
暑中お見舞い申し上げます。今年も、暑い夏になりました。この、真夏の宵には、これまた、なんじゃ、けったいな噺を、一つ聞いていただきましょう。大した理由はございません、『ぞろぞろ』でございます。おもろいことも何ともないような、不思議〜な話でございます。
世の中が、明治てな時代になりますというと、ご一新の名のもとに、いろんなものが変わってまいりました。大阪は、赤手拭(あかてぬぐい)のお稲荷さんも、参詣人が、すけのうなったとみえまして、門前の茶店、腰掛茶屋の年寄り夫婦も、その日の暮らしに困るというような、生活ぶりになってまいりました。もう、店に残ってるもんだけ売ってしもうて、それで、店を閉めようと、相談をいたしております。しかし、おじいさんが言うのには、この赤手拭のお稲荷さんほど、何のご利益も無い神さんは、あれへんと。おばあさんが止めまして、バチが当たると。しかし、バチ当てるほどの甲斐性すら無いのとちゃうかて。おじいさん、お稲荷さんには、朝昼晩と、毎日お参りをしておりますけれども、何にも効かん。参詣の人が、すけのうなるばっかりやて。今日も今日とて、朝から、一人のお参りも無い。
しかし、そう言うてやるもんではないて。何日か前に、おばあさんが、お寺のご法談で聞いてきた話をいたします。七つの年から、お念仏を唱えたはった、あるおばあさんが、八十いくつで、地震の家の下敷きで、亡くならはった。そのおばあさんは、いつでもどこでも、南無阿弥陀仏と念仏唱えたはった。下敷きになった際にも、南無阿弥陀仏ちゅうて、死なはったんやそうな。当然、極楽へ行けると思いのほか、地獄へ落とされてしもた。閻魔はんのお裁きを受けることになって、閻魔はんの前で、『私は、始終、お念仏を唱えておりましたのに、どういう訳で、地獄へ落とされんならんのでございますか?』と申し開きをしはったて。『そうか。その念仏を持ってきたか?』『はい、長持ちに三杯。』『今から、それを調べてやる。ふるいにかけて、下へ落ちるような念仏は、役に立たん。残ったもんだけが、ホンマの念仏や。』と、ふるいにかけ出すと、皆、下へ落ちてしまう。最後に、一つだけが、ふるいの中に残った。これが、さいぜんの、下敷きになった時に出た、南無阿弥陀仏であったと。
要するに、単に念仏唱えてるだけでは、何の意味も無い。心から底から、一生懸命に、心を込めて、お祈りをせないかんということですなあ。そやさかいに、お稲荷さんへお参りするのんでも、もっと、心を入れてお参りしてみては、どうかいなあと、おじいさんにすすめます。苦しい時の神だのみ、まさに、この言葉通りでございまして、おじいさん、井戸端へ出まして、頭から水をかぶって、水垢離(みずごり)をいたします。それから、お稲荷さんへ、一生懸命のお参り。“どうぞ、参詣人が増えますように。年寄り夫婦の暮らしが立つようになりますように。”
店へ帰ってまいりますというと、ポツポツと雨が降ってまいりました。参詣人が無い上に、雨まで降り出してはと、諦めておりますところへ、一人のお客さん。わらじが欲しいて。ちょうど、売り収めにと、たった一足だけ残っておりました、わらじを十六文で売ります。これも、ご利益の一つかいなあと、感心しておりますところへ、「ごめん」と。この人も、わらじが欲しいて。しかし、さいぜん、最後の一足を売ってしもたんで…。「このわらじ、売りもんと違うのんかえ?」へぇ?とりあえず、十六文で売ってしまいましたけれども、ボケたはったんやろか?二足あったんやろか?としているところへ、またまた「わらじを」って。もう無いさかいにと思うておりますが、「このわらじ、売らんつもりか?」へぇ??「十六文でございます。」ビックリいたしまして、おばあさんを呼びますわ。吊ったある、わらじを一足売りますというと、元通り、ぞろぞろっと、わらじが一足下がってくる。「わらじを」「十六文でおます」っと、ほれ、しばらくしたら、新しい、わらじが出てくる。こら、エエ商売ですわ。元手要らずで。税務署、怪しみよるやろけどね。仕入れ、おへんにゃし。そんな話は、どうでもエエといたしまして、とりあえず、お稲荷さんのご利益が、大いにあったわけでございますなあ。
と、その向かいに、床屋さんがございまして、不精(ぶしょう)床と呼ばれるぐらい、不精なおやっさん。気の毒なことに、向かいの茶店も、もう終わりか。品もん売ってしもたら、店閉めよるでと、見ておりますというと、わらじ提げて、出て行く客が、どんどん、どんどん。こら、ちょっと、おかしな具合やと、茶店へやってまいりまして、たんねてみますというと、わらじが出てくるて。新しい機械か何ぞかいなあと思いきや、そやないん。お稲荷さんのご利益やて。エエこと聞いたと、このおやっさんも、水垢離をいたしまして、お稲荷さんに、参詣をいたします。「どうぞ、私にも、ご利益をお授けくださいませ。向かいの、わらじと、おんなじご利益を。わらじと、おんなじご利益を。」
効果は、てきめんでございまして、店へ帰ってまいりますというと、もう、お客さんは、いっぱいでございます。こら、ありがたい。お客が帰ったら、また新しいお客が、ぞろぞろと。っと、考えておりますけれども、とりあえず、早いこと、一番から済ませないかん。根が不精ですから、熱いタオルと申しますか、手拭いと申しますか、あれを、お客のほうに、自分で当ててもらいまして、ヒゲを当たろうと、剃りかけますというと、あれあれっ?ひょいと見ますというと、剃れた後から、ヒゲが、ぞろぞろ、ぞろぞろ…。これがサゲになってございます。要するに、“わらじと、おんなじように…”と願を掛けましたので、わらじと、おんなじように、ヒゲがぞろぞろ、ぞろぞろ出てくると。いつまで経っても、剃り終われへんがな!不思議な話でっしゃろ。
上演時間は、十五分から二十分前後。もちろん、長くやるものでは、ございませんでしょうなあ。笑いというても、ほとんど、ございません。何がおもしろいねん!といわれますというと、こらどうも、こっちも、困ってしまうのでありますが。落語には、えてして、こういう類のものが、ございますけれども、おもしろいだけでは、これも、話として、成り立たない要素もあるのでございまして。冒頭は、寂しい限りの話ですな。老夫婦が、商売に困って、店閉めようて。近ごろ、よく聞く話ですのでね。ホント、個人の店は、やりにくなりました。そこで、寺方のご法談を参考に、心を入れ替えて、お稲荷さんにお参りをいたします。そのまた、ご利益の出方が、おもしろいこと。お客さんが来るのは来るんですが、わらじが、ぞろぞろ出てくるて。ホンマやったら、ビックリするやろね。仕入れ要らずで、ほん、ありがたい。これを見ておりました、向かいの、床屋のおやっさんが、おんなじように、お稲荷さんに参詣いたしまして、ご利益を得る。しかも、ヒゲがぞろぞろ。しかし、こんな不思議な話、誰が考えはったんやろねぇ?ちなみに、私は、毎日、ヒゲ剃んのん、邪魔くさいので、永久脱毛して欲しい派なんですけれども。
東京でも、同じ題で、同じ内容、場所が、四谷のお岩稲荷になっていると、されております。って、書いたのは、実際には、聞いたこと無いので、すみません。あまり、演じておられないみたいです。それは、関西でも同様で、そうそう、聞く機会のあるネタでは、ございませんね。所有音源は、桂九雀氏のものがあります。主人公は、最初から、床屋さんの話となっておりまして、茶店の、わらじのことは、聞いたという設定でございました。何ともいえん、淡々とした、しゃべりの中に、ちょっと、くすぐりもございまして、味わいがありましたな。こんな話ですのに、割り合い、笑いも、取ってはりましたよ。たしか、故・橘ノ圓都氏も、やったはったものを、聞いた記憶が、ございます。上記のものは、この拙い(つたない)記憶のものでございますが。
しかし、何ともいえん話ですわ。怪談チックでは無いにしても、真夏の宵に…。って、聞けへん、聞けへんてか?そやけど、突如として、思い出したネタなんですよねえ。これも、不思議な話で。
<21.8.1 記>
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