貴乃花親方のお話で、相撲界も、いろいろと言われたはりますなあ。まあ、やいやい言うのがエエのか、悪いのか、わたしゃ、あんまり、よう分かりませんけれども、しかし、外国人のお相撲さんが増えましたな。てなこと言い始めてから、もう随分と、月日が経っておりますけれども、ああいう方たちは、生まれ故郷のお国へ帰らはったら、やっぱり、皆、顔知ったはりますにゃろか?ニセもんとか、いはりませんにゃろか?と、強引に、今月のネタへと、引っ張り込もうとしておりますけれども、久々に、お相撲さんのお噂、『花筏』を、お楽しみいただきます。

 提灯屋の徳さんの家へ、関取の親方、千田川の親方と、実名が出ているものもありますけれども、この方が、訪ねてくる所から、話は始まります。立派な提灯屋さん、提灯を貼って、日当が日に一分。職人としたら、随分なもんでやすけれども、そこを、倍の二分出すさかいに、十日あまり、徳さんの体を、親方に預けて欲しいて。そら、提灯貼る仕事と思いのほか、実は、そやないん。親方の部屋の大関・花筏が、半月ほど前から、病気。敷居一寸、外へ出してもろては困るという見立て。ところが、今度、播州の高砂へ、十日間の相撲興行を引き受けてしもたある。手金ももろて、番付送ってしもた、後は、乗り込みを待つばかり。しかし、花筏が、病気でっしゃないかいな。向こうの勧進元に、話をしたら、仕方が無いけれども、今度の興行は、今、日本一と噂の高い大関・花筏を見られるというので、お客がやって来る。病気は、しょうがないので、土俵入りなと、見せていただきたいという返事。でも、花筏を、外へは出せん。手金にも、手付けてしもたある。というので、親方が思い出しましたのは、この提灯屋の徳さん。実は、花筏関と徳さん、顔がよう似てますねや。おまけに、徳さんも、結構、肥えた、大きな体。頭を大銀杏(おおいちょう)に結い直して、花筏やと言うといたら、しじゅう見慣れてる人なんか、そうそう田舎に居てはれへんので、分からへんやないかと。テレビも何にも無い時代でっさかいに、そら、分かれしまへんやろなあ。ウマイこと考えなはったもんやわ。しかし、そんなもん、相撲取りの体と、ただの腫れてるような体と、一緒にしたらいかん。第一、相撲も取ったことが無い。いや、相撲は取らいでもエエ。土俵入りなと、勤めといたらエエ。用事は若いもんがするし、飲み次第の喰い次第で、威張って日当が二分。よう考えてみると、悪い話やない。「やらしてもらいまひょか」と、これも気軽な話で、引き受けてしまいます。

 日取りが決まりますというと、花筏に成りすましました徳さん、一行の何十人かと、足に任せて高砂へと、乗り込んでまいります。現地では、なかなかの前評判と見えまして、久々の大阪相撲、近郷近在から、お客さんが詰め掛ける。もっとも、木戸の前には、断り書きがしてございまして、“大関花筏儀 病気のため相撲取り組み相叶わず 土俵入りのみ相勤めます”と。初めてのことですので、徳さんも緊張をいたしまして、ブルブル、ブルブル震えながら、四股を踏んでの土俵入り。“日本一 花筏”と、上々の首尾で、宿元へと帰ってまいります。早速、勧進元が挨拶に来る、宿屋の亭主が挨拶に来る。前には、ご馳走が並びまして、横からは、女の子が付く。飲みよった喰いよったで、ゴロッと横になりまして、寝てしまいます。明くる日が二日目、土俵入りを済ませまして、帰ってまいりますというと、酒責めの肴責めの、べんちゃら責め。これで日当が二分て、こんなエエ商売は無い。このまま、ずっと続かんかいなあてな、考えをしておりますうちに、日を過ごしておりますけれども、この花筏人気とは別で、この相撲興行、もう一つの人気が、でけております。土地の素人(しろうと)で、千鳥ヶ浜大五郎、これが、網元の倅(せがれ)でございまして、相撲が好きで、強い。大阪の玄人(くろうと)相手に、初日から勝ち続け。土付かず。これが、地元の声援を受けまして、人気がある。九日目、行司が、千秋楽の取り組みを読み上げておりますというと、結びの一番、「千鳥ヶ浜には、花筏。千鳥ヶ浜には、花筏。」いよいよ、花筏が出てくるねやと、見物は大盛り上がり。しかも、土地の素人・千鳥ヶ浜との取り組みやて。こら、何が何でも、見に来なアカン。手に汗握る、大勝負でっさかいになあ。

 しかし、これを聞いた徳さん、真っ青な顔をして、宿屋へ戻って来た。荷造りして、早いこと逃げてしまえと。そこへやってまいりましたのは、親方でございます。相撲が、もう一日残ったある。でも、相撲は取らんという約束ですにゃしね。しかも、あの、鬼の子みたいな、千鳥ヶ浜とやて。大阪の玄人が、負け続けてるもん、徳さんが勝てる訳が無い。二つに引き裂かれてしまいますと。命までは、預けて無いて。しかし、相撲は取らんといえども、徳さんにも、悪いことがある。というのは、病気という触れ込みやのに、宿へ帰ると、飲み次第の喰い次第。宿屋の亭主が、勧進元の所へ来て、言うのには、飯は一升、酒は二升の病人て、見たこと無いと。大阪に居る時には、二升の飯と三升の酒は、欠かしたことが無いぐらいでっさかいに、病気になりゃこそでっしゃろと、親方のほうは、言い繕い続けて来たて。しかし、ここへ来て、収拾のつかんことが、でけてしもた。「お前、ここの宿屋のおなごしの所へ、夜這いに行たというやないか!」これが決定的となりまして、勧進元が、夜這いをするような元気があるんやったら、高砂くんだりの素人相手に、一手教えてもろても、よろしいやろと。まあまあ、それなら、病気も、良ぅなってんのや、分からん、千秋楽には、土俵へ上げましょうと、親方のほうは、誰ぞに組まして、八百長を、さすつもりやったんですなあ。ところが、その言葉じりを捉えて、それでは、千鳥ヶ浜と組ましとくなはれと。こら、エライこっちゃ。親方の言うのが、正しいか、徳さんのほうが、正しいか?

 こら、身から出て錆で、徳さんも、仕方無しに、相撲を取る覚悟をいたします。しかし、嫁はんと、子供がかわいい、命だけは、何とかして欲しいと。ここで、親方、妙案を持っておりますねやね。徳さんの体も無事で、花筏の名前にキズも付かず、土地の顔役の顔も立てるというような、八方丸く収まる手立てでございます。土俵へ上がるというと、大関らしく、立派に仕切る。軍配が返るというと、体じゅうの力を込めて、手を前に突き出す。相手の体に触れると同時に、弾みをつけて、引っくり返って、後ろへ倒れると。見てる見物は、花筏ともあろうもんが、あんな負け方をするわけが無い。まだ病気が治ってないんやなあ。あんな病人、土俵へ上げて、かわいそうなことをしたと、同情が寄って、名前にキズが付かん。先に倒れるので、ケガもせえへんと。こらエエ考えですがな。徳さん、今日の酒は、ほどほどにと、早いこと二階へ上がりまして、ドターンバターン。何かいなあと思いますというと、尻餅をつく稽古。って、んなアホな。そんなことしてんと、早ぅ寝なはれと、寝てしまいます。

 一方、千鳥ヶ浜のほうでは、「おとっつぁん、ただいま。」と、家へ帰ってまいります。今日も勝ったということ。明日の千秋楽は、大関・花筏との取り組みと、意気揚揚。しかし、父親のほうは、「断ってきたやろうな」と。毎日、勝ち続けに勝っているのは、自分の力では無いと。土地の素人に勝たしておけば、人気が出るため、また、今度の相撲興行には、この網元さんも、お金を出しているので、わざと、その息子に、勝たしてあるのが、分からんのかと。寒中ヒビあかぎれを切らして、稽古を積んでいる大阪の玄人に、勝てる訳が無い。明日の千秋楽が終わると、あと何年先に、この土地に来るや分からん、恩も義理も無い土地。行きがけの駄賃に、あの恨み重なる千鳥ヶ浜を、土俵へ叩き殺して、大阪へ帰ろうと、一番強い、花筏が出てくるねやと。聞けば、あの花筏は、病気や無いらしいて。こら、なかなかの勘ぐりでございます。親父どんの考えも、よう分かる。しかし、息子のほうは、腕の一本や二本、へし折られても、あの花筏と組めるのであればと、考えております。親に取りましては、こんなつらいことは無い。「相撲を取るのであれば、勘当じゃ。」と。言葉の弾みとはいえ、この時代の勘当は、ホンマに人別から抜かれまっさかいになあ。どエライ騒動。思い直しました千鳥ヶ浜は、泣く泣く、相撲を取るのは、やめることにいたします。しかし、この人も、好きな道、道楽でっさかいに、この花筏、どんな取り口をするのか、見るぐらいは、見に行きたいので、相撲を見に行くだけは、見に行かしとくなはれと、父親に頼みます。「必ず取らんように」と念押しされまして、こちらは、こちらで寝てしまいます。さて、どないなりまんねやろ?話は、終盤、手に汗握る舞台へと、やってまいります。

 明くる朝、暗いうちから、櫓の太鼓が鳴り響きまして、もう、近郷近在から、エライ人出でございます。場内は、立錐の余地も無いというぐらいの、ギッシリ。実は、この話、二月に出しましたけれども、本来、元来は、夏のお話らしいので、ここで、暑い暑いの言葉が出るんでしょうけれども、そこは、ご免蒙りまして、とりあえず、満員御礼。千鳥ヶ浜も、この見物の中に、紛れております。しかし、見に行くだけでも、やっぱり、締め込みは、しとかんと、気持ちが違うというので、まわしを締めました上から、浴衣を引っ掛けまして、見物をしております。相撲が取り進みますというと、やっぱり、力が入りまして、ジリッジリッと、土俵の前のほうへと、やって来る。砂被りの辺まで来てしもた。いよいよ結びの一番、呼び出しさんが「東・花筏、花筏。西・千鳥ヶ浜、千鳥ヶ浜」と、ここは、演者の方々、間を持ちまして、一つエエ声で、呼ばれますなあ。さあ、見物の、ざわめきを聞きますと言うと、千鳥ヶ浜、親の意見も何も、吹っ飛んでしまいまして、フラフラッと土俵へ上がってしもた。こらもう、成り行きですな。一方、花筏の徳さん、生まれて初めての取り組みでっさかいに、どないしてエエや分からん。水やら塩やら、なんじゃ、訳の分からんままに、手を付いて、仕切りに入る。見んでもエエのに、千鳥ヶ浜て、どんな顔しとんねやろうと、ヒョイと顔を上げますというと、目の前に、一生懸命の目玉がグリグリッ。「エライ顔しとおるなあ。こら、大阪で提灯貼ってたら良かったわ。わずか二分という金に、目がくらんだばっかりに、ここで命を落とすのか、これが、この世の見納めか。」と思いますというと、熱い涙がポロポロ、思わず、「ナンマンダブツ」と、念仏を唱えた。これが、千鳥ヶ浜の耳に。「“ナンマンダブツ”?ああ、やっぱり、こいつ、わしを殺す気や。かわいそうやいうので、涙流して、念仏唱えとおる。親の言い付けを守らなんだばっかりに、ここで命を落とすのか、これがこの世の見納めか。」と、涙がポロポロ、「ナンマンダブツ」。行司がビックリした。こんなもん、息も何も、合ったもんや無い。エエ加減に、ヨイショと軍配を返しますというと、もう、花筏の徳さん、体じゅうの力を入れて、手を前に突き出した。千鳥ヶ浜のほうは、怖い怖いの一点張りで、戦う気も何も無いところへ、横面の辺りへ手が飛んできたもんだっさかいに、思わずバタンと。「こら、何をすんねん。わしがコケるのやがな。」「花筏」という勝ち名乗り。見てた見物人が驚いた。「エライもんやなあ。やっぱり大阪の大関や。花筏が、バーッと張ったら、飛んでしもたがな。」「あれ、張り手ちぇ言いまんねん。花筏は、張るのがウマイなあ。」張るのがウマイはず、提灯屋の職人でございます。と、これがサゲになりますな。提灯を貼るのと、張り手の張るが、かけてございます。なかなか、分かりやすいサゲで、今でも十分、ご理解いただけると思いますがね。

 上演時間は、三十分前後でしょうか。筋の運びが中心でございますので、グイグイと聞き込んでいただける話かと思います。冒頭、徳さんと、親方の会話は、これから起きます騒動についての導入部分。別に、会話が、おもしろいわけではございませんが、話は、おもろいですわなあ。花筏の身代わりで、提灯屋の徳さんが、高砂へ巡業へ行くて。頭に、ちょんまげの乗ってるような時分のお話ですので、大阪相撲でございますね。昔は、地方地方に、土地の相撲が、ございましたさかいになあ。今みたいに、東京の大相撲一つだけということでは、ございません。しかも、顔が知られていないので、何ぼ人気者といえども、バレる気遣いは無いと。エエ仕事でっさかいに、徳さんも承知をいたしまして、高砂へと。話は、中盤に入ってまいります。土俵入りさえ勤めますと、後は、大関のようなフリをしてたらエエので、楽なもん。飲み次第の喰い次第。そこで、夜這いに行たのが運の尽き、仮病ではないかと、千鳥ヶ浜と、千秋楽、結びの一番で、対戦することになってしまいます。しかし、親方も、ウマイこと逃げ道考えたある。後ろへ、コケるやなんて。千鳥ヶ浜も、親に勘当される一歩手前で、相撲は取らないでおこうと。そこで、いよいよ、クライマックスへと、話は進んでまいります。呼び出しの声を合図に、つい土俵へ上がってしまった千鳥ヶ浜、また、仕切りの最中の両者の心理、なかなか、ウマイこと、考えたあるわ。両方ともが敬遠をいたしまして、両方ともが怖いん。ここらは、演者の描き方が、ウマイですなあ。そこで、両手を伸ばした花筏の徳さんが、張り手で勝ちになる。そして、サゲへと。よく考えられた構成でございます。というのも、こら、やはり、『関取千両幟(のぼり)』という、講釈から出来た話だからなんですな。それで、会話よりも、説明の部分が多いと。

 東京でも、たしか、故・六代目三遊亭圓生氏なんか、やったはったはずやと思いますねやがね。あんまり、聞かせていただいた記憶は、ございません。やはり、上方の発祥かと思われます。所有音源は、桂米朝氏、故・桂枝雀氏、桂南光氏、笑福亭松喬氏などのものがあります。米朝氏のものは、筋の運びがありまして、聞きやすいものとなっております。サゲ前の所なんか、ドキドキしますねえ。やはり、枝雀氏のものは、おもしろいものでした。案外、親方にも、凄味がありまして、お相撲さんの雰囲気が出てましたな。南光氏のものは、十八番ネタで、よろしいなあ。最後の、両者の心理状態なんか、誠に、よく分かる説明でございまして、手に汗握る、話の真髄ともいうべきようなものでございます。松喬氏のものは、これまた、ところどころに、笑いのネタが入っておりまして、飽きのこない、楽しいものでございます。呼び出しの声が、エエ声したはりまんな。エエ声〜。違う人やがな。

 とにかく、話の筋が重要なネタですので、“どないなんのんかいなあ?”の連続で、聞き込んでいただければ、幸いでございます。好きなネタですので、大いに、演じていただきたいものでございますな。

<22.2.1 記>


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