
西国三十三所で、結縁開帳(けちえんかいちょう)というものが、行なわれております。西国巡礼の、中興の祖といわれます、花山法皇の一千年御忌を迎えるに当たっての、一大事業でございますな。各札所では、それぞれ期間を定めまして、ご本尊やら、はたまた、秘仏の開帳てなもんが執り行われる予定でございます。しかし、残念ながら、先日、十一番札所の上醍醐の准胝堂(じゅんていどう)が落雷のためと思しき火災で、全焼してましたな。とりあえず、そのご開帳のトップといたいしまして、先月、九月一日には、清水寺のご本尊が開帳ということになりました。八年ぶりでしたかなあ。そやけど、あの時、三十三年に一回いいながら、『はてなの茶碗』出しましたか。『景清』も出てますし、縁の深いもので、今月も、これまたお珍しい、『滑稽清水』でお楽しみくださいませ。演題は、『杢の市』『作の市』とか『新壺坂』なんともいわれております。ま、とりあえず、この題にしておきました。
主人公は、作の市(杢の市)という、目のご不自由なお方。ここの家へ、徳さんという知り合いが、入ってまいります。奥さんの、おとわはんは、風呂へ行って、留守。その間に、ちょっと、知らせておかんならんようなことが出来たて。実は、男を作ってる、間男してるて。旦那さんが、目の見えんようなことでっさかいに、心配になって、知らせに来てくれたて。しかし、おとわに限ってと、作の市っつぁん、冗談やと言いますなあ。そら、仲もよろしいし、体が不自由なん物ともせんと、至れり尽くせり。あんなエエ嫁はん、貞女の中の貞女やと。でも、町内で知らぬは亭主ばかりなりてなもんで、何ぞがあったら、エライこと。それでも、それで、丸う収まってるのやさかいに、聞かんかったことにせえと。しかし、聞いてしもたもん、どこの亭主でも、腹の立つもん。「相手は、誰でんねん?」と。それも、作の市っつぁんの、よう知ってる、仲のエエ、馬の助・馬公やと。
アホらしい、馬公とは、兄弟分の間柄。どうやら、こら、この友達同士の結びつきが強いために、誰ぞが、もめさそうと、仕組んでいるような噂。「もうエエ加減にしなはれ。」と、作の市っつぁんは言いますが、徳さんも、親切なお方。「まあまあ、エエさかいに、ちょっと、おかしなことがあったら、また知らせて来るように。わしが、今、言うたこと、たとえ爪の先ででも、心のどこぞに留めといて。」てなこと言いながら、徳さんは帰ってしまいます。一人になりまして、ようよう考えてみますが、世間、ヒマなもんと見えまして、よその夫婦を、もめさしにくるて。しかも、嫁はんが、間男してるて。作の市っつぁんにとりましては、あんなエエ女房、他にない。しかも、相手が、馬公やて。また、馬公が、作の市っつぁんの、嫁はんを取るて。そやけど、おとわはんは、だいたい、長風呂で、風呂が長い。風呂が長いさかいに、仏の徳兵衛といわれた人が、いらんことを言いに来る。仏の徳兵衛てな人、ついぞ、あんなしょうむないこと、言いに来る人やない。そして、風呂が長い。まだ帰って来うへん。何で、こんな遅い?そやけど、おとわはんが、こんなバカなことをするはずがない。
考えておりますうちに、「ああ、そうか。そうか。」と、どこぞに、思い当たったのか、こら、ホンマのように思えて来た。おとわはんが、間男してる。目が不自由なだけに、分からんようにしてたら、この作の市っつぁんには、知れようはずがない。人をバカにしやがって、腹が立つ。と、憤りますが、目が不自由ですから、確かめようもない。目が見えへんことを悔やみますが、仕返しの一つもできひん。目が開いて欲しいと思いますところへ、思い立ちましたのは、清水の観音さん。『景清』にも出てまいりますけれども、昔、景清が、自分で自分の目をえぐって、清水さんへ奉納したという話を聞いたことがある。京都に住んでるもんの徳で、清水さんへ行って、片っぽでもエエさかいに、その目を一時、貸してもらおうと。仕返しが済んだら、また、見えんようになってもエエさかいにと、復讐の心が出来てまいります。とりあえず、お詣りに行こうと、決心いたしましたところへ、「ただいま」と帰ってまいりましたのは、ここの嫁はん、問題の、おとわはん。
風呂の帰りがけ、話し好きの妙玄さんに会うて、なかなか帰らしてもらえなんだて。御飯がまだでっさかいに、お湯沸かしてと、用意しようと思いますが、亭主の様子がおかしい。そら、夫婦ですもんな、それぐらいのことは分かる。泣きながら、「飯みたいなもん、いらんわい。」と。それより、「羽織出せ」て。こんな遅がけから。止めるのも聞かずに、出て行ってしまいます。百日の願を掛けまして、清水さんへ日参をすることになりますなあ。一方、おとわはん、亭主が、どこへ行ってるのかが分かりません。十日も過ぎましたような頃おい、いつものように出て行きました後、問題の馬公が、やって来る。この話をいたしまして、ひょっとして、バレたんではないかと心配しますわなあ。あの日以来ですから。ちょうど幸い、二人で、どこへ行くのか、作の市っつぁんの後をつけることにいたします。馬公は、肝心のところでビビリますが、しかし、男というものは、そういうもんどすなあ。二人が、つけてまいりますというと、行き着いた先は、清水の観音さん。一生懸命になりまして、目を開けてくれと、祈願をしております。ビックリいたしましたのは、そら、二人ともでございます。やっぱり、浮気がバレたんやと思いまして、仕返しされんのん、かなんと、そこで、何かエエ工夫はないかと考えます。思い当たりましたのは、おんなじように、清水の観音さんに、お願いすること。「目開けてくれてか?」って、んな、アホな。違いますがな。目開けさせんといてくれと。おもろいですなあ、この発想が。向こう一人で、こっち二人やさかいにと。
そんなことで、作の市っつぁんのほうは、目を開けてくれと、お詣りをいたします。二人のほうは、目を開けささんといてくれと、お詣りをいたしまして、競争になってくる。そやけど、観音さんも、困らはったでしょうなあ。ちょうど、百日の満願の日。作の市っつぁん、いつもにも増して、目を開けてくれと、お願いをいたしております。それから、四・五間後ろのほうでは、二人が、人の目も気にすることなく、肩寄りそうて、イチャつきながら、開けんといてくれと、お願いをいたしております。「今日が満願でございます。目が開きましたら、あの二人に、仕返しがしたい。どうぞ観音さん。どうぞ、かん…。どうぞ、か…。バァ。あっ、開いた。開いた。」と、エライ信心で、目が開いたのでございます。「いずれ、お礼はまた、改めて。目が開いた以上は、仕返しに行かなあきまへん。お礼は、後ほど寄せていただきます。ありがとうございます。」と、喜び勇んで、立ち上がりまして、後ろをヒョイッと見ますというと、二人が、肩引っ付けて、拝んでおります。その姿を見た、作の市っつぁん、「ああ、よその夫婦は、仲がエエなあ。」と、これがサゲになりますな。お分かりになりましたか?つまり、今まで、目が不自由でしたから、嫁はんの、おとわはん、それに、馬公までも、どんな人間か見えんかった。でっさかいに、目が開いても、自分の嫁はんに、馬公の姿が分からんかったんですなあ。その二人が、引っ付いて、拝んでおりましたので、今の自分の境遇をも、かえりみまして、“よその夫婦は、仲がエエ”と。何とも、皮肉なサゲでありますなあ。一瞬、考えてしまいますけれども、よう出来たある。
上演時間は、二十分前後でしょうか。寄席なんかでは、出来るでしょうけれども、目のご不自由な方が、お客さんにおられる場合は、もちろん、出来ない話でございますね。ま、それ以前に、もっとも、最近のテレビなんかでは、上演できませんけどな。笑いの多いものではございませんし、どっちかというたら、あんまり、笑えない類のネタでございますね。ちょっとずつは、笑う所もあるんですけれども。やはり、全編通して、作の市っつぁんの表現が、難しいもんでございましょう。そこへ持ってきて、話題は、人間の究極に迫る所の、浮気ですからな。しかも、男のほうではなくって、女のほうで。とかく、この手の話は、時代が変わろうとも、あんまり、変わらんような…。徳さんが、間男の話を持ってまいりまして、帰りましてからの、絶対に、浮気なんかしてないというところから、怪しいと思い始める心変わり、この辺の人物描写は、なかなか、聞き応えでございますな。また、どんな仕返しをしようとしていたのかは、分かりませんけれども、仕返しをするために、目を開けようとしての、清水さんへの日参。ここらが、また、おもろいやおまへんか。それに輪をかけまして、目を開けささんとこうといたします日参も。そして、霊験あらたかな観音さんに目を開けてもらっての、何ともいえん、意表をつくようなサゲ。こらもう、サゲが話を形作っているとでも、言いましょうか。
東京では、『信心』という題でしょうか。『杢の市』でも、見たことありますね。内容は、ほぼ一緒でございますけれども、どうも、やはり、上方から、伝わったような話とされているみたいです。こちらでも、珍しい部類の話でしょうが、数回聞いたように思いますな。所有音源は、故・初代森乃福郎氏のものしかございません。上方でも、滅多に出ない話でございまして、現在でも、演じられる方はあるでしょうが、そう頻繁には、聞けないと思います。ちなみに、わたしゃ、氏のものしか聞いたことございません。いかにも、福郎氏の持ったはったのが、よう分かるネタでございまして、お笑いは、そんなに入っておりませんけれども、話として、ストーリーとしては、やはり、おもろいもんでございました。人の不幸は、何とやらなのか?
内容は、内容なのですが、福郎氏のものを聞いて、いっぺんに、好きになったネタでございます。そやけど、目がご不自由で、しかも、間男の話て。そら、そう再々、やれませんわなあ。
<20.10.1 記>
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