
先月に引き続きまして、北京オリンピックの話題でございます。何とか、閉幕いたしましたな。テロやとか、毒まんじゅうやとか、電流流しなんて、まことしやかな噂はございましたけれども、無事で、よろしいございました。なにせ、四年にいっぺんですからな。毎日、あるわけやおへんにゃし。ま、ご苦労さま、お疲れさまでございました。ということで、今月は、ちょっとお珍しい話で、『狸の化寺』にいたしました。へぇ、何の関係もないてか?金メダルですよ、金メダル。
舞台は、大阪近郊でございましょうけれども、これまた落語にはお珍しい、在所のお話でございます。農村なんでございましょう。黒鍬(くろくわ)の連中さんが、村に到着したて。要するに、土木の請け負いと申しましょうか、大規模な工事をしはるような集団でございますわな。すでにして、戦国から江戸時代の初めぐらいには、そんな集団の地位が、確立していたといいますからな。ここでは、どうやら、大雨で、川の堤が切れたので、その修復にと、村から呼んであったみたいでございます。大勢さんでございますので、とりあえず、井戸端で一息入れてもろてる。頭(かしら)と申します、火の玉の竜五郎(りょうごろう)さん、村のお庄屋はんに挨拶しがてら、話をいたしますが、おおよそは十日か、十二・三日ぐらいの仕事、総勢が三十一名。村には、宿屋というものがないので、分宿せな、しょうがないのではと。しかし、別々の所で寝起きしてたんでは、朝が揃わなかったり、揉め事を起こした時に、迷惑が掛かる。ひと所のほうがエエが、お寺かなんぞは、ないかて。そら、もっともな話で、お寺ぐらいですと、いっぺんに寝泊りできる。あるのはあるけれども、長い間、住職がおらんせいか、荒れ果てて、しかも、妙な噂が立ってるて。化けもんが出るちゅうことですわ。噂を聞いて、剣術使いやとか、修行者が、正体を見届けるとかなんとかで、寺へ入って行くけれども、出てくんのん、見たことない。ええぇ〜。そんなとこに、客人を泊めるわけにいかんと、お庄屋さんは言いますが、そこは、威勢のエエ、竜五郎さんでございます、話を聞けば、放っておくわけには、いきまへん。かえって、火に油を注ぐようなもん。化けもんとて、三十人もいっぺんに、喰いまへんやろと、正体を見届けるためにも、ぜひともと、その化け寺に、泊まることにいたします。
そうとなりゃあ、荒れ果てた所でございますので、掃除をせなあきまへん。ほうきやとか、ぞうきん、それに、夜具に布団、味噌に醤油てなもん、三十人がそれぞれ、また、村のもんが、大勢寄って、手伝うて運ぶ。しかし、村のもんは、皆、気持ち悪ぅがって、寺までは、よう入らん。小高い丘の上ですけれども、下ぐらいまで、荷物を運ぶ。村のもんを返しまして、ここからは、黒鍬のご連中さんばかりで、問題のお寺へ。境内は、荒れ果てておりますけれども、とりあえず、草を刈る。鎌で草刈りをいたしますが、こういうことには、いたって慣れております連中さん、すぐに終わりますけれども、しかし、獣かなんぞの、糞がぎょうさん落ちてたて。ほんに、臭かった(草刈った)。んな、アホな。井戸も使うてないと見えまして、どんどん水をかき出す。戸を開けまして、中にございますお寺の道具、畳なんか、すべてを外へ出しまして、建物の中を掃除いたします。また、元々通り、道具を運び入れまして、炊事の仕度やら、夜具・風呂の用意。見違えるように、キレイになりますわいな。風呂へ入って、ご飯食べて、床につきまして、「早いこと寝てしまえ」と、頭は申しますけれども、布団へ入っても、そら、なかなか、寝られしまへんで。
頭は、タバコ吸いながら、寝ずの番で、化けもんの正体を見届けようと、一人、起きております。やっぱり、人の上に立つもんは、違うなあと、連中さんは、夜具の中で、ヒソヒソ話。しかし、そやないと。もし、化けもんが出てきたら、寝てるもんと、タバコ吸うてるもんと、どっちが喰いよいかて。寝てるもん喰うてる間に、一番に、頭が逃げるて。そら、やっぱり、起きてるほうがエエと、頭に、寝ずの番の交代を申し入れる。それではと、頭は、先に、高いびき。そうこうしておりますというと、やっぱり、眠とぅなってきた。明日の朝も早い。頭を起こしまして、やっぱり、寝かしとくれやすと。頼んないもんで、やはり、頭が、寝ずの番。しておりますうちに、昼の疲れが出て来たと見えまして、その頭も、ついに、ウトウトとしてまいります。頃合いを見計ろうたように、祭壇の後ろのほうに、光り物がしたかと思いますというと、それへ出てまいりましたのが、かわいらしい娘はんでございます。姉さんかぶりに、絣の着物、手甲・脚袢、手には花篭を持ちまして、芝居でよう出て来ますな、昔はお姫さんやったというような、変装の、しのぶ売り。「竜五郎さん、おい、お〜い」と、下座から音も入りまして、踊りながら、頭の前へ。目をむいたかと思いますというと、「竜五郎さん、か〜も〜か〜」普通の人間ですと、驚きもしましょうが、そこは、胆の据わったお方でございます、かねて用意の腰のもので、抜き打ちに切りつける。と、姿が消えて、黒いもんが、奥のほうへ逃げ込んだ。これが正体なんでっしゃろ。
皆を起こしまして、灯りを増やす。どうも、阿弥陀はんの並んでる、その後ろあたりに、逃げ込んだような感じ。手に手に、割り木やとか棒を持ちまして、化けもんを追い込んで行く。阿弥陀はんの後ろも見ますが、何にもない。確かに、追い込んだはずと、フッと見ますというと、仏さんの数がおかしい。阿弥陀はんは、三体のはずやったのに、四体並んでる。こら、怪しい、怪しい。どれか一つが、化けもんやと。かんてきを持ってまいりまして、火を入れて、落ち葉やら、松葉を集めて、その中へ放り込む。これを、阿弥陀はんの鼻の先へ持って行って、後ろから煽ぐ。要するに、えげつない煙が出まっさかいに、化けもんやったら、それ吸うたら、逃げ出すやろうと。そこを、皆で、どつきチャンチャコ。仁鶴さんやがな。そやけど、この役は、なかなかでけん。そらそうですがな、一番手近な、かんてき持ってるもんから、喰われたら、アホらしい。“観音さんに願かけた”やとか“親の遺言”てなこと言いながら、皆が断りますけれども、半公と米やんのコンビが、端からまいります。まず、一つ目、どうもないん。かんてきの宿替えてなもんで、二つ目。これも、どうもないん。三つ目も、そのまま。って、次しか無いがな。残ってへんがな。最後はと申しますというと、鼻がピクピク動いてきた。顔が変わってきたと思いますというと、「ヘーックション」と、大きなくしゃみをした。これがきっかけで、出て来ました奴を、皆が叩き倒した。正体を現しましたのは、大きな狸でございます。グルグル、グルグルと逃げ回りまして、柱伝いに、天井へと上ってしもた。
燭台を掲げまして、よう見ておりますと、どうも、欄間の天人が怪しい。欄間に、天人が、彫り込んであったんですな。この辺やなあと、見ておりますというと、その中の天人の一人が、横目使うて、隣りの天人の様子を窺うてる。目の焦点が合っておりませんので、こらもう、怪しいに違いない。長い棒を持ちまして、皆で一斉に、この天人を突きますというと、エライ勢いですけれども、その拍子に、突かれた天人だけではございません、彫り付けてあった天人の全部が、欄間から抜け出まして、天井で、天人の舞を舞い始めた。下座からの、楽の音と共に、二十人は、いようかという、天人の舞。優美なもんでございますけれども、しかしながら、狸のほうは、さっぱり。どれがどらやら、分からん始末。さすがの頭も、ただ呆然と見つめておりますというと、天人の中の一人が、「ああ、キンがすれる。キンがすれる。」と、実は、これがサゲになりますね。“狸の金玉八畳敷き”てなこといわれますけれども、天井で、舞を舞うてると、そら、すれまっしゃろなあ。特に、美しい、天人の中に混じって…。ま、あんまり詳しいことは、やめとくといたしましても、ここに、北京オリンピックの金メダルの金が、出てきまっしゃろ。って、怒られるわ。
上演時間は、二十分から二十五分ぐらい、そんなに長いものでもございません。昔の寄席でしたら、ちょうどエエぐらいの長さのネタだったのかも分かりませんね。そんなに長引かせる要素のあるもんではございませんので、トントンと、話の筋にしたがって、調子良く進んで行くものでありますな。冒頭は、お庄屋はんと、黒鍬の頭、竜五郎さんとのやりとり。着いたところで、井戸端で足なんかを洗うてるなんて、なかなか農村の雰囲気なんかが出ておりまして、落語には、珍しいものでございます。いっぺんに泊まるのに、化けもんの出る、お寺に逗留と。化けもん退治にもなりますのんで、よろしいのは、よろしいですがね。そして、場所を移動いたしまして、問題のお寺へ。村のもんが、荷物を運ぶだけでも、近寄らんというようなところからしても、なかなか、スリリングでございます。そして、寝泊りするための掃除。草刈りで、糞が出てくるのも、狸の伏線なんでしょうねえ。男ばかりとはいえ、こういう仕事は、慣れておりますな。さすがに黒鍬の方で、しかも、三十人からいてはったら。それから、夜になりましての、大捕り物、ここがメインでございます。ここまでは、笑いも、そんなにございませんけれども、これからは、多少のお笑いも出てまいります。“一体、どないなんのんかいなあ?”と聞き進んで行きますというと、演者のほうには、成功でございましょう。まずは、しのぶ売りというところが、これまた、妙に、かわいらしいし、また、芝居仕立て。そういやあ、『法界坊』のお姫さんも、しのぶ売りに、身をやつしたはりましたかなあ。そして、四体になる阿弥陀さん。カンテキを移動さすとこなんか、結構、スリルありまんな。ま、たいがい、悪もんは、最後に残りますけれども。そして、狸の正体が分かって、天人の舞と。この、キレイような、汚いような、一緒になってサゲになるというのも、一興ですかな。全編通して大笑いの出来るもんではございませんけれども、怪異談としましては、なかなか聞けるものでございます。
東京にあるのかどうかは、分かりませんけれども、これは、桂米朝氏の復活ネタでございます。師の桂米團治氏、また三遊亭百生氏によるところが、大きいらしいのですが、百生氏は、サゲが、「天人の舞とは、醜いもんじゃ。キンがすれてる。」というものだったそうです。お寺に入るときに、山門の金箔が、かすれているのを、「金のすれているというのは、誠に、醜いもんで」という、伏線があったということらしいですね。ま、とりあえず、いつもながらの米朝氏に、脱帽の極みであります。随分、昔に、その米朝氏のものを聞かせていただいた記憶が、ございますけれども、なかなかの怪談チックなもので、適度な笑いもありまして、不思議な話として、頭に残っておりますね。意外と、竜五郎さんの、胆の据わった描写が、それらしかったですなあ。所有音源は、桂ざこば氏のものしかございません。とりあえず、珍しい話ですので、聞かせていただいたん、このお二方ぐらいのもんでしょうか。ざこば氏のものは、笑いも多く、おもしろいものでした。最後の、狸の天人の舞が、いかにも、ぎこちないようで、おもろかったですなあ。
オリンピックに、こんな話題出してくんの、失礼かも分かりまへんなあ。しかし、最近は、出すネタも、だんだん少なくなってまいりましたので、関連性のあるもんが、薄れて、すれてきて…。
<20.9.1 記>
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