先日、露の五郎兵衛氏がお亡くなりになりました。また、一時代の終わりを告げるような感じがいたしまして、寂しい限りでございます。故・二代目桂春團治氏に入門されておりますので、当代の、三代目春團治氏の弟弟子になられます。桂春坊・小春團治、そして露の五郎、最後は、露の五郎兵衛の名前でございました。華やかな高座で、よく透き通ると申しましょうか、響き渡ると申しましょうか、張りのある、お声でございまして、普通の落語とは、一味も二味も、違った印象を、いつも受けておりました。ちょっと珍しい手のネタも、多かったですしねぇ。だいたいは、お笑いの多いものでしたが、芝居噺もやったはりましたし、関西では珍しい、続きもんの怪談噺も、やったはりました。関西で、夏場と申しますというと、一時期、もう、露の五郎さんの怪談話が毎年のように、当たり前のように、風物詩となっておりました。ラジオでも、テレビでも、これが無かったら、夏終わらんちぇな具合に。まあ、そんな数ある印象深いネタの中から、追悼の意味も込めまして、『夢八』を。って、まさに、縁起悪いですが…。本来の正式名称は、『夢見の八兵衛』と申すんでしょうなあ。
主人公は、その八兵衛、八っつぁん。甚兵衛さんに呼ばれて、お家へとやってまいります。また、遊んでる、仕事無いちゅう話でっさかいに。というのも、この八っつぁん、ある病気で、それで、仕事が続かへん。それが、お題の通り、すぐに眠とうなって、夢を見るて。変わった病気でっしゃろ。この前も、夜番の仕事で、番小屋で夢見てしもたて。起きてな、アカンのに。それも、火事の夢。フッと我に返って、表へ飛び出すなり、『火事や!』言うてしもた。さあ、それ聞くなり、町内、大騒ぎ。って、当たり前や。しかし、甚兵衛さんが世話をしようというのは、釣りの番。しかも、弁当付きで、一晩、座ってたらエエて。えらい楽な仕事や。しかし、割り木を一本だけ持たします。
途中、一軒、とある家に寄りまんねんな。おなわはんて、女のお方の家。「どんな具合や?」「それがさあ、検死が明日になりまして、そのままにしとかな、いかんちゅうので、釣ったなり。近所、怖がって、誰一人として、いやしまへんの。他へ泊まりに行く言うて。」なんじゃ、ちょっと、けったいな具合違います?それでも、うってつけの男が居たと、八っつぁんを紹介いたしまして、鍵と、重箱に詰まった弁当を受け取ります。そして、いよいよ、仕事場へ。いうても、なんじゃ、長屋の、とある家でっせ。釣りて、この魚釣り違いまんにゃろか?座敷では、魚釣り出来まへんさかいなあ。「お邪魔します」って、ここらが、アホでんな。鍵開けて入ってんねやさかいに、誰も、おれへんがな。とりあえず、暗〜い所ですが、ここで、一晩じゅう、何にも起こらんか、番をしてたらエエねやて。ほんに、楽な仕事や。これで、弁当付き。包みを開けますというと、煮しめに、握り飯。また、この、高野豆腐が、うまいこと炊いたある。米の飯、握り飯も、会うのは久しぶりや。喜んで、食べ始めますが、お腹ふくれて、寝てもろたら、どんならん。そこで、さいぜん持ってまいりました、割り木で、板の間を叩いて、その音で、寝かさんようにしようと。甚兵衛さんも、さすがですなあ。トントンと叩きますというと、なんじゃ節が付いてるようで、なかなかおもろい。片手に割り木、もう片方に、握り飯を持ちまして、トントントンと。しかし、けったいな仕事やね。これだけで、朝まで居てたら、エエねて。甚兵衛さんは、帰りかけますが、「そこに、ムシロが吊ったあるやろ。ムシロの向こう側は、見んようにしいや。」てな、けったいなこと言いながら、外から、鍵を掛けて、帰った様子。別に、鍵掛けんでも、エエのにねえ。
トントン叩きながら、弁当を食べておりますけれども、しかし、“見るな”と言われると、余計、見とうなるのが、人情というもの。ちょっと、覗いてみますというと、誰やら、居はる様子。挨拶しますが、返答が無い。しかし、背の高い人でんなんあ。よう見ると、ムシロから、頭が、はみ出したある。下を探りますというと、何にも無い。エッ、足無いの?違う違う、吊ってはんねん、吊ってはんねん。釣りの番やのうて、吊りの番。つまり、首吊りの番やったんですなあ。こら、怖いですがな。しかし、アホのこってすさかいに、トントン叩くのと、弁当食べるのは、咄嗟に、止めません。手が震えて、持っておりました割り木が、ムシロへ当たりますというと、パラッと落ちる。首吊りとご対面!って、こんなん、かなんわ。折しも、この長屋に、年古うから住んでおります、猫でございますなあ、尾も二つに分かれているというような、化け猫、屋根の上をば、ミシッミシッ、「んニャ〜オ〜」。「おなわは〜ん、呼んだはりまっせ。」って、違う、違う。この猫が、天窓の上から、中を覗きますというと、アホがエライ泣いとおる。一つ、怖がらしたろというわけで、首吊りめがけて、息をば一つ、フッーと吹きかけますというと、ぼちぼち、首吊りが物言い始めたん。怖いでっせ〜。八っつぁんも、怖いもんでっさかいに、決して、怪しいもんやないと言い張りますけれども、とりあえず、陰気くさいもんでっさかいに、首吊りが、「伊勢音頭唄え」やて。また、陽気な首吊りや。「伊勢は〜津で〜も〜つ〜 津は〜伊勢〜でも〜つ」「よい よい」って、囃子要りまへんがな。余計、怖い。唄うておりますうちに、縄が切れましたもんとみえまして、八っつぁんの前へ、首吊りがドスン。「ウゥ〜〜」
明くる朝、甚兵衛さんが、おなわはんの家を訪れまして、様子を聞きますというと、夜中までは、トントン音がしてたかと思うたら、ピタッと静かになったて。あれだけ言うといたのに、こら、どうも、寝てしもたんちゃうかいなあと、問題の家へ。鍵を開けて、中へ入って、ビックリ!!八っつぁんが、首吊り抱いて、寝てる。「こらっ、起き、起き!」「唄います、唄います。伊勢は〜津で〜も〜つ〜。」「ははぁ、伊勢詣りの夢見とおる。」と、これがサゲになりますな。つまり、よく、夢を見ると言っておりましたので、寝言で、伊勢音頭を唄っており、それで、伊勢詣りの夢を見ているのかと。本当は、化け猫の仕業やったんでしょうけどね。しかし、話としては、けったいな話でんなあ。
上演時間は、三十分前後でしょうか。内容が無いように思えて、意外と、筋の運びがありますし、しっかりしたもんかいなあと思いきや、なんじゃ、不思議な話で。怪談じみた話のようで、笑いは、多いですし。冒頭は、八っつぁんと、甚兵衛さんの、やりとりですが、要するに、何をするにも、寝ぶたい、夢を見ると。我々でも、多少、眠とうなることは、ありますけれども、そう、再々、夢見て、失敗するちゅうのは、こらもう、落語の発想ですな。そんなこんなで、仕事が無いので、釣りの番を世話する。池や沼かいなあと思いきや、場所は長屋。途中、おなわはんの家に寄ったりするところから、ちょっとは、想像付きます?エライ仕事やて。問題の家に入りまして、眠気防止に、割り木で、拍子を取りながら、弁当を食べる。握り飯に、高野豆腐やなんか、うまいこと食べはりまんなあ。それから、甚兵衛はんが帰りましてからが、このお話の、聞きどころになってまいります。いよいよ、どないなんねやろ?しかも、何で、こんなことして、一晩明かさんならんにゃろ?我々、聞き手も、予想しなかったような展開へと、話は進んで行きます。釣りの番やのうて、首吊りの番でしたんやなあ。ここへ来て、初めて分かるのが、このネタの、おもしろい所。ビックリする所でも、ございます。しかも、演者の、仕草付きで。手拭いで、首吊らはんねん。ここで、話は終わりません、もう一つ、怖い目が待っております。化け猫が、性根を入れまして、首吊りが、しゃべり出す。恐怖心に駆られて、八っつぁんが、伊勢音頭を唄う。まあ、『七度狐』の、おさよ後家に似てますにゃけどね。それから、目回して、首吊りを抱いて、寝てしまう。ここら、やっぱり、夢見の八っつぁんやね。明くる朝、甚兵衛さんと、おなわはんが、起こしに来たところで、サゲになると。ホンマ、どないなんのんかいなあと思うて、どないもならん話ですわ。誰が、考えはったんやろ?
東京では、あまり聞きませんね。あるのは、あるんでしょうけれども、やはり、上方のネタであるようです。所有音源は、故・六代目笑福亭松鶴氏、故・桂小南氏、それに、冒頭に述べました、五郎兵衛氏に、桂雀々氏のものがあります。近ごろは、あんまり、出ませんので、珍しい部類のネタでございますけれども、昔は、結構、演じられていたようです。松鶴氏のものは、冒頭に、夜番のコンテストの話や、それからの夜番の仕事の話がありまして、これが、前半の一つのお笑いになっております。だいたいは、こんなネタやったんでしょうか?詳しくは、存じませんねやけれども、全体的に、お笑いは多かったですな。小南氏のものは、東京の寄席でのものでしょう、コンパクトに、首吊りをメインに、お笑いを取っておられました。長いバージョンも、やったはったんでしょうけどねぇ。五郎兵衛氏のものは、笑いも多いのは、多いですけれども、前半を、やや押さえてあって、首吊りがヤマ場になるという、まさに、怪談調の、話に引きずり込まれるという、話芸の真髄に迫るものでしたな。特に、釣りの番が、首吊りと判明するまで、ほとんど、分かりませんねやもん。キュッ〜と引っ張っておいて、ちゅうとこですなあ。マクラでは、丁寧に、自分の背中と、伊勢詣りの説明をされておられます。ご自分でも、おっしゃってましたけど、本当に、寝言(ねごと)いいだったんでしょうかなあ?『天狗裁き』の桂米朝氏も、おっしゃっておられますが。雀々氏のものは、こらまた、ご陽気な、おんなじネタでも、全く違うような、おもしろいものでございます。首吊りも、可愛らしいでんな。
とりあえず、こんな話、どういう経緯で、でけましたんやろ?夢を見る男が、首吊りの番をするて、ものすごい特殊な設定でございますよ。なかなか、考え付きまへんで。しかし、五郎兵衛さんも、今でも、物言うてそうな。
<21.6.1 記>
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