張れ!”とは、なかなか、言われしまへんかなあ…。
<20.8.1 記>
![]() |
![]() |
![]() |