あけまして、おめでとうございます。どうぞ本年もまた、この上方落語のネタを、よろしくお願い申し上げる次第でございます。今年は寅歳、しかも、庚(かのえ)の寅。で思い出しますのは、『三十石』、細かく申しますというと、『京名所』の三条大橋の件り(くだり)で、「天正十八年庚寅正月…」ちゅうやつですなあ。となりますというと、現在のような三条大橋がでけて、四百二十年も経ちますねやね。で、『三十石』にしようかとも考えましたが、お手軽に、正月の初席らしく、トラの出てくる『動物園』で、失礼をさせていただきます。

 主人公と申しますのは、相も変わりません、ブラブラ、ブラブラしている男。これも毎度おなじみの、甚兵衛さんの家へと、やってまいります。働いた上にも、働かんならんような、今日びの世の中、何の仕事もせんと、エエ若いもんが、遊んでるちゅうのは、よくない。そら、今も昔も、変わらんこってすなあ。しかし、だいたいが、この男、働く気は、あるんですけれども、なかなか、合う、身に合うた仕事、向いた仕事が、無いねて。「どんな仕事やったら、向いてんねん?」て、体が丈夫なわけや、おへんさかいに、力仕事は無理。頭も良うないのんで、責任も持たせられへん。しゃべりは下手やわ、朝は遅い。まぁ、ぼちぼち10時や11時ごろに働き出して、昼に、ご馳走食べて、昼寝して、ブラブラしながら、夕方近くなったら、帰れるという、日当1万円ぐらいの仕事…。そんなもん、あるかい!あったら、わてが行きたいわ。

 待てよ。あるある。ちゅうことで、紹介してもらいますのは、動物園の仕事。といえども、普通の動物園では、ない。移動動物園。動物園の無いような田舎、僻地(へきち)てなとこへ、動物を運んで行って、そこで、見せるというような。そやけど、そんな動物園でも、エサやったり、車運転したりするんでは、ちょっとした労働。この男の言うてた、条件には合わん。話は、ここから。この動物園でも、人気のトラが、この前、ポックリと死んでしもた。“トラは死んで皮残す”ちぇなことも言いますけれども、死んだトラから、すっくりと皮を剥ぎ取ったんですて。どうせ、トラやら、ライオンやら見たこともないような人ばっかりの場所へ行くんで、このトラの皮をかぶって、誰ぞ人間が中へ入って、トラのマネをしてたら、そんでエエやろうと、話が決まった。そこで、そのトラの、なり手を探して欲しいと、頼まれていたとこ。「今日び、そんなアホな男、いてまへんで。」てなこと言いますけれども、ようよう考えてみたら、目の前に居た。大の大人のするこっちゃ無いとは、思いますけれども、条件が合うたある。朝は10時ごろからで、ぼちぼち、お客が入って来る。力仕事は要らん、責任は持たされへん。しゃべったらいかんので、口下手が大歓迎。昼にご飯、エサの代わりは出るし、一日、檻の中で、ブラブラしてたらエエ。これで日当が1万円。上等ですがな。「ほな、やってみまひょかなぁ。」とうとう、乗り気になってしもた。紹介状と、行く道の道順も書いてもらいまして、園長の池田はんちゅうのを頼りに、行くことになってしまいます。

 やってまいりましたのは、例の移動動物園。池田はんに会いますというと、大歓迎!話は、聞いたはったもんとみえまして、ぼちぼち、お客さんを入れる時間やのに、ホンマに、来てくれはるかどうか、案じてはったんやね。そらそうですわなあ、こんな気楽なこと、引き受けてくれはるような人、なかなか、いはれしまへんもんなあ。「あんた、今までに、トラのご経験は?」って、ありますかいな。ぬいぐるみのショーや、おへんにゃさかいに。とりあえず、服を脱ぎまして、トラの皮をかぶる。チャックを閉めますというと、それらしい雰囲気。といえども、イスに座ってたり、ズボッと立ってたんでは、いかん。四つばいに、ならないかん。檻の中へ入りまして、錠を下ろされる。そやけど、じっとしてたんでは、トラのようには、見えん。ちょっとは、動かんと。これがなかなか、難しいん。頭と足を反対に持って行ってと、池田はんが、実演を。「あんたウマイなぁ。あんた、やり。」て、それでは、意味が無い。「タバコ吸うてもエエか?」て、どこぞの世界に、トラがタバコ吸いますかいな。休憩時間、休憩時間に。「やっぱり、トラは、小便する時、片足上げるか?」て、犬やおまへんで。「何ぞ、分からんことがあったら、呼ぶさかい。」て、声出したら、いかんで。とりあえず、それらしく動きながら、開場を迎えます。

 やはり、この手のものは、お子たちの目に付くようで、お客さんといえども、ぎょうさん、子供が集まって来た。と、見ておりますうちに、朝が早かったせいか、この男、だんだん、お腹空いてきた。また、目の前の子供が、うまそうなパン持ってる。「パンくれ。パンくれ。」「お母ちゃん、このトラ、パンくれ言うた。」「そんなアホなことがおますかいな。トラは、お肉を食べますの。」「そやけど、パンくれ言うた。」と、パンを放り込みますというと、「お母ちゃん、このトラ、パン、手で掴んだで。」「まぁ、けったいなトラやこと。」て、そうですわなあ。そうこうしておりますというと、園内にアナウンスの声が広がりまして、「トラの檻の前へお集まり下さい。当移動動物園が、特別サービスでご覧いただきますのは、猛獣ショーでございます。あの檻の中のライオンを、このトラの檻の中へと、放ち入れます。トラとライオンの一騎打ち。密林の王・トラと、百獣の王・ライオンが、いかに死闘・激闘を繰り広げますやら。手に汗握る猛獣ショーを、ご期待ください。」こら、エライこっちゃ。そら1万円は、安い。命あってのものだねですからな。トラはもう、震え上がって、檻の隅のほうで、小そうになっております。一方、檻の中へ入ってまいりましたのは、さすがに百獣の王といわれたライオン、たてがみも勇壮に、ゆっくりと、トラのほうへと近づいてまいります。と、何を思いましたか、ライオンが、トラの傍へとやってまいりまして、耳の横へ口を持って行って、「心配すな。わしも、1万円で、雇われてんねや。」と、これがサゲになりますな。ライオンに喰われると思うておりますというと、実は、そのライオンも、中身は人間で、おんなじように、1万円で雇われていたと。よく出来たサゲですな。

 上演時間は、十五分前後。決して、長いものではありませんし、また、そないに長くやるものでも、ございませんでしょう。短時間に笑いも多く、動きもありますので、寄席では、よく演じられる、人気演目とでも、言ってイイのでしょうか?前半は、主人公と、甚兵衛さんとの会話。動物園へ行くことになる、過程のやりとりでございます。よくある、仕事を世話するという場面なんですが、何か、他の話と、タイプが違うようで、おもしろい。条件が、皆、当てはまっていくという所ですわな。大の大人が、するようなもんではございませんけれども、しかし、ようよう考えてみますというと、なかなかエエ仕事かも…。と思い直して、移動動物園へ。後半は、トラの動きの妙もありまして、いっそう、おもしろくなる。特に、パン食べる所なんかね。タバコ吸うたり、パン手で掴んで、食べませんもんな。そして、最大のヤマ場、ライオンに喰われる、喰われると、怖気づいておりますというと、このライオンも、人間やったと。しかし、意表をつかれるサゲで、よく考えてありますな。このサゲがあるために、この話があるとまでいうような。

 明治の時代に出来た、上方の落語でございまして、二代目の故・桂文之助という方が、作者とされております。文の助茶屋の、文之助さんですな。息子さんの、故・笑福亭福松(文の家かしく)氏などからのものを、桂米朝氏が、まとめ直し、復活させて、現在のような形になったと、されておりますね。さすがですな。東京でも、早くから、演じられておったみたいですがね。所有音源は、故・二代目桂三木助氏、その米朝氏、桂きん枝氏、桂小枝氏、桂雀々氏などなど、たくさんの方のものを、聞かせていただいております。三木助氏のものは、これまた古風な味わいですが、しかしながら、現代に通じる要素も、多分に入っておりまして、分かりやすくて、非常に、楽しめるネタになっておりました。米朝氏のものも、寅歳に合わせまして、いくつかございますが、淡々として、最後にヤマ場が来るというような、実に、分かりやすいものでしたな。といえども、そんなに、回数は、演じてはれへんかったん、違いますやろかなあ?トラの手の動きが、ポイントです。きん枝氏は、ようやってはりました。最近は、ちょっと知りませんけれども、よくウケるネタでしたな。私も、好きです。小枝氏も、ようやってはりました。これも好きなネタで、後日談まで付けて、『水族館』ちゅうのでも、やってはりましたな。おもろいもんどすわ。雀々氏のものも、笑いを多く取ったはりました。しかし、意外と、前半のやりとり、会話の妙も、ピッタリと合った、おもしろさがございますね。

 とりあえず、演じやすいのか、聞くほうも、聞きやすいのか、手軽に楽しめる、落語の一つでありましょう。こういうものも、混ぜて、置いといてくれはった、米朝氏に感謝ですな。

<22.1.1 記>


トップページ