先月ぐらいから、姉が、激しいツワリに悩んでおりまして、もう二人目といえども、しんどいらしいでんなあ。ま、こら、女のお方しか、分からん話でやすけれども。そんな中、母親と会う機会がございまして、事前に、『食べたいもんは?』と聞かれると、『みかん』と応対したらしいですわ。まさに、『千両みかん』の世界ですな。酸っぱいもんが食べたい、しかも、みかんて。この時期に。そう思って、見ておりますというと、ただいまは、果物屋さん・スーパーなんかでも、ハウスもんの、みかんが、こんな季節でも、売ってはるんですねえ。そら、ちょっと、高いですけれども、これにも、驚かされました。そこで、今月は、その話の通り、『千両みかん』でご機嫌を伺います。

 舞台は、さる船場の、大店のお家でございます。これは、夏のお話でございまして、暑さの加減か、若旦那が、病気で、患い付いておられます。そこへ、やってまいりましたのは、お店の番頭はんで。どうも、容態が悪い。先に死んだら、両親を、あんじょう頼むてな、弱気なもん。ここの家の、跡取り息子さんだけに、いよいよ、エライこと。今日、来てもろた、お医者の先生という方によりますというと、こら、医者や薬では治らん、気病い(きやまい)じゃと。『崇徳院』みたいなもん。要するに、何ぞ、思い詰めてることがあって、それを、何とかしてあげると、病気は治るて。真に迫って、若旦那に聞きますというと、やはり、思いの種が、一つある。大それた望みですけれども、いらんことを言うてしもたら、また、嘆きを増すばかりのもん。心配かけるだけのことやて。しかし、そこまで聞き出して、引き下がるわけには、いかん番頭、番頭はん一人だけにはと、ようようのことで、言うてもらいます。ホンマは、アホらしい話。「実はな」「へぇ、ちょっとも、聞こえしまへん。」て、まだやがな。「あの柔らかな、色つやのエエ、ふっくらとした…。」「おいくつぐらいの?」と、誰でも、思いますわなあ。女子はんやと。「みかんや」「へぇ?」って、わたいでも、驚きますわいな。「紀州みかんの、あの柔らかな、色つやのエエ、ふっくらとしたやつを、口に入れたら、どない、おいしいや知らんと思うたら、病気になってしもた。」やて。ホンマですかいな、アホらしい。「何で、それを、もっと、早ぅおっしゃらん。御大家の若旦那、この部屋、みかん詰めにでもして、差し上げまひょか?」と安請け合い。「それを聞いて、急に、おなかが減って来た。まむし五人前ほど、言うて。」て、いっぺんに食べたら、かえって、体に毒でっせ。なんじゃいな、そんなことぐらいで。

 と、部屋を後にしまして、今度は、これを知らせに親旦さんの所へ。。「あの柔らかな、色つやのエエ、ふっくらとした…。」「おいくつぐらいの?」と、誰しも、そう思いますわいな。しかし、みかんが食べたいとのこと。「それで、こなた、何と言うてくれた?」「お望みなれば、この部屋、みかんで埋めて差し上げると。」「あんた、今日、いっかか、知ってなはるか?」「六月の二十一日」「この土用のさなかに、どこに、みかんがおます?」っと、ここで、ちょうど、六月に合いましたけれども、ただいまの六月ではございません、旧暦の六月、夏の土用でございます。真冬でしたら、ともかく、このビニールハウスも何にも無いような、昔のこと、どこに、みかんがありますかいな。「そんな安請け合いをしてしもて、思い詰めてる気が、食べられるというので、緩んだ所へさして、やっぱり無かったでは、がくっと、そのまま、逝ってしまうや分からん。倅が死ぬてなことになったら、おまはん、じかに手は下さいでも、倅を殺したという下手人じゃ。おおそれながらと、わしゃ、訴え出るで。」と、こら、エライ騒動になって来ましたで。主(しゅ)殺してなもん、罪は重い。引き回しの上、逆さはりつけ。しかし、この広い大阪、もしやどこぞに、売ってるかも分からんという、親旦さんの言葉を頼りに、番頭はん、捜して歩くことにいたします。

 外へ出ますというと、折しも、土用のさなか、暑いの暑ぅないの。「おたくに、みかんありますかいな?「あんた、今、土用だっせ。どこぞに、みかんてなもんが、売っておますかいな。この暑さで、ちょっと、頭が、おかしいになったんちゃいますか?」て、そらそやわ。次の店でも、「なぶりに来やがったら、承知そんぞ!」と。『無いもん買い』の世界ですもんな。「あの…、おたくに、おまへんやろなあ。」って、品物が何か、分からしまへんがな。「みかんおまへんか?」「うちは、鳥屋でっせ。八百屋かどっかへ、行きなはれ。」「あんた、はりつけ、知ったはりますか?」「子供の時分に、いっぺんだけ。竹矢来があって、中では、十文字に組んだ木が寝かしてあって、それへ罪人を縛り付ける。グッと起こして、役人が罪状を読み上げる。二人が槍を持ち上げて、チャリンと合わせる。左右に引いたかと思うと、あばらの三枚目にブスッ。」って、番頭はん、話聞いただけで、引っくり返ってしもた。しかし、ここで、エエことも聞いた。天満で、みかんの問屋はんがあって、そこでは、毎年、みかんを囲う(かこう)ということを、聞いたことがあると。そういやあ、番頭はんも、以前、どっかで、そんな話を聞いたような覚えがあると。

 早速に、天満へとやってまいりまして、みかんの問屋はんを見つけます。「おたくに、みかんは、おまへんやろか?」「へぇ、おまっせ。」とは、地獄に仏に合うたようなもん。しかし、それも、調べてみんと、分からんと。要するに、蔵に囲うてございますので、それを見てみましょうということですわ。三番蔵に三箱ほど、置いたあるて。調べてみますが、やはり、この暑さで、皆、腐ってしもてる。一番、ましな箱でも…、っと、無傷のみかんが、出てまいりました!「売って、売って。」と、二分金を出しますけれども、ま、それを前に、みかんの要る訳を、尋ねられます。若旦那の病気を治すためで、間に合わんかったら、逆さはりつけになるということを言いますというと、「分かりました。このみかん、持って帰ったげとくれやす。お金は要りまへん。」と、人の命が掛かっておりますだけに、問屋はんも、親切なもん。ただ、この番頭はんのほうも、商売をしております商人(あきんど)さんだけあって、しかも、船場の御大家ですし、「お値段は、遠慮無しに。買わしていただきます。」と。押し問答がありますけれども、そこはそれ、お互いが商売人ですから、「買うと、おっしゃるのであれば、千両いただきましょ。」と。へぇ、みかん一つが千両!こら、とてつもなく高いように思えますけれども、しかし、聞いてみると、やはり理由がある。というのも、ここでは、毎年、腐るのが分かっていながら、みかんを囲う。大阪で、ただ一軒、みかんの問屋と看板を上げて商売しておられますので、いつ来ても、みかんが売れる状態で無ければいけないと。ですから、みんな腐ってしもたら、損がいくのを承知で、みかんを囲ってあると。しかし、一粒でも残ったら、千箱の中の一箱、一箱の中の一粒、その千箱分の、値段を掛けさしてもらいますと。そら、道理ですわなあ。そやよってに、タダでならともかく、売るのであれば、損のいかんように、千両の値段であると。もろときゃ、良かったのにねぇ。しかし、こちらも、大家の番頭はん、「分かりました。このみかん、一粒千両、高いことおまへん。私さえ、はりつけになったら、済むことでおます。」と、一旦、お店へ帰ります。

 早速、親旦さんに、ご報告。「何を言うのやいな。そのみかん千両、安い!」って、こちらも、商売人でございまして、「何万両出そうが、倅の命は、金で買えるもんや無いで。」と。早速、丁稚さんを走らせまして、千両で、みかんを買うてまいります。若旦那に渡しますというと、大喜び。番頭はんが、皮をむきますけれども、何せ、千両のみかんでっさかいに、皮かて、五両やそこらの値打ちがある。中身は、十袋でっさかいに、一袋百両。って、やらしいな。筋かて、二朱ぐらいの値打ちがあるか知れんと、むいて、若旦那に。「おいしい、おいしい」と、食べまして、どうも、病気が治った、ご様子。「ここに、三袋残ったある。一つを、お父っつぁん、一つを、お母ぁはん、もう一つを、あんたが食べとおくれ。」「ありがとうございます」と、番頭はん、みかんを三袋、手に乗せまして、お部屋を後に、廊下へ出ます。ようよう考えてみますというと、この番頭はんも、十二の歳から奉公いたしまして、来年に、やっと、暖簾分けしてもらう。その時に、出してもらうお金が、三十両か五十両ぐらい。何ぼ高ぅても、百両てなことな無い。それに引き換えまして、いかに、我が子のためとはいいながら、みかん一つが千両。手に持っております三袋が、三百両。来年の別家が、五十両。これが三百両。「ええぃ、ままよ」と、番頭はん、みかん三袋持ったまま、ドロンしてしもた。と、これがサゲになりますな。要するに、みかん一つが千両で、十袋でしたんで、一袋が百両。三袋で三百両でっさかいに、別家のために出してもらうお金に比べますというと、破格の値段。そこで、みかんを三袋持って、逃げたしもたと。とはいえ、買い手は、付けしまへんで〜。

 上演時間は、二十五分から三十分ぐらいでしょうか。なかなか、おもしろい話でございまして、言葉のおもしろさというよりは、話の筋のおもしろさというんですかな。いかにも、商売の盛んな、大阪らしい話でござりましょう。冒頭、若旦那が、病気で、気病いというんですが、その原因は、何と、みかんが食べたいとのこと。今では、そんなに思わないことかも分かりませんけれども、昔の人にとりましては、真夏のみかんて、相当な無理があったんでしょうなあ。うなづけたものだったんでしょう。そして、安請け合いをした番頭はんですけれども、親旦さんに言われて、初めて、無理があるのに気が付くと。しかも、主殺しで、逆さはりつけて。それから、街中へ出まして、番頭はんが、みかんを探して歩く。頭のおかしい人扱いを受けるのも、もっともですわなあ。真夏のみかんて。はりつけの話を聞きまして、番頭はんが震え上がる所なんぞは、笑いのある部分でございます。それから、天満のみかん問屋に行き着きまして、囲ってあるみかんを調べてもらう。しかし、こんなことって、やっぱり、あったんでしょうかねえ?腐るのを承知で、万が一のために、みかんを置いておくて。たった一つ、無傷の物を見つけまして、理由を聞いた問屋はんのほうが、タダで、番頭はんに渡そうといたします。そこで、たって、お金を払って買うというあたりが、やはり大阪の商人さんですな。もろときゃ、良かったのに。囲ってある全部の、みかんの値段を合わせましての、一個が千両!江戸時代を通しての千両も、年代によって、多少違いますでしょうけれども、とにかく、莫大な値段でございます。こうなりますというと、番頭はん一人の裁量では、どうにもなりませんで、一旦、お店へ帰りまして、親旦さんに相談。これも、お断りに決まってると思いのほか、「安い」て。まあ、人間一人の値段を考えますとね。そして、千両のみかんを若旦那に食べさしまして、最後、三っつを残されます。両親と番頭はんの分。ここらが、大家の若旦さんの、若旦さんらしい所でも、ございますね。迷惑を掛けた人に、食べさしたいと。それを、番頭はんが持って逃げて、サゲになると。アホな部分は、そんなに出てまいりませんし、肝の太い人物像が多いですので、なかなか難しい話でありますな。

 東京でも、あるんでしょうけれども、やはり、大阪的なお話でありますな。所有音源は、故・桂枝雀氏、桂文珍氏などのものがあります。そんなに大笑いできる話では、無いのですが、それでも、枝雀氏は、笑いを取ったはりました。番頭はんの、うろたえぶりなんかが、おもしろかったですなあ。最後に、三っつ持って逃げるあたりなんか、ちょっと、かわいらしいぐらいでした。文珍氏も、お笑いを入れながらの、楽しいものでございまして、飽きの来ないものとなっておりました。時代の違いがありますので、なかなかウケにくい話とは、なるでしょうけれども、番頭はんが、みかんを持って逃げるおかしさ、何とも言えんものがありますな。

<22.6.1 記>


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