今年も、見てもらいます。丑年でございまして、どんな年になりますやら、期待と不安…。てなこと、毎年のように言うてますなあ。まあ、一年一年が、だんだんと早く感じられるのは、歳を取って行く証拠でございますけれども、牛にちなみましての、落語をお届けいたしましょう。『牛の丸薬』『牛の丸子』、“がんじ”とは、丸い粒の薬、丸薬ですわなあ。って、話が元に戻りましたか?ちょっと、お珍しい話でございます。

 おもしろい男が、表から入ってまいりますというと、おなじみの落語の始まりで。縁側まで行きますというと、なんじゃ、おもろいもんを並べてる。昨日、夕方ぐらいから、急に雨が降り出したん。春先のことで、炬燵(こたつ)を直そうと、使い納めに、表へ干したはったんやね。それが、この雨の降って来たのに、忘れたままで、びしょ濡れ。もう、役に立たんようになった。お分かりとは、思いますれど、今どきの炬燵の話違いまっせ。昔の大和炬燵でっせ。土で出来た、たいがい四角い形のやつですわ。真ん中に、炭団(たどん)入れて。私も、実際には、使ったことはございませんけれども、まだ、裏の物置に…。って、物持ちエエ家でっしゃろ。とにかく、土でっさかいに、雨で濡れて、ブヨブヨで使いもんには、なりまへんわ。そこで、指で触ると、穴が開く。ちょっと丸めてみると、丸子、丸薬がでける。真鍮の粉をまぶすと、結構な数の丸薬が出来た。「これ、何に効くねん?」「何にも効かんわ。」って、そら、当たり前ですわなあ。土丸めただけですもん。そやけど、この人のほうは、企みがあるのか、相方に、明日、日当と昼飯付きで、付き合えと。朝の早いうち、暗いうちに、茶漬でもかっこんで、もういっぺん、この家に、来てくれて。さあ、何が始まりまんねやろなあ?

 明くる朝になりまして、ドンドンと表の戸を叩く音。といえども、中でも、もう起きて、朝御膳は済ませたある。相方に、風呂敷包みを背負わしまして、出発。でも、この人に、行く当ては、無さそうなんですなあ。頼んな〜い話で。大阪を東へ東、どんどんと田舎の、在所の風景となってまいります道をば、ぶら〜ぶら。っと、下座から、砧(きぬた)を打つ音、『野辺の合方』ちゅうやつですか、入りますなあ。春先のこってすさかいに、もう、さぶいことは無い。夜が白々と明けてまいりますというと、気持ちのエエもんどすなあ。そういやあ、昔、某コンビニでアルバイトしておりました頃を、思い出しましたけれども、夜明けの頃おいて、気分よろしいねんね。お百姓さんというもんは、エライもんで、もう仕事をしてなはる。牛も居てるし、朝餉(あさげ)の用意か、煙の立ってる家が、ポツポツと見えております。っと、ちょっとした集落、村が見えてまいりました。「あの村へ行ってみよか?」「何ちゅう村や?」「さあ、知らん。生まれて初めて行くとこや。」って、頼んないですなあ。

 大きなお家を見かけましたが、その前に、ちょうど村の入口のとこら辺に、茶店がある。そこで、いっぺん、一服しようとなりますが、この人、連れの男に、黙ってるようにて。横から、いらんこと言うと、失敗になる恐れがあるみたいなんですなあ。そやけど、この相方も、黙ってると、口に虫がわくてなこと言いますので、菓子かなんぞを食べてたらエエと、とにかく、いらんこと言わせんようにして、茶店の中へ。おばあさんが、居りまして、「おばん、達者かいなあ?」って、もちろん、初めてでっせ。「お馴染みさんかいなあ?」と、おばあさんも、最初は、疑っておりますけれども、「長いこと、来ぅへんかったさかいになあ。」てなこと言われると、だんだん、合わせとくのが客商売。「今日は、おじいさんは、見えんが?」って、うまいこと言わはるわ。「あんた、ほんまに、古いことを。おじいさん死んで、もう七年。」「へぇ、もう七年も前に。体の大きな、達者な人やったのに。」「いやいや、うちのおじいさん、痩せた小柄な人で。」「そやった、そやった。」って、ボロが出まっせ。「おじいさんには、傘借りたり、提灯借りたりしてたんや。しかし、七年も来ぅへんうちに、だいぶと、村の様子も変わったやろなあ。あの、向こうの、大きな、立派な家が、たしか、ホニャホニャさんとこの家やったなあ。」「何じゃ言いなさる?そうじゃ、次郎兵衛さんとこじゃ。」ウマイこと、聞き出さはりますなあ。「次郎兵衛さん、達者かいな?」「あんた、次郎兵衛さん、知っててか?」「知ってるも何も、長年の、得意先やがな。」「次郎兵衛さんは、もう隠居の身の上でな、孫さんのお守。後は、長男さんが、おいでなさって、なかてさんは、また隣り村へ、ご養子で行きなはって、末の弟さんが、町へ勤めに行ってなさるて。」「ご寮人さんは?」「あんたまた、古いことを。亡くならはって、もう十年になります。」これだけ、仕入れといたら、随分、様子が分かりますわなあ。

 「また、ちょこちょこ寄せてもらうさかいになあ。茶代を。」っと、些少を置きますけれども、「お連れさんが、さいぜんから、だいぶと、お菓子を…。」って、相方が、しゃべらん代わりに、菓子ばっかり食うてたんですなあ。しかも、何ぼほど食べたか、分からんて。「さいぜん、卸し屋が、持って来たとこで、ちょうど百。」って、ようも駄菓子みたいなもん、百も、食べられますなあ。しかし、これからが、肝心の仕事。噂の、次郎兵衛さんとこの家に行くのでありますが、また、横手で、ゴジャゴジャと、いらんことを言うては、いかん。途中で、合図をするさかいに、裏手へ回って、牛小屋を探せて。たいがい、お百姓さんの大きい家でも、牛小屋みたいなもん、見たら分かりますさかいになあ。そこで、牛に、藁でも草でも、食べさせようとして、首を伸ばさせたところで、胡椒の粉を詰めたキセルを、牛の鼻の穴へ持って行って、フッと吹きかける。それだけしたら、また、元の所へ、分からんように、戻って来いと、かますには、胡椒の粉が入れてあります、煙草入れを、この男に持たします。さて、どういう計略でございましょうなあ?これが日当分の労働でございます。

 「え〜、次郎兵衛旦那でございますか。ご無沙汰をいたしております、大阪の、靱(うつぼ)の干鰯(ほしか)屋でございます。」っと、この家に入ってまいります。干鰯は、文字通り、鰯を干したものですが、昔、田んぼの肥料に使うたはったんですなあ。お金で買うので、金肥ですが、大阪では、靱に、問屋さんが、たくさんあったそうでございます。「長いこと、顔を、見せいで、すんません。ご寮人さんが、お亡くなりになったそうで。もう、こっちへ来ることが、なくなってしまいましたんで、つい、ご挨拶も怠りまして。お家のほうは、長男さんに、お譲りあそばして、楽隠居の身の上とか。結構でござりますなあ。なかてさんは、また、隣り村へ、ご養子とか。末のお方は、町へお勤めとか。ご家内、ご繁盛で、よろしゅうございます。」っと、こんな挨拶を受けますというと、知ってるもんと、そら、思いますわなあ。「はいはい。あんさん、えらう、よう知ってなはるが、どなたさんやったかいな?」「大阪の、靱の干鰯屋でございます。」「ばあさんが、生きてる頃に、うちに出入りしてたいうたら、あんた、靱の喜助さんと違うかえ?」「そうそう、喜助でございます。」って、ウマイこと行きましたなあ。「しかし、あんさん、ちょっと変わったなあ。」「そうでんねん、いろんな苦労をしましたさかいになあ。」てなこと言われると、そら、そうかも分かりませんしねえ。「今日はまた、ちょっと、お願いがございまして、干鰯のほうを…。」「ああ、そらもう、堪忍しとくれ。もう、蔵も物置も、家じゅう、干鰯だらけでな。けったいな臭いがするいうぐらいで。」「しかし、せっかく、持って来たんでさかいに、見本だけでも、見とくれやすな。」っと、相方の持っております、風呂敷包みを開けまして、見本を取り出しますわ。

 「ええ、このお値段で。」と、これも、そろばんを取り出しまして、見せますというと、「こら、安過ぎるがな。見本と、本物が、違うというようなことは?」というぐらいに、安い。実は、去年、仲間うちのもんが、ぎょうさん干鰯を仕入れた。しかし、そうそう売れへん割りに、暮れからの値下がりで、蔵敷きの、倉庫の保管料にまで、追われるような始末。とりあえず、損は覚悟で、いっぺん、この品物全てを、吐き出したいと。それで、古い、お馴染みさんまでも引っ張り出しての、営業というわけなんですと。しかし、ここの家でも、置き場所が無いので。てな、いかにもの問答をしております最中に、相方に、合図をしまして、裏へ回らせます。まあ、誰でも、牛小屋ぐらいは、見当がつきますわいな。牛が居ておりますところで、かねて用意のキセルに、胡椒の粉を詰めまして、吸うたら、エライことでっせ、吐くんでっせ。草かなんかを手に持ちまして、牛にエサをやる、ふりをいたしまして、キセルで、フッと。こたえませんがな。反応が無い。おかしいなあと、もう一回、フッと。なんぼ牛かてねえ、鼻の中へ、二回も胡椒を吹き込まれたんですから、たまりまへんわ。エライ声を出しまして、「モォ〜」っと。「エライこっちゃ、旦那さん、まだ博労(ばくろう)してない牛に、変が来た。」つまり、牛が急病やと。「喜助さん、悪いが、話は、後にしてくれるか。買うたばかりの牛に、変が来たと。」「牛の急病と聞きますというと、ちょっと、私にも、心当たりがございますので、一緒に、見せてもらえまへんか?」と、一同が連れ立って、牛小屋の牛を見にまいります。

 牛は、地べたに鼻をこすりつけまして、エライ苦しみよう。「物言えたら、どこが悪いと、聞いたんのに。」「言わいで幸いや。」って、この場合、もっともなんですけれども。「これが、今、はやっておりますねん。和泉のほうへ、回っておりましたけれども、あの辺でも、元気な牛が、急に苦しみ出して、たった三日ほどで、コロッと死んでしまうというような。」「倅(せがれ)の留守に、牛死なしたら、大変や。」「実は、私、これに効く、エエ薬を持っとりまんねん。」っと、取り出しましたのが、冒頭の、丸薬でございます。手桶に一杯の水を汲んでもらいまして、牛に、この丸薬を食べさせる。その後で、口へ水を入れるようにして、鼻の中へ、ザブーザブーッと、水を入れてしまいます。元より、毒ではございません、胡椒ですから、水で洗い流してしまいますというと、後は、スッキリしたようなもんで、気持ち良さそうに、「モォ〜」。って、こら薬が効いたと、誰しも思いますわなあ。成功、成功。実は、この薬は、売って無いと。たいがいの、牛の病気は、これで治る。この干鰯屋の、弟さんが、大学で、牛の病気を専門に勉強してたと。ドイツに留学して、牛の病気なら、ほとんど治るというような新薬を発明した。しかし、それが、特許とか、権利の関係で、なかなか、日本で売り出せへんで、来年あたりから、売るようになるかも知れんて。一粒一円という、高い薬なんですけれども、その、契約とか権利の関係で、まだ、売るわけには、行きませんねやけれども、お兄さんが干鰯屋でっさかいに、農村を回ることもあるので、何かの役に立てて欲しいと、ちょっとだけ、分けてもろてると。この、希少性を出すところなんか、憎らしいですなあ。

 昔の農家ですと、牛は、貴重な財産ですから、そうそう死なれると、具合悪い。次郎兵衛さんも、「十粒だけ、分けて。」と言うのですが、なかなか、売るわけには、いかんと。「また、干鰯相談に乗るがな。」と言われると、そこは、商売でっさかいに、「干鰯は、買うていただきたいんですが。」と、干鰯を口実に、本来から売りたいほうの、丸薬を、十粒十円で。「誰にも言わんように、内緒で。」と、言うてる尻から、「干鰯屋、その薬を二十だけ。」っと、出てまいりましたのは、さいぜん申しておりました、なかての、隣り村へ養子へ行てる、なかぼんですわ。ここにも、「また、干鰯頼んだるがな。」と言われると、「つらいなあ。」てなこと言いながら、二十円。「こっちへ、三十ほど。」って、牛の急病ちゅうので、近所の人が、寄って来た末に、今の話を聞いたんですなあ。「干鰯頼んだげるさかいに。」と、持ってる丸薬をば、全部、置いて行くことにいたします。次郎兵衛さんが、立替えて、一括で払いをいたしまして、後で、皆で分けるという。

 「お酒の用意を、さしたあんので、一杯。」と、次郎兵衛さんに言われますが、「いいやあ、まだ、何軒か、回りますので。それより、近々、干鰯を持ってまいりますので、その時は、よろしゅう。」「また、その時にでも、今の薬を、ちょっとだけ。」「分かりました。それでは、ごめんやす。」と、尻に帆かけて何とやら、逃げるに如かずと、家を出てまいります。皆様方、話の内容、お分かりになりました?こういう算段でしたんやなあ。「しかし、世の中に、お前ほど、悪い奴は、ないなあ。あんなん見て、日当と昼飯だけでて、アホらしなって来た。酒ぐらい、飲ませよ。そやけど、お前は、エライ男や。よっぽど、懐が、ぬくもったやろ?」「ぬくもるはずや。元は、大和炬燵や。」と、これがサゲになりますな。ウマイことでけたサゲですわなあ。丸薬の元は、大和炬燵ですもんなあ。炬燵で、懐も、温もりますわ。

 上演時間は、二十五分前後でしょうか。あんまり長い長いものではございません。長すぎても、嫌みと申しましょうか、ボロが出るとでも、申しましょうか。寄席のトリぐらいの、時間でしょうか。全体的に、悪は栄えるでは、ないでしょうけれども、悪いことが成功する例でございますが、あまりにも、巧妙な手口なためか、悪びれる感じは、ございませんねえ。笑いも多いですし、膨らますと、爆笑の出来る箇所も、結構にございます。冒頭は、おなじみの、大阪の街中での話でございますけれども、土の炬燵で、丸めて丸薬が出来たのも、何かの縁か、そこからが、こんな大それた計画の始まりなんですなあ。しかし、丸薬こしらえたぐらいで、ようこんなこと、思い付かはったこっちゃこと。そして、明くる日に、何が起こるのか、朝の早うから、付き合いましての、仕事でございます。夜明けの田舎道、二人並んで、トボトボと歩いているところなんか、砧の音で、想像出来ますなあ。人気も少ないところで、ある村へ。大きな家と、そして、茶店。茶店のおばあさんに、その家のことをゴジャゴジャと聞くあたり、ウマイこと聞き出さはりまんなあ。ああいうのは、詐欺師の役に立ちまんにゃろか?おじいさんのことも聞いたりして、「ホニャホニャさんとこの家やったな」と。昔の、田舎の方ですから、やっぱり、純朴やったんでしょうなあ。それも、お歳を召した方では。この茶店のおばあさんも、そうですし、次郎兵衛さんも。ある程度の話を仕入れて置きまして、いよいよ、次郎兵衛さんとこの家へ。って、駄菓子を百も、どないして、食べはってん。お腹ふくれたやろねえ。そこで、相方に、牛に、胡椒を吹きかける仕事を与えます。“何で、そんなことすんのんかいなあ?”と、我々、お客のほうも、全然、分かりませんわなあ。ましてや、挨拶を済ましてからは、干鰯買うてくれと、干鰯の商談ですからな。胡椒買うてくれでも、ないにゃし。そのうちに、相方のほうが、牛に胡椒を吹きかける。しかも、効かんと見えて、二回も。人間でも、どエライこと、なりまっせ。『くっしゃみ講釈』や、おへんけれども。ここで、牛に変が来たと大騒ぎになって、例の丸薬を飲ませる。薬の効き目は、全くございませんけれども、洗い流す水で、牛は元通りに。そやけど、誰でも、騙されまっせ。しかも、牛の流行病で、三日ほどで死ぬもんを、ドイツで開発された薬で、てきめんに治るて。これが、売ってないとなりますというと、この時に、手に入れとかんと。売るほうも、ホンマは、丸薬を、売りたいんですが、それでは、安請け合いすぎますので、干鰯をダシに、ウマイこと言うて、売って行く。最後まで、干鰯の算段をと言いながら、辞去して、サゲになると。しかし、ようでけた話ですなあ。悪いこととはいえ、感心も得心もいたします。誰が考えはったんやろ?

 全く、筋書きのある、おもしろい話でございますけれども、上記に述べましたのは、桂米朝氏のものを参考に、書かせていただきました。これは、故・五代目笑福亭松鶴氏の型だそうで、話の成り行きと共に、丸薬を儲けるのが分かるようになっております。しかし、故・四代目桂文團治氏の型ですと、最初に、相方の男が、家を訪れまして、翌日に、付き合わすに際して、この、牛に胡椒の粉を吹きかける話を、先に説明しておくというものも、ございますねやね。分かりやすくて、良いかも分かりませんけれども、後の驚きが半減は、いたしますね。その場の雰囲気で、演じ分けられるのも、手かも知れませんが。前者ですと、ちょっと、頭の体操程度に、考えも、しなければいけませんので。

 東京でも、『牛の丸薬』の題で、まれに聞きますな。それでも、ごく珍しいものでござりましょう。上方でも、あまり聞くことはございません。私も、その米朝氏のものと、文團治系統の桂春之輔氏のものを聞いたことがございます。米朝氏も、多分、そんなに、やっては、おられないように思いますけれども。しかし、おもしろいものでございました。笑いも多く、第一、話の中に入り込むと申しましょうか、引きずり込まれて行くとでも、申しましょうか。“これから、どないなんねやろう?”の連続ですわなあ。春之輔氏のものも、お話として、語り聞かせるというタイプのものでございました。好きなネタで、もっと、聞かせていただきたいのですけれども、しかし、なにせ、大和炬燵に干鰯て、現代では、分からんものが、たくさんに出てまいりますのでねえ。それと、勧善懲悪で、悪者が、退治されませんのでね。反対に、成功しまんにゃわ。てな話題で、今年一年、幕開けは、具合悪いでっか?今年も、上方落語のネタを、よろしくお願い申し上げます。

<21.1.1 記>
<21.7.1 最終加筆>


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