エエ時候になってまいりました。高速道路も、ETCを付けますというと、大都市圏以外が、土・日・祝日に、1000円になるというような、政策が実施されるようになりまして、ありがたい話ですなあ。と、口では言いながら、ETCも付けてませんし、土・日・祝日が休みや、おへんさかいに、何の関係も無い、ありがたさでは、ございますねやが…。ただ、こうなりますというと、行楽地なんかは、逆に、土・日・祝日しか、賑わいが無くなるんちゃうかというような、懸念もされておるみたいですなあ。まあ、そんな、お堅い話は、どうでもエエといたしまして、それでは、旅のお噂を一席。私も、久々に、3月には、お伊勢さんへお参りいたしましたので、『東の旅』より、参宮を済ませましての帰り道、近江路での、お話でございます。演題の通り、『矢橋船』と書きまして、“やばせぶね”と読みますねやね。近江八景でも有名な、“矢橋の帰帆(やばせのきはん)”の、あの地名の、矢橋(やばせ)でございます。船の大きさで、“船”と“舟”の漢字を使い分けする場合は、“矢橋舟”と題したほうが、適当ではないかなとは、判断の分かれるところであります。どっちでも、よろしいわな。

 東海道は、草津の宿から大津まで。陸路ですと、三里あると申します。この間をば、琵琶の湖上を船で行きますというと、一里で済む。しかも、座ったまま。というので、草津から、矢橋へ出まして、そこから、船に乗る。船頭さんは、お客さんを呼び込んでおりますなあ。「出しまっすぞ〜」と、一人でも、ぎょうさん乗ってもらうために、大声を張り上げております。乗り合いの船でっさかいに、そこそこ、お客さんを詰めますというと、出発なんですなあ。そやさかいに、詰め込まれて、窮屈なんも、かなわんと、お客のほうも、ちょっと、余計目に船賃を払うて、ゆっくり座ろうと。「三人で五人前」やとか、「二人で四人前」やとか、応対しながら、乗って行きなはる。「一人で一人前や」って、そら、乗り合いで、そのままでんがな。「二人で一人前」は、肩車するて。しんどなったら、途中で、上下交代。って、んなアホな。中に、一人のお侍、大小を持っておりますので、余計目に、船賃を払うてもらいたいところですが、「苦しゅうない」と。そっちは、“苦しゅうない”で済みますけれども、ひょっと粗相で、当たったりいたしますというと、“無礼者!”と、無礼討ちにされる。これが、かなわん。と思っておりますというと、また、物好きなお侍も居てなはる。二人連れですが、この、さいぜんのお侍さんと合わせて、三人で五人前払うさかいに、そのお侍さんの横手へ、席を取ってもらいたいと。すると、二人連れの、連れのほうのお侍が、“やめとけ”と。「そのほう、我々のお役目をお忘れか?お家の重宝、小烏丸(こがらすまる)紛失いたし、詮議のため、諸所方々(しょしょほうぼう)を経巡る(へめぐる)折から、あの浪人の腰の物、拵え(こしらえ)といい、鍔(つば)の様子、かねて様子知る、小烏丸に似ているとは、思し召さぬか?」「いかにも」っと、こら、なんじゃ、大層な話でんなあ。何ぞ、関係がありまんにゃろか?

 こっちは、そんなこと、知りません、どんどん、どんどん、客を入れて行く。「今日は、荷物が大きいので、一人で二人前」てなこと、言うてる人が、いてるかと思いますというと、ちっちゃな風呂敷包みを持った、お婆さん、「やっぱり、荷物持ってたら、二人前払わないかんかえ?」って、そんな程度では、よろしいがな。大きい鳥籠(とりかご)持ってなはる人もいる。この人、鳥さしで、ぎょうさん、雀を捕まえてきはったんですなあ。大津で、売ろうと思うたはんのか、とりあえず、生きたままでないと、値が下がるので、籠に入れて、持って乗りなはる。昔の、あの竹で編んだ、大きな鳥籠ですがな。こら、荷物といえども、四人前ぐらい払うてもらわな、どもならん。次は、戸板を持ち込んでくるもんがいる。その上には、病人さん。急病で、草津の医者では、どんならんというので、大津まで、診てもらいに行くて。しかも、横にしたままでないと、いかんというので、戸板のまま。「病人構わん、持ちもんじゃ。」って、んな、アホな。

 乗り前が決まりますというと、船頭さん、ゆっくりと船を出す。川や海ではございません、湖、琵琶の湖上でっさかいに、お天気もエエと見えまして、滑るが如く、船は進んでまいります。「気持ちよろしいなあ。あの山は、何と言います?」「比叡(ひえ)のお山です」「ひえ〜」って、また、分かりやすいギャグで。「こっちの山は?」「比良(ひら)のお山で」「ひらなんだなぁ〜」やて。「こっちは?」「あら、三上山(みかみやま)。一名、むかで山と。昔、俵藤太秀郷(たわらのとうたひでさと)が、大きなムカデを退治したんですと。あの山を、七巻き半してたというようなムカデを。」「大きいムカデでんなあ。」「七巻き半といえども、ホンマは、鉢巻きより、ちょっと短い。」って、シャレですかいな。八巻きより、半分、短いでっさかいにねえ。まあ、しかし、船の中ちゅうのは、退屈なもんと見えまして、色問答でも、しまひょかと。つまり、例題と致しまして、赤いもんを三つ、“赤い赤いが 赤いなりけり”と。「金時が 鯛ぶら提げて 火事見舞い 赤い赤いが 赤いなりけり」っと、こら、ようでけたある。金太郎さんが赤い、鯛が赤い、火事が赤いでねえ。「ほうずきで 赤子をあやす ささ機嫌」ウマイこと、でけたある。ほうずきが赤い、赤子が赤い、酒に酔うて、顔が赤いと。今度は、白で。「雪の日に 塩と砂糖を 舐めてみる 白い白いが 白いなりけり」って、どういうこと?雪の上へ、塩と砂糖を、こぼしてしもて、どっちがどっちや分からん。けったいな歌やこと。「白鷺が 城の番場の 雪の中」白鷺と雪と、城の番場の、お城の“しろ”で、白が三つやて。次は、青。「晴天に 海原見えて 松林 青い青いが 青いなりけり」と、こら、キレイな。晴天と、海原と、松林でね。ようある風景。「幽霊が 柳の下に 蚊帳を吊り」って、青いですけどね。幽霊が蚊帳吊るちゅうのも、やっぱり、蚊に刺されたら、かゆい、かゆい?黒は?「黒船が…」これ、やめときまひょ。昔の音源ですと、たま〜に入ってまんねけどね。失礼を。「黒牛の 背中に積んだ 炭俵」こら、黒牛と、炭俵で、黒いもん二つ。「荷が重とうて、苦労する。」って、言い訳が、おもろいでんな。

 もひとつ難しいもんで、次は、色変わり。「切り炭の おこった後が 灰になり 黒い赤いが 白いなりけり」と、これも、うまいことでけたある。「西瓜切り 食ろうた後は 種ばかり 青い赤いが 黒いなりけり」そうでんなあ。「色白の 男散財 程が過ぎ 白い赤いが 青いなりけり」どういうことだんねん?色白の男が、一杯飲んで、上機嫌。顔が赤うなったところで、後の勘定で、青うなると。説明を聞きますと、ようでけたある。てな、問答を聞きながら、どこぞの旦那でござりましょう、久助という供の者に言い付けまして、一杯飲もうといたします。手馴れたもんと見えまして、お酒に、手あぶり、燗を付けます用意を持参で、乗り込んでおります。っと、ここで、エライ忘れもん、燗徳利。これが無しでは、せっかく、火がおこっておりますのに、燗が付けられへん。この旦那、冷や酒では、お腹が下ると、そのまま飲むわけには、いきまへんねんな。酒の肴に、琵琶湖の魚、鮒やら小鮎の飴炊きも、用意してなはんのに。っと、この様子を聞きました、乗り合いの一人が、エエもん貸しまひょと。しびん。しかし、しびんで、酒の燗付けるてねえ。草津で、安かったんで、一つ、買うてきたとこ。サラは、サラで、まだ、中に、藁くずが詰めたあったぐらい。それでもエエと、旦さんは、借り受けまして、火鉢の中へ。これも、旅先での趣向と、洒落た旦那で、ぼんやりと、つかったところで、お味見、お味見。こら、なかなかの上燗でございます。

 自分だけ、楽しんでたんでは、そら、いかん。しびんを借りた方にも、お礼を。っと、飲まれておりました湯呑みに、燗徳利からといいますか、しびんから注ぎます。それでもまだ、気が悪いと見えまして、乗り合いの衆に、一杯ずつのお裾分け。「お〜い、こっち、まだ来てへんで〜。」って、あつかましい方でんなあ。旦さんのご好意やのに。「そやかて、わても、船賃払うたある。」って、付きもんみたいに言うてなはる。船賃払うたら、酒が付いてんのん、ちゃいまっせ。ブツブツ言いながらも、しびんから注いでもらいますというと、「こら、小便くさ〜いがな!」そら、入れもんが、しびんだけあって、そない思うのも、無理はない。しかし、ホンマに小便くさい。てなこと言うておりますというと、「あの〜」っと、病人が何か言うてる。「それ、私のんと、違いまっか?」こら、エライこっちゃ。小便入れた、しびんと、お酒の入ってる、しびんを、間違わはったんですがな。そら、色も、よう似たあるし。今度は、仕切り直しで、正真正銘のお酒のほうの、しびんから。「これも、小便くさいがな!」「あの〜」って、また病人さん。「さいぜん、小便した時、間違うて、そっちのほうに…。」どっちも、小便入ってしもたあるがな。わやや。おもろいですけれども。

 こんなことしながらも、今度はまた、無理問答を。理屈の合わん、無理難題で、問答を、しますねんな。“丸に四角で、長い短い”で、やりまひょかと。「つるべ縄 井桁に映る 月の影 丸う四角で 長し短し」と。こらまた、ウマイことでけたある。「丸盆に…」これも、やめときまひょか。こんなことを聞いておりましたのが、さいぜん、一人前と言うた、お侍。「身共も、やろうか。」やて。なかなか、洒落た方ですねんね。「大小の 鍔(つば)に四つ目の 紋どころ」つまり、刀で、丸・四角・長短を現してはるんですなあ。ウマイもんやなあと感心をしておりますというと、これもさいぜん、この方の隣りにと席を取りました、二人のお侍が、「卒爾(そつじながら)ながら」と、なんじゃ、いわくのある様子。西国へんの、お二方ですけれども、要するに、刀剣類が好きなので、この一人のほうのお侍の、刀を拝見したいということなんですなあ。「お断り申す。船中で、白刃(しらは)を抜き放つのも、異なもの。」って、そら、そうですわなあ。「しからば、着船の後、大津の宿屋でも、借り受けまして…。」「くどい」「しからば。ご同役。」っと、無理矢理にも、刀を抜き放つ様子。一人が、このお侍を押さえ付けまして、もう一人が、刀を取って、抜こうとする。その拍子に、刀の鞘が、これも、さいぜん言いました、鳥さしの持ち込んでまいりました、鳥籠に当たりまして、バリバリバリ。中の雀が、皆、飛び出してしもた。「何をするんじゃ!」と、鳥さしは、半泣き。「ご同役、ご油断めさるな!」っと、抜き放った刀、身構えますというと、一旦、空へ舞い上がりました雀が、再び、降りてきて、集まってまいります。「あれあれあれ?小烏丸抜く時は、烏群がると聞きしに、かく、雀の群がるとは…」よう見たら、刀が、竹光(たけみつ)やった。と、これがサゲになりますな。二人のお侍は、名刀・小烏丸を探し歩いておりまして、怪しい刀を見つけた。そこで、名刀を拝見するとか何とか、理由を付けまして、見ようといたしますが、持ち主は、たって断る。この断り方も、尋常ではない。そこで、無理矢理に引き抜きますが、この時に、鳥籠を破ってしまい、雀が飛んで行く。しかし、また雀が戻ってきたので、小烏丸には、烏ではないかと、不思議に思っておりますと、刀が竹光やったと。竹に雀ですのでね。それで、雀が寄って来たと。また、持ち主のお侍が、無性に嫌がった理由が分かりまっしゃろ。中身は、竹光でっさかいに、人に知られたら、恥ずかしいですわいな。

 上演時間は、二十分前後でしょうか。大ネタの、爆笑のという感じのものではございませんが、適度に笑いも多く、旅の話ですので、昔の寄席なんかでは、聞きやすいものであったのでござりましょう。冒頭、船に乗り込むところは、実は、サゲにもつながる、重要な場面ですので、お聞き逃しのないように、お願いしたいところでありますな。ボーッと聞いてたら、あきまへんで。様々な人の様子を描いておりまして、このお話が、お侍の出てくる、江戸時代であることも、お忘れなきように。ちょっとした場面でも、これは、違ってまいりますのでね。船賃の応対や、荷物のかさの高さなんかが、お笑いの材料でございます。下座から、水音なんでしょう、始終、太鼓の音は、聞こえてまいります。この場合は、琵琶湖なので、荒波の、波音では、ないんでしょうなあ。詳しくは、存じませんけれども。そして、いよいよ、出発いたします。一里と申しますから、そんなに、長い時間が、かかるわけでも、なさそうですが。最初の、“ひぇ〜”とか、“ひらなんだ”とか、“鉢巻きより、ちょっと足らん”というギャグの部分、実は、わたしゃ、意外と、好きなのでございまして、軽〜い感じの中に、思いもよらん笑いの渦に、落とされるような気がいたしまして。そして、色問答へと。『兵庫船』に、なぞかけ、『小倉船』に、考えもんの、なぞなぞ、そして、この『矢橋船』に、問答と。船中ちゅうのは、割りに、することおへんでしたんかなあ?でっさかいに、逆に、こんなおもしろい遊びが、伝え残っておりますにゃろねえ。最初は、色重ねで、三つ、同じ色の歌。それから、色変わりへと。よう、でけてまんな。

 というところで、お酒の場面に移ります。ここが、やはり、この話の中の、一番、おもしろい場面でしょう。お供の方が、燗徳利を忘れて、難渋しております所へ、また、うまいこと、サラの、しびんを貸してもろうて、一杯飲むと。そやけど、船の中で、一杯飲むのて、気持ちよろしいにゃろねえ。昔の手こぎの船で、周りの風景見ながら、風に吹かれてなんぞ。また、琵琶湖らしい、鮒の飴だきや、小魚の甘露煮なんか。“船賃払うたある”ちゅうのは、笑える所ですけれども。そんなん言うてるさかいに、バチ当たりまんねん。病人さんの小便やったて。それで、二度までも、混じって、してしもたて。ここは、一回だけの笑いと違いまして、まだ、かぶせてあるという、念の入った、爆笑場面でございます。感じといたしましては、『相撲場風景』とか、『禁酒関所』にも、お酒と、小便の違いが、出てまいりますけれども。そして、お侍が、無理問答に応えたところから、一気に修羅場となりまして、サゲになると。鳥籠を荷物として持ち込んだ、鳥さしが、キーワードになりまんな。烏と違いまして、雀でっさかいに。

 このネタは、桂米朝氏の復活ネタの中の一つでございます。残っていた場面なんかも含めまして、まとめ直されたとされております。色問答なんかの所は、砂川捨丸・中村春代さんの、漫才の中にも、ありましたな。どちらが先であったのかは、私らの知るところでは、ございませんけれども。また、このサゲは、東京の、そのものズバリ、『小烏丸』という話のサゲになっておりますし、上方では、同じ話ですが、『竹光』のサゲでも、ございます。というか、『竹光』が、『小烏丸』となったみたいですが。ちなみに、両者とも、『矢橋船』とは、全く別のストーリーなので、お間違いのなきように。

 所有音源は、その米朝氏と、故・桂枝雀氏のものがあります。米朝氏のものは、ゆっくりとした時間の流れの中に、お笑いがまた、出てくるというような、のんびりとした船中での感じが、よく出ておりました。サゲ前の、“どないなんのんかいなあ?”という緊張感が、ございますなあ。枝雀氏は、多分、お若い頃しか、演じておられないように思いますが、抜群に、おもしろいものでござりました。病人さんが、“あの〜”なんて言う所、独特の、おかしさがございましたなあ。

 前から、そんなに演じられることが、ございませんので、珍しい話のうちではございますけれども、好きなものの一つでございます。たま〜に聞かせていただきたいですなあ〜。

<21.5.1 記>


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