5月の最終でございましたけれども、2番目の姉が引っ越しをいたしました。別に、何をしたわけでも、ございませんねやけれども、なんじゃろと、うちにも、言うて来たはりましたわ。ほん近くの宿替えですのにねえ。見えたあるような場所への移動だけでも、一家の家財道具というものは、それなりに、あるもんでございまして。そこで、今月は、そのものズバリでございます、『宿替え』を。ただ、ここの家も、神戸でしたんで、インフルエンザのさなか、エライ引っ越しやったみたいです。
人の一生のうちでも、なんべんとはございません、宿替え当日ともなりますというと、夫婦のもんが、もめるのは、明らかな話で。主人公のおやっさんが、一反風呂敷を広げまして、荷物を運ぼうとしております。この前も、奈良の大仏っつぁんを、風呂敷で持って帰ろうとしたて。んな、アホな。とりあえず、一番下に、安定感のあるもんを、櫓炬燵(やぐらごたつ)の櫓を、やぐらと。先に、畳を上げておりますので、根太(ねだ)やなんかが出ておりまして、足元が危ない中、おかみさんに、持って来てもらいますわ。次が、漬けもんの重し。って、櫓の上へ、重しの石て、壊れまっせ。「そういう手間で、ハイと言えんか?」って、無理が出来てきますでぇ〜。漬けもんの重しが、おもしと。それから、継ぎ布(きれ)の入ったあるボテ。ボテ箱ですな。竹やなんかのカゴに、紙貼ったある。これを、ボテと。
それから、おまるがキレイに洗うたあるさかいに、その中に、稲荷さんの道具と、金神(こんじん)さんの道具を入れて、一緒に。って、バチ当たりまっせ。神さんのもんを、おまるの中にて。「おんなじ、木の端(はし)で、でけたある。」って、そら、理屈ですけどな。昔の、木の、おまるですわいな。この前の洪水で、おまるが流れてる横で、稲荷さんの道具も、流れて行ったて。おまると。それから、酒飲みの道具の瓢箪を、ひょこたんと。おかみさんのもんですけれども、針刺しを、はりさしと。こんな軽いもん、袂(たもと)でも、入りまっせ。それから、子供の竹とんぼを、たけとんぼと。これも、何で?
とりあえず、こんなけを運ぼうと、風呂敷の端を結びまして、細帯を掛けますわ。胴括り(どうぐくり)をいたしまして、荷物がバラけんようにしまんにゃね。近所に挨拶に回っておくようにと、おかみさんに言い付けまして、先に…。って、風呂敷持ち上がりまへんがな。重たすぎんねやろうと、「竹とんぼ取れ」やて。そんな軽いもん、取ったところで、何のたしにも、なれしまへんがな。「取ったら、取ったと言わんかい!」って、気のもんですか?まだアカン。「針刺しやみな、お前のもんなら、お前が持って行け。」って、針刺しをはずしても、まだアカン。おまるは、ニオイがするさかい…。なんぼやっても、あきまへんで〜。さいぜん、胴括りをすると言うて、下の敷居も、一緒に括ってはんねや。なんぼ宿替えちゅうてもねえ、家ごとは、持って行けまへんで。
おもろい、おやっさんで、荷物をまとめまして、「おらぁ、先行くで」と、ポイっと表へ出ます。おかみさんのほうは、後片付け、挨拶回りも済ませまして、宿替え先の家へ来てみますというと、先に来ておりますはずの、おやっさんが、まだ来ておりません。とりあえず、新しい家の掃除を済ませまして、火鉢の傍で、一服しておりますところへ、おやっさん、汗の小一升も、かきまして、やって来よった。背中の荷物や、もうみな、ひょこ、いがんでますわいな。「あ〜、えらかった」って、何でんねん?前の家出ましたところで、ドンチャン、ドンチャンいう音がしますので、聞いてみますというと、東西屋はん・チンドン屋はん。おもろいもんでっさかいに、付いて行ったれ思うて、歩いて行たら、松島まで行てしもた。こらいかん、今日は、宿替えやわいと、歩いてたら、向こうのほうで、また賑やかな音。何かいなあと聞いてみますと、法華の提灯行列。ドンツク・ドンドンツク、南無妙法蓮華経〜。って、これも付いて行たら、今度は、玉造まで行てしもた。西と東でんがな。こらいかんわいと、今度こそ、歩いてたら、向こうから、自転車乗ってるのんと、行き会いになってしもた。こっちは、大荷物を持ってますので、危ない。と思うた拍子に、自転車ごと、横手の茶碗屋の店先に。ガラガッチャン、ガッチャ〜ンと、瀬戸もんが割れてしもた。奥で、赤ん坊寝かしつけてた嫁はんが、地震か何かと間違うて、表へ出た拍子に、自動車と衝突しかけて、子供を落としかけたら、向こうから、腰の曲がったお婆さんが歩いて来はって、その背中へ、ちょうど、赤ん坊が乗ったん。その拍子に、お婆さん、横手の溝へ、はまらはった。こらエライこっちゃと、おやっさん、交番へ飛び込むなり、ガラス三枚割って、じゅんさんに、エライ怒られた。事情を話すと、そら、先に、医者呼ばな、いかん。隣りやちゅうので、病院の先生に、こうこうと言うと、一緒に連れて行く。現場へ着いたら、入院ささないかんちゅうので、おやっさん、お婆さんを肩車して、連れて行こうとする。そやけど、『股割んのん恥ずかしい』言わはんのを、無理矢理に運び込んで、それから今、着いたて。そら、エライわ。ほんでまた、そんなけの話すんのに、荷物降ろしてから、しゃべったらエエのに。まだ背負うた、なりですがな。
「それはそうと、昨日来て、掃除しといたて、どこ掃除したん?」「どこ掃除したて、そこら掃除して、棚まで吊って…。わいの吊った棚、あれへん。」「あれ、あんたが吊ったんか?徳用のマッチ箱乗せたら、落ちたがな。」って、たよんな〜い話でんなあ。「わいの吊った棚には、物乗せるな。」って、んな、アホな。とりあえず、ほうきみたいなもん、下へ置いといたら、揉め事が絶えんちゅうさかいに、ほうきを掛けるのに、釘を一本打って欲しいて。ここら、やっぱり、女のお方で、男の力を借りなければ…。てなこと言いながら、おやっさんは、金づちで、釘を打ち始めますわ。こういうことが出来るのも、おやっさんが達者なりゃこそ。人間の体は、いつどうなるや分からん。そうなってしもた後で、『あんなパンみたいな、おやっさんでも、うちの人が、居てくれたらなぁ〜。』てなこと思うても、もう手遅れ。夜も、一人寂しく寝んならん。春・夏はエエとして、秋の夜長に、ふと目を覚まし、あまりの懐かしさに、お仏壇から位牌を取り出して、乳の間へグ〜っと挟んでも、もう、気持ちエエことも何とも無い。って、当たり前やがな。
そんな妄想は、よろしいねけど、とりあえず、さいぜん、ヨシに会うたら、宿替えなら、行く言うてたんで、来よったら、放っとかれへん。すき焼きで一杯飲まそう。肉にネギと、糸こんにゃく、酒の五合ほど…。「結構な話ですけど、そんなお金が、どこにおますねん?」「三年前の暮れに渡した。」「そんなもんが、いつまであると…。」「そういう手間で、ハイと言えんか。」ゴジャゴジャ、ゴジャゴジャ言いながら、なんじゃ、おかしな具合でっせ〜。どうも、しゃべってるうちに、釘を打ち込んでしまいなはってんなあ。ほうきを掛けるだけやのにね。しかも、八寸の瓦釘。ようそんな長いもんが、柱へ打てましたなあ。違う、違う、壁へ打ったはんねん。長屋の壁いうたら、薄〜いもん。釘の先が、隣りへ出てて、ひょっとケガでもしはったら、エライ騒動。隣りへ、謝りに、事訳けに言いに行かないかん。
「こんにちは。お宅へさして、出てまへんか?」「へぇ、エライ藪から棒でんなあ。」「いいえぇ、壁から釘でんねん。」って、その通りですけどね。「わたい、近所へ、宿替えしてきたもんですけどねえ。」「ああ、何でも貸しまっせ。」「釘を打つのにね」「金づちでっか?」「金づちは、要りまへんねん。」「釘抜きでっか?」「釘抜きも、もう手遅れで。釘を、打ち込んでしまいまして、ひょっと、その先がお宅へ、出てまへんか?」「どの辺へ、打たはったんです?」「横手の壁へ」「それやったら、隣りへ行きなはれ。うちは、向かいでっせ。」って、なんぼ長い釘でも、往来通り越して、向かいへは、行きまへんわなあ。ホンマ、慌てもんで。「こんにちは」「もう、行て来たんか?」て、こら、うちやがな。隣りの家へ、行かなあきまへんがな。
今度は、至極、落ち着いて、「こんにちは。隣りが、空家やったんは、こちらさんですか?」と。こらまた、回りくどい言い方で。「でしたけど、さいぜんから、宿替えしてきはったような、ご様子で。」「それは、わたいでんねん。ちょっと、あつかましいようですけど、上がらしてもらいます。」っと、上がって、一服しながら、「用事がありますねやけれども、お宅にも、奥さん、おられますか?うちにも、一人居てますが、わたいが住んでた家の路地角に、最上屋はんちゅう、質屋はんがおまして、あれは、そこで、おなごししてたんです。仕事の行き帰りに、会うもんでやっさかいに、手伝い(てったいの)又はんが…。」何の話や。一緒になった当座は、仕事へ行くと、寂しがるんで、三日に二日は休んで、一緒に…。何これ?とりあえず、その嫁はんが、やいやい言うもんでっさかいに、釘を打って、壁へ打ち込んでしもたんで、その先が、お宅へ出てまへんかと。「どの辺です?」「日めくりの、カレンダーの掛かってる、横手です。」って、そんなもん、分かるかいな。隣りの家やのに。「いっぺん、家帰って、どこならどこ、ここならここと、叩いてみなはれ。」と言われまして、また、自分の家へ戻りまして、壁を叩きますわ。
「お隣りのん、いきまっせ。どこならどこ、ここならここ。」って、ほんにアホ声ですわいな。と見ておりますというと、奥の間の、お仏壇が揺れてる。とりあえず、叩くのを止めさしまして、お仏壇を開けてみますというと、阿弥陀はんの喉の横手から、釘が…。こら、騒動でっせ。隣りを呼びますというと、「お宅は、浄土真宗ですか?」って、そんな話違いまんがな。「阿弥陀はんの横を見なはれ!」「あら、あんたとこ、あんなとこへ、ほうき掛けまんの?」「あら、あんたが打った釘やがな。」「ああ、うちのですか?困りましたねぇ。」「何が?」「毎日、ここまで、ほうき掛けに来んならん。」んな、アホな。しかし、このおやっさん以外に、釘の打てるような、手頃な男衆は、主人公の家には、居てまへんのかいな。てなことで、慌てて思い出した。おじやん、親父を二階に寝てるまま、前の家に忘れてきた。「あんた、どこぞの世界に、親を忘れる人がおますかいな。」「親ぐらい何でんねん。わたいら、酒飲んだら、我を忘れてしまいます。」と、これが元来のサゲでございますね。宿替えのどさくさに、前の家に、主人公の父親を、二階へ忘れて来ましたんやなあ。それを言われて、親ぐらいは平気なもんで、“我を忘れてしまいます”と。そそっかしい人、粗忽(そこつ)者といえども、あんまり感心したサゲではありませんので、“毎日、ほうき掛けに来んならん”で、サゲにされておりますほうが、多いようですね。分かりやすいですし。
上演時間は、三十分前後。割り合い、膨らましの効くものでございますので、たっぷり演じられておりますね。内容・筋書きだけですと、もっと短くなりますけど。それでは、おもしろみが無いんでしょうなあ。全体を通しまして、お笑いの連続で、筋はありますが、バカバカしい、おもしろいお話でございます。最初のお笑いは、どんどん、どんどん、宿替えの荷造りをしていくところ。実は、ここでは、実際の、おかみさんが出て来ませんねやね。おやっさんの独り言のように、横から言われているという状況で。これがまた、なお一層、おもしろみを増していると申しましょうか、特殊な演出のようで。胴括りを指摘する場面で、初めて、おかみさんの登場。ここらが、キューっと引っ張るだけ引っ張っておいて、大笑いになるという。なかなか、ようでけてますな。しかし、おまるの中に、稲荷さんと金神さんの道具て。漬物石いうたかて、結構、これだけで重たいよ。場面は、新しい家へ。しかし、家の話ではなくって、先に出た、おやっさんが、随分遅れて到着した理由が、これまた、お笑いの材料ですな。西と東へ行き分かれまして、それから、自転車にぶつかるて。この辺は、演者の創作で、いろんなもんが入りますし、また入れてもよろしいわな。たしか、初代の桂春團治氏なんか、肥えたんご被ったり、犬のじゃれ合いとか出てませんでしたかいな?うる憶えですけれども。それから、釘を打ちますが、これがまた、素直に打てん。乳首の間に、位牌挟むて、あんなん、誰が考えはったんやろねえ?それが打ち込んでしまいまして、先が出てないか、ことわりを言いに行く。しかし、八寸の瓦釘て、よう持ったはったな。五寸釘でも、たいがい、長いでっせ。しかも、壁にて。それにも増して、向かいに聞きに行くて。おもろい、おもろい。それから、落ち着いて、隣りへ行きますが、今度は、落ち着きすぎて、嫁はんとの馴れ初めから話し出して、ようやく釘のところへ。主人公の家では、日めくりの横ですが、隣りの家では、お仏壇の、阿弥陀はんの横手になりまして、サゲになると。ホンマ、お笑いの多い話でございます。息付く暇も、ございませんな。
東京では、『粗忽の釘』、内容は、ほぼ同じでございます。ただ、やはり、上方からのものなのかなと思う気は、いたしますが、実際には、どうなんでしょう?所有音源は、故・三遊亭百生氏、故・桂枝雀氏、桂文珍氏、桂雀三郎氏、林家染二氏などのものがあります。百生氏のものは、二十分そこそこまでのものですが、実に、要を得た感じでありまして、割り合い、テンポが早く、引っ越しの臨場感が、出ておりましたね。ごく、おもしろいものです。枝雀氏は、十八番のネタでございまして、これにもっと膨らみを持たした感じになっております。やはり爆笑の型ですな。おかみさんが、かわいらしいですよ。文珍氏のものも、爆笑で、おかみさんが出てきてからの、実際の夫婦のやりとりが、鮮明で、おもしろかった記憶があります。雀三郎氏は、これまた枝雀氏譲りのものか、おもしろい、動きのある、楽しいものでございました。染二氏も、パワフルに、頑張っておられまして、爆笑ですな。
多分、演者の皆様方、疲れはんの違います?結構、動きもあり、声も要りますし。おもろいですけどな。引っ越しセンターに引っ越しを任せる時代とはいえ、夫婦のやりとりは、いつになっても、変わらんようで…。
<21.7.1 記>
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