この十月に、三遊亭圓楽氏が亡くなられました。『笑点』の司会者で、おなじみでございましたな。落語をご存じ無い方、聞いたことが無い、見たことが無いという人でも、圓楽さんは、知ったはりまっしゃろ。ただ、テレビ・ラジオでの寄席番組が、めっきり少なくなった昨今、圓楽さんの落語を、一席丸々聞いたことがある、ましてや、人情噺を聞いたことがあるという方は、案外、少ないかも分かりません。かく言う私も、そんなに聞かせていただいた記憶が無いんですなあ。新聞記事などによりますというと、当たり前のように、『文七元結』や『弥次郎』などと共に、『厩火事』の字がありました。そこで、今月は、このネタで、失礼をさせていただきます。

 主人公は、女の髪結いさん。俗に言う、“かみぃさん”でございます。日ごろ、お世話になっております、お兄さんの家へとやってまいります。というのも、このお兄さんが、髪結いさん夫婦の仲人。今日こそ、別れると。しかし、これが、いつものことなんで、仲人したんも、なんじゃ、損してるようなもん。というのも、この亭主のほうは、仕事してへん。いわゆる、髪結いの亭主というやつ。今日も今日とて、この髪結いさん、早いこと帰ろうと思うてたところが、道でバッタリと、先輩の髪結いさんに会うてしもた。実は、指をケガしてしもたんで、二軒ほど、代わりに、得意先を回って欲しいと。断るわけにもいかんので、そこまで済まして、家へ帰ってまいりますというと、『どこを、ウロつき回ってんねん!』という怒鳴り声。そこで、もう別れてしまおうと、兄さんの家に、相談に来たて。

 この兄さんも、別れたほうがエエて。というのも、この亭主、元々、ここの家、兄さんの家の二階に、居候してたもんなんですなあ。ゴロゴロしてるうちに、この髪結いさんが、この兄さんの奥さんの髪を結いに来てた。そこで、会うたが一目惚れ。『兄さん、一緒にさせとくなはれ。』と頼みますが、『やめとき。あら極道や。』ちゅうのを、『わてが、食べさしまっさかいに。』と、無理にもして、夫婦になった仲。ところが、この前、この兄さんが、用事があって、髪結いさんの家に行ってみた。外から覗いたら、昼の日なかから、銚子の五・六本も並べて、上等のお造りを肴に、一杯やってる亭主の姿。それ見たら、誰でも、別れたほうがエエと、言いますわなぁ。「ちょっと待っとくなはれ。昼からお酒飲むのん、うちの勝手でっしゃないかいな。ついぞ、兄さんに、迷惑掛けたことおまっか?」と、それそれ、風向きが変わってきた。そやさかいに、ここの夫婦の間に入んのん、兄さんさんも、かなわん。ホンマは、好きですねや。そやけど、髪結いさんのほうが、歳が上。女のほうが早いこと老けるわ、男のほうは、若いほう好むわで、浮気する。向う脛(すね)かぶりついたろうとしても、おばあさんで、歯が抜けてては、噛みもでけへん。亭主のほうが、ホンマに、この髪結いさんを好いてくれてんのか、死ぬまで添い遂げられんのか、それが心配でならんて。

 のろけも混じりながらの話ですけれども、兄さんも、相談に乗らんわけには、いかん。「これは、もろこしの話やがな…」「物干し?」違うがな。中国に、孔子というエライ学者はんが、いたはった。馬を大事にしてはって、白馬を愛でて、『あの馬は、わしの大事な馬や。気ぃ付けて世話をするように。』と、常に、お弟子さん達に、言うてはったんですと。ある日、仕事へ行ったはる間、拍子の悪い、この厩から火が出た。火事や。あの馬を殺してはならんと、弟子が寄り集まって、馬を引きずり出そうとしましたが、これが出ない。とうとう、焼け死んでしもた。先生が帰って来て、厩から火が出たというので、ビックリ。『みな、大丈夫やったか?』『大丈夫でございましたけれども、あの馬を殺してしまいました。申し訳ございません。』『それは仕方が無い。それよりも、ケガは無かったか?それは、何よりのこと。良かった、良かった。』と、こんな例え話がある。要するに、あれだけ可愛がってはった馬よりも、お弟子さん達の安全を気遣って、喜ばはったという話。その後も、弟子連中は、なお一層、先生に励んで仕えはったと。

 これと全く逆の話がある。「これは、京都のさる、ご大家の話や。」「猿の大将の話?」ここの旦那が、焼き物、瀬戸もん、お皿やとか、お茶碗を集めはんのが道楽。珍しい五枚一組のお皿を手に入れはって、ある日のこと、これを、お客さんに見せようとしはった。二階で鑑賞会が始まって、それはそれで、結構、結構と、お客さんは、帰ってしまう。奥さんに、大事にしもうておくようにと、言い付けましたので、奥さんが、このお皿を持って、階段を降りる。階段が拭き込んであったところへさして、足袋がサラ、ツルッと滑って、皿を持ったまま、階段を落ちた。この音にビックリして、旦那さんが、『皿は、大丈夫か?皿は?皿は?』と、お皿のことばっかりを聞く。すると奥さんが、『お皿は、大事ございませなんだ。』『それは良かった。』奥さんがお皿を、きちんと直しまして、『ちょっと親元へ、帰りとぅおますねけど?』『そうか。二日でも三日でも、帰ったらエエがな』それから使いのもんが来て、どうぞご離縁をと。ご当家では、人間よりも、お皿のほうが大事なそうなと。仕方が無いので、分かれると、この噂が広がって、誰も、後添えの来る人が、おらん。一人寂しく、死にはったて。

 そら、悪い奴ですけれども、悪い奴というのは、じきに、焼きもんを集めたがる。んな、アホな。と思うておりますというと、この髪結いさんの亭主が、最近、汚ならしい茶碗を買うて来て、水屋へ大事に直してると。こないだ、触ろうとしたら、『命より大事な茶碗やさかいに、触ったらアカン!』言われたて。ちょうどこれが幸い。今から家へ帰って、亭主の前で、その茶碗を割りて。そこで、体のことを聞かれたら、まだ見込みがあるけれども、茶碗のことを聞かれたら、見込みが無い。別れてしまいなはれと、ウマイ兄さんの計略ですなあ。旦那さんを、試すわけですわ。そら、髪結いさんもドキドキ。「兄さん、今から、家へ先、行ってもらえまへんやろか?今から、茶碗割りよるけれども、体のことを先に聞いてくれと、言うといてもらいたい。」それでは、何にもならんわいな。

 ブツブツ、ブツブツ言いながら、家へと帰ってまいります。「ただいま」「こら、また兄貴とこ行てたんやろ!夫婦喧嘩の中身みたいなもん、言いに行くな!はよ、飯にしよ。」意外と、ご飯食べんと、待ってはったんですなあ。たまには、差し向かいで、夫婦二人で、食べよやないかて。「ちょっと待って」と、奥さん、水屋から、例の茶碗を取り出しまして、「洗うわ」と。突然のことに、旦那さんもビックリしながら、「触るな!」てなこと言うてるうちに、ガッシャ〜ンと。奥さんがひくっり返って、茶碗が割れてしもた。「あほんだら!どっか、ぶつけたんと違うか?痛いとこ無いか?」「すんません、茶碗が割れました。」「割れたもん、しゃあない。それより、どっかケガしたんと違うか?大丈夫か?」「好き!!」って、急に気色悪いですけれども、茶碗よりも、奥さんの体を案じてくれはったんですなあ。めでたし、めでたし。では、話は、終わりまへんがな。「あんた、そないに、私の体を気にしてくれてんのか?」「当たり前やないかい。お前にケガでもされてみぃ、明日から、遊んでて、飲まれへんがな。」と、これがサゲになりますな。ま、要するに、髪結いの亭主で、仕事してへん旦那さんにとりましては、稼ぎ主がケガされては、困りますもんね。

 上演時間は二十分から二十五分ぐらい。といえども、マクラ無しでは、寄席で演じられる範囲内です。そんなに、筋を追ってというものではございませんので、軽く、寄席の話としては、楽しんでいただけるかと思います。冒頭から、髪結いさんと、兄貴分との会話。主たる場面は、ここなんですがね。今度こそは、亭主と別れたいと、仲人さんに、相談にまいります。しかし、そうあっさりと、別れてしまえといえば、これまた、何で別れないかんねんと、のろけ話。ここらが、ようある話ですなあ。そやさかいに、この兄さんも、ここの夫婦喧嘩の間に入んのんは、苦手。そこで、落語には、よくある手段で、例え話を例に出してくる。一つ目は、孔子さんと馬。二つ目は、全く反対の、京都の旦さんとお皿。好対照なんですが、都合のエエことに、別れようとしている亭主も、大事にしている茶碗があると。割ってしまって、気を引くわけですなあ。まあ、心臓バクバクもんですわ。ここから、場面が変わりまして、本当に、茶碗を割ってしまう。ハッピーエンドと思いきや…。なサゲと。こんなことしながら、この夫婦は、ずーっとやって行かはんにゃろね。全編通して、そこいそこ笑いは、多いです。

 やはり、これは、東京もんでっしゃろなあ。誰とはなしに、たまに聞きますけれども、今は、東京落語になっているような気がします。所有音源は、桂ざこば氏、桂あやめ氏のものがあります。ざこば氏のものは、笑いあり、涙ありの、藤山寛美さん出てきはりそうな、新喜劇のような楽しさがありまして、結構ですなあ。おさきさんですか、髪結いさん、奥さんが、最後は、かわいらしく見えますね。と、対照的に、あやめ氏の、最初のほうの、おさきさんが、怖い、怖い。やきもち焼きの心理を、よく捉えられております。さすがに、女性の方だけあって、リアルな感じもありまして、おもしろいものでした。ああ、そうそう、圓楽さん、圓楽さん。いっぺん、聞いてみますわな。圓楽さんの『厩火事』を。

<21.12.1 記>


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