大相撲初場所、朝青龍が優勝いたしましたな。いやあ、久々に、注目されました、一場所でございました。チケットも、よう売れたし、テレビの視聴率も良かったし。とりあえず、人気があるというのは、エエもんでございまして。まあ、こじ付けではございませんけれども、今月は、相撲取り、関西で言うところの“すもんとり”、お相撲さんの出てくる話を…。と言いながら、いくつか、もう出ておりますので、ちょっとだけ登場いたします、『月並丁稚』でご機嫌を伺います。
主人公と申しますのは、とある商家の丁稚さん。旦さんが、この定吉っとんを呼んでなはる。「へ〜〜い」と、長い返事。この返事が、大切なんですなあ。昔の、そこそこのお家と申しますというと、結構、広いですからな。姿が見えんでも、先に返事だけをするのが通例で。朝起きる時でも、少々、体動かすのんが遅うても、返事だけ、先にしてたら、起きてるのんが分かるてなもん。「ほな、明日から、返事だけして、昼まで寝て…」て、こらまた、小憎らしい言いようですがな。呼んだのは、他でもない、使いに行って欲しいて。しかし、よう使いや、用事の多いこと。「奉公とは、公奉る(きみたてまつる)と書きますのじゃ。」「そない、朝から晩まで、使い奉られたら、丁稚も往生し奉る。」って、おんなじように言いなはる。とりあえず、十一屋さんへ、言伝てといいますか、口上を言いに行く。「“こんにちは、結構なお天気さんでござります。ご家内お揃いあそばして、ご機嫌よろしゅうございますか?私は、本町の佐平衛とこから参りました。当月二十八日には、月並みの釜を掛けまするによって、旦さんによろしく。”と。」つまり、この家では、月並みの、月例で、毎月、お釜を掛けてなはる、お茶会を催したはりますので、また、来てくださいということなんでしょう。
しかし、この口上、どこへ行って?十一屋さん。十一屋さんで、どない言おう?って、新喜劇の寛平さんやがな。そない、尻から尻へ、忘れたんでは、どもならん。とりあえず、旦さんから口移しで、稽古をする。「“こんにちは、結構なお天気さんでござります”と。」って、そんなとこに、“と”は、いらん。「“戸”が要らなんだら、障子にしときまひょか?」って、また余計なことを。「“…ござります”でよろしい。」「やっぱり、“簾”だけ吊っときまんねんな。」って、まあ、『祝いのし』みたいなもんでも、おなじみですけどね。「“私は、本町の佐平衛さんとこから参りました。”」っと、ここは、“さん”が要りまへんねんな。先さんに、失礼に当たる、こちらが、へりくだる意味で、自分の主人は、“さん”付けいたしません。定吉っとんに、しつこく聞かれるので、「今日は、かまへんのじゃ。」と旦さん。「ほな、佐平衛」って、また早速、言い出してなはる。「せやから、わたいが“佐平衛”言うたら、いかんちゅうのに、“佐平衛”が、かめへん言うて、わたいが“佐平衛”言うたんや。そやろ“佐平衛”。そやのに“佐平衛”が、ゴジャゴジャ言うたら、丁稚の立場が無いで、こら“佐平衛”。“佐平衛”も、年取ったなあ、“佐平衛”。」って、そら怒られるわ。こんなん、分かってて、からかうてまんねやがな。「豆腐が二十八文でんねん。」って、何で、そんなとこで、豆腐が出てきまんねん。“当月二十八日には”ですがな。「月並みの釜に、フニャムニャ、よろしく。」って、舌が回らんのか、覚えられへんのか、エエ加減なもんですがな。とりあえず、ある程度のことだけ言いますと、先さんも、分かってくれはるやろうと。まあ、ニュアンスでね。「つまりこれは、口上でんなあ。」「口上や」「誰が言いまんねん?」「お前さんが言うねや。」「そやそや、わてが言いまんねん。どこ行って?」「十一屋さんじゃ。早う、行って来い!」って、そら、誰でも怒りますわ。
ちょっと、なぶったったら、やっぱり、怒りやがった。丁稚使いの荒い、金使いの細かいてな、いらんことを言いながら、問題の十一屋さんへ。「こんにちは」「はい」っと、合いの手が入りますというと、口上が、スッと出てけえへん。先さんに、黙っててもらうようにいたします。「こんにちは」こらいかん。やっぱり、軽うに返事してもらいますように。って、どっちやな?「こんにちは、結構なお天気さんでござります。この調子やったら、明日もエエお天気です。そやけど、明後日あたりは、危ない。」って、何でんねん、天気予報知らせに来はったん、違いまっせ。「本町の佐平衛とこの、子どもっさんでんねん。」“佐平衛”は、良かったけれども、自分に“さん”付けしてなはる。ゴジャゴジャ言いながら、問題の口上へ。「ご家内お揃いあそばして、極道や言うてね。豆腐が二十八文で、取りに来い。」なんじゃ、訳の分からん話ですがな。要するに、応対しているうちに、口上を忘れてしもたんですなあ。「いっぺん帰って、聞き直して来はったら?」と、言われますが、そやけど、帰ると、また、旦さんに怒られるのん、分かったある。「あんた、ちょっと、わたいの口上、思い出してえな。」って、何で、そんなもんが分かりますねんな。
ああ、そうそう、定吉っとんが言うのには、いつも、忘れもんしたら、おいど(お尻)を、お竹どんちゅう、力の強い、おなごしさんに、つねってもらう。そうすると、思い出すねやて。これまた、変わった子や。そやけど、しょうがないので、横におります番頭さんに、つねってもらうことになりますわ。「こら汚いケツやなあ。品が無い。」って、ケツに品があったら、お茶沸きますなあ。“けつひん”いうて。んな、アホな。鉄瓶やおまへんで。とりあえず、ひねってみますが、定吉っとんのほうは、全く、応えん。もっと力を入れまして、グッとひねりまするが、ウンともスンとも言わん。とうとう、番頭はんのほうが、根負けをいたします。硬いお尻ですにゃわ。てなこと言うております所へ、入って参りましたのは、関取。お相撲さん。たまたま訪れたんですが、今のこの話を聞きまして、定吉っとんのお尻を、つねってもらうことになりますわ。しかし、エライ人でっせ。相撲取りですもん。ちょっと、ひねってみますが、まだまだ、応えん。力を入れますというと、「はっけよい、のこった」って、相撲取ってんのん、違いまっせ。精一杯ひねりますというと、「こそばい」て。これも、あきまへんでしたわ。
次に入って参りましたのは、大工の棟梁。この方も、話を聞きまして、やってみましょうと。しかし、ひねってしまうまで、後ろを振り返っては、いかんと。ちょっと、触れますというと、つべたい。年寄りやさかいに、手が冷たいのか知らんと、つねってもらいますというと、「痛〜い!」。どんな手してんのかいなあと、後ろを見ますというと、釘抜きで、つねってはんねやね。道理で、最初が、つべたかったはずですわ。ほどほどのところに、緩めてもらいますというと、やっと、口上を思い出してきた。「こんにちは、結構なお天気さんでござります。ご家内お揃いあそばして、ご機嫌よろしゅうございますか?私は、本町の佐平衛とこから参りました。当月二十八日には、月夜に釜抜きますによって、旦さんによろしく。」「何?当月二十八日には、月夜に釜抜く?これ、当月二十八日は、闇も闇も、誠の闇じゃ。」「あっ、ほな、うちの旦さんの言うたんは、鉄砲か知らん。」と、これがサゲになりますな。ちょっと、お分かりになりますまい。月夜に釜抜くは、お月さんの出ている、明るい夜にでも、釜を盗まれる、大変な油断の例えですなあ。しかし、この当月の二十八日が、ただいまの太陽暦の場合か、昔の太陰暦、旧暦の場合か、それは、知りませんけれども、とりあえず、月の出ないような闇でありますので、不思議に思って聞き返すと、闇に鉄砲で、定吉っとんが、“鉄砲か知らん”と。闇に鉄砲は、暗闇の中で鉄砲を使うこと、つまり、無駄なことの例えでございまして、その“鉄砲”と、ホラ吹き、ウソの意味であります、“鉄砲”をかけてあるものと思われます。どちらの、ことわざも、昔の、いろはカルタなんかには、入っていたようですので、ポピュラーな、一般常識の範囲内の言い草だったのでござりましょう。まあ、とりあえず、“月並み”という言葉を、“月夜”と間違って、“月夜に釜抜く”と言ってしまい、今度は、“闇”と言われたんで、“闇に鉄砲”で、“鉄砲”が出て来たということなんでしょうかなあ。ちょっと、分かりづらいですか。
上演時間は、十五分から二十分前後、長いものではありません。十分ぐらいでも、出来ますし。軽く笑いのある、寄席向きのネタでございますな。前座ネタとまでは、いきませんけれども、軽い感じの、ちょっとしたお笑いでございます。爆笑出来るものでは、ございませんので。前半は、定吉っとんと、旦さんとのやりとり。この辺は、他のネタと重複する所も、多いですので、聞き慣れた方には、お分かりかと思います。ただ、返事の仕方、奉公の訓戒やとか、“さん”付けなどなど、おもしろおかしくしては、ありますけれども、教訓をさりげなく言っているものでありますので、昔の奉公のあり方が、よく分かりますね。まあ、時代が変わりましょうとも、こんなことは、今でも通じる、おんなじことなんですけれども。ただ、本当に子供さんですから、口上の、舌が回らんとか、内容を忘れるといったことは、常のことだったのでござりましょう。後半は、十一屋さんへ行ってからの、やりとり。帰って、聞き直しゃぁ済むことなんですけれども、そこはそれ、旦さんに、怒られまっしゃろぅ。この辺が、かわいらしい、まだ子供ですな。お尻ひねったら、思い出すちゅうのも、おもろい話ですなあ。そやけど、番頭はんに、関取がひねっても、アカンて、ほんなら、常日ごろ、ひねってる、お竹どんちゅうのは、どエライ、力してはりまんにゃろなあ。それのほうが、気になりますわ。そして、釘抜きで、ひねってもらって、サゲになると。おもしろいんですが、何か、分かりやすいサゲは、無いものでしょうかなあ?現今といたしましては。というて、これぐらいで、サゲ無しも、おかしいですし。
東京では、『粗忽(そこつ)の使者』が、相当すると、されております。大枠は、一緒なんですけれども、細かい設定は、全く違います。お侍の、お使者ですもんな。上方の、商家の丁稚さんの使いとは、丸っきり、趣を異にしております。そやけど、お侍さんのほうが、大仰で、笑いのネタには、なりやすいですかな。所有音源は、桂春團治氏、桂ざこば氏のものがあります。春團治氏は、時間の限られた時なんかにも、たまにやったはります。旦さん・十一屋の旦さんと、定吉っとんとの間に、相当な人物の変化がありまして、おんなじ人がやったはんのかいなあと思うぐらい、それぞれが、それらしく見えますにゃね。番頭さん、相撲取り、棟梁なども。棟梁の釘抜きなんか、扇子ですけれども、ホンマに、つねってはるみたいですもんな。ざこば氏は、これまた、笑いが多く、おもしろいですなあ。定吉っとんが、小憎らしくも、かわいらしくて。
取り立てるほどのネタでは、無いかもしれませんけれども、難しい、硬い話ばかりでも、おもしろくありませんので、こんなんも、ちょっと入れといたらな、読む人が、おもろない。おもろないて…。『代書』より。
<21.2.1 記>
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