
暑くなってまいります、もう七月ですな。半年過ぎましたで、奥さん。歳と共に、一年一年が早ぅ感じられることでございますけれども、七月七日は七夕の節句でございます。しかしながら、新暦・太陽暦で申しますというと、もう、梅雨のさなか、終盤に入りますので、雨の日が多い。お星っさん見物てなもん、なかなか、難しいことでございますけれども、今月は、話のほうで、聞いていただこうと思います。『月宮殿星都(げっきゅうでんほしのみやこ)』でございます。芝居の外題めかして、五文字と、奇数で、縁起を担いでますねね。
「何してんねん?」「立ってんねん。」「立ってんのん、分かったある。立って、何してんねん?」「立って〜、立ってんねん。」「一杯飲ましたろか?」という、これも、ちょいちょいございます、おなじみの入りでございます。「その、一杯飲ましたろかに、こりてんねん。」この前も、言われたさかいに、付いて行たら、天神橋の橋詰め、下へ降りて行たら、『まぁ、飲みぃな。』て、川の水やがな。ここで引き下がるのも、嫌なもんで、飲みに飲んだり、手ですくうて、十六杯。『淀川の一筋やで。』と言われて、黙ってるわけにもいかず、『肴が無いなぁ。』『魚やったら、川に泳いでる。』って、んな、アホな。まあ、とりあえず、ウナギを四・五匹もろたんで、これを料理して、ウナギで一杯飲もうと。しかし、この、ウナギてなもん、素人では、料理が難しい。聞くと、この人も、一杯飲ましてもらうねやさかいに、それぐらいは、協力すると。
水箱の中には、ヌルヌル、ヌルヌルとして、ウナギが入ってる。これを料理しようとしますが、なかなか、素人では、ウマイこと行かん。「糠と金づちは、無いか?」って、エライ料理やなあ。糠を撒いて、広げまして、そこへ、ウナギを放り出して、まぶして、捕まえてから、金づちで、頭をゴ〜ンといくて。それから、出刃包丁で、輪切りに。エライじじむさい話ですなあ。片手でつかまえようとするさかいに、なかなか、つかまえられへん。両手で、すまくだ・隅のほうへ…、ほら、逃げた。今度は、二本の指で、背中をさすると、ウナギかて、按摩してくれたはんのかいなあてなもん。首筋に掛かると、これも気持ちエエさかいに、うっとりとしたところで…、ほら、逃げた。そんなんでは、アカン。どこでもエエさかいに、指と指でつかんで、頭を出した所を、首筋をつかまえるて。つかまえは、しましたけれども、だんだん、前へ行く。裏口開けてもろうて、ウナギの行くままに。また、お家へ戻ってまいりまして、今度は、下へ、上へ。ふまいつぎ、はしごで、大屋根へ上がりまして、エエ加減で、放せば良かったんですが、なかなか、放しません。ま、この辺までは、『うなぎや』と一緒でございます。
ところが、このウナギ、こんな男の手に合うようなウナギと、ウナギが違います。海に千年、川に千年、沼に千年、三千年の劫(こう)経たウナギでございまして、折があらば、天へ昇ろうと、狙っておりましたところで、ちょうどこの日が、どんよりとした日和。黒い雲が垂れ込めてまいりまして、当たり一面真っ黒け。ポツポツっと、降ってまいりました雨が、大粒になってまいります。今まで、一尺ほどやったウナギが、胴回り三尺ほどになりまして、この徳さんという男を、尾でキリキリっと巻きますと、竜巻が起こりまして、その竜巻に乗って、中天目指しまして、ピュー。己は、昇天するのに、この徳さんが邪魔になるというので、中天あたりで、ポイっと振り落としまして、ウナギはもっと上へ。振り落とされたほうは、災難で。一体全体、ここがどこかも分からん。向こうから来た人に、「順慶町へは、どう行たらよろしい?」「下界かぇ?あんた、どっかで見たような気がすんねやが、どなたはんです?」「順慶町の丼池(どぶいけ)で、徳兵衛ちゅうもんでんねん。」「あぁ、あぁ、箱屋の徳兵衛はんでっかいな。」「えろう心安う言うてくれはりますけど、あんさんこそ、どなたはんです?」「いつぞやの大嵐の時、雲の割れ目から下界へ落ちた時に、あんたとこの縁先へ落ちまして、腰打って、立てんようになってるところへ、おたくら夫婦に介抱してもろて、ようよう天に帰ってまいりました、雷の五郎蔵でおます。」「あぁ、あぁ、ゴロはんでっかいな。」って、不思議な会話でっしゃろ。風体が変わっているので、なかなか見分けが付かん。トラの皮のふんどしも、太鼓も無しやて。しかし、それは、仕事の時だけですて。ということは、ここは、地上ではございません。中天と申しまして、下界に近い天ですと。上には、まだまだ天が続きまして、ウナギに付いて行ってたら、命が危ないぐらいの、魔性のもんが、ぎょ〜さん居てるらしいですわ。
下界へ、大阪へ帰りたい徳さんですけれども、まあ、それは、折を見て、帰れるようにしたげるということで、下界でお世話になった、お礼にと、ひとまず、五郎蔵さんの家へと、招待されます。「おなり、おなり」って、雷の嫁はんの名前が、おなりですて。「お世話になった、徳さんじゃがな。」「まぁ、さいでございますかいな。主人から、いつも聞いております。」と、一杯飲む段取りになりますが、ちょう〜ど、この日は、お祭り。中天の月宮殿に、祭り見物に行きましょうと、飲み始めます。おいしい、お酒でございますけれども、前に並んでおります料理が、ちょっと変わってございます。霰(あられ)の三杯酢に、虹の塩焼きに、佃煮。なんじゃこりゃ?空に出た虹を、天の川でさらして、星の小便で煮詰めると、虹の佃煮が出来るて。おいしいにゃろか?夕方になってまいりますというと、ぼちぼち出掛けましょうと。しかし、人間の、下界の格好では、具合が悪い。息子さんの、ウコン木綿の縞柄のふんどしに、体じゅうを紅殻に塗りまして、金づちで、頭をゴンっと。角出しですと。手荒いなぁ。五本の指も、おかしいので、鬼の指は三本と、切り落としまして、準備完了。もし万一、人に尋ねられたら、『五郎蔵の弟で、五右衛門や』と、言いなはれと、言われまして、ぼちぼち、祭り見物へと出掛けます。
賑やかに、下座からお囃子が入りますけれども、辺りは、虹を織る、織物の工場。虹陣。って、西陣やがな。ぎょうさん炭団(たどん)が干したあると思いきや、これが雪。天の川で、さらすんですと。しかし、なんじゃ、穴の開いてる所がある。これが、久米の仙人の落とし穴で、昔、久米の仙人が下界を覗いて、落ちた穴ですと。ホンマかいな?女性を見てね。また、この穴から見ますというと、徳さんのカカ、嫁はんが、よう見える。ゴジャゴジャ、ゴジャゴジャ言いながら、やってまいりましたのが、月宮殿でございます。お祭りでございますので、そのまた、賑やかなことと、ここも下座が入りまして、二人が進んでまいります。さすがに、月宮殿というからには、キレイに光り輝いております。いろんな人がいると思いのほか、これが、星ですと。掃除してる星は、ほうき星。カンナ使うてるのんが、木星。水まいてんのが、水星てなもん。戸を持って、きばってんのが、よう開けんの明星。って、んなアホな。さらに奥には、立派な御殿がございまして、中には、御簾(みす)が吊ってございます。五郎蔵さんは、用事がございまして、奥に入ってくるということで、徳さんは、この御簾の前で、一人で、待っててと。そやけど、この御簾の向こう側、内側は、覗かんようにと、諭されます。というのも、御簾の向こうには、大きな葛篭(つづら)が置いてございまして、中には、雷さんが下界で取って来る、ヘソが入ってるということ。二十一歳になると、この中天では、ヘソを一つもらえるようになりまして、通力が付くようになる。まあ、空を飛べるようにもなると。
てなこと言われて、一人置き去りにされますというと、やはり、御簾の向こうは、覗きたいもん。恐る恐る、御簾を持ち上げまして、葛篭を開けますというと、ぎょうさんのヘソ。出ベソやら、へっこんだんやら。一つ掴みますというと、口の中へ。なかなか、おいしいもん。もう一つと、二つ食べてしもた。一つ食べても、通力が付くてなもん、二つ食べたんでっさかいに、こら、エライもん。体が、フワフワと浮いてまいりました。これやったら、五郎蔵さんに頼まんでも、一人で大阪へ帰れる。ちょうど幸い、大阪への土産に、このヘソが入った葛篭を、持って往んだろうと、悪い奴があったもんで、葛篭をば背たらいまして、宙に浮く。気付いた星さんたちが、「あれあれ、葛篭が、動く。つづらが動く。」「五右衛門が、葛篭負うたが、おかしいか〜。」「ものども、召し取れっ。」っと、要するに、この辺が、芝居のパロディーで、五右衛門の葛篭抜けになりまんねやね。宙乗りの、カッコエエとこですわ。しかし、立ち回りの末、葛篭を背負うて、『韋駄天』と共に、逃げ出します。あんまり慌ててたもんとみえまして、さいぜんの、久米の仙人の穴、あそこから落ちまして、ちょうど真下の、大阪の、自分とこの家へ。嫁はん、ビックリいたしまして、こんな日和に、けったいなもんが降って来たと、持ってた杓で、ビシッと。よう見てみますというと、これが、ご亭主。「まあ〜、あんた、どこ行っててやったん?」「ウナギとな、天へ昇ってたんや。天でな、ゴロはんに世話になって、ちょうど月宮殿のお祭りで、お詣りして、大阪の土産に、ヘソ盗んで来たってん。それを、お前、杓で、どついたりしないな。」「そうかて、いうやないかいな。ヘソの仇(かたき)は、長杓で。」と、これがサゲになっております。“江戸の仇は長崎で”という、ことわざがサゲになってございますねやね。しかし、話も、荒唐無稽(こうとうむけい)なら、サゲも、思いもよらんとこから、出て来ますな。
上演時間は、二十五分前後でしょうか。ごく最初の部分、ウナギの場面は、前述のごとく、『うなぎや』と同様でございますけれども、それから、中天へ昇ってからは、なかなか、おもしろい話でございますな。だいたい、想像で作ってあるんでしょうけれども。機会が無いと、普通では、演じにくいタイプのものでは、ありますな。ウナギの部分も、いつ聞いても、おもしろい箇所ではあるんですが、後が控えておりますので、ほどほどに、あっさり目に演じられるのが、良いみたいでありますね。しかし、ウナギに、つかまって、天へ昇るというのは、いかにも、落語らしい発想やおまへんか。豆の木でもなく、月からお迎えが来るわけでもなく。そして、中天で、雷の五郎蔵はんに会うのも、落語らしいですなあ。以前に、下界へ落ちた時に、世話してあった方やて。この五郎蔵はんが、案内役になりまして、これからの話が進んでまいります。一杯飲む、お酒の、あてでも、変わったある。ウマイこと、考えたあるもんですわ。それから、雷の格好になりまして、ちょうど、お祭りというので、月宮殿に見物へ。久米の仙人の落とし穴ですけれども、昔は、もっと、よくウケたことでしょう。今よりも、数段、ポピュラーな話でしたからな。今、子供の、おとぎ話でも、知らんでしょうし。ただ、この穴が、最後のキーポイントになってまいります。星づくしの、シャレの部分も、よう考えてありますな。そして、御殿があって、中に、葛篭が置いてある。しかも、雷さんだけに、中は、ヘソやて。ヘソ食べたら、通力付きますかな?っと、途端に、葛篭を背負うと、体が浮いてしまう。こら、ホンマやったんやね。この場面、よう考えたありますな。これを演出するがために、こんな筋書きになっているというような。芝居の、石川五右衛門と名前も同じで、葛篭抜けの宙乗りて。そして、逃げる途中で、さいぜんの穴から落ちて、自分の家へ戻りまして、サゲになると。ホンマ、突拍子も無い話で、まさに、“江戸の仇を長崎で”ですわ。ただ、話全体といたしまして、空想の世界ですので、お客さんが付いて行かない限り、上滑りになる可能性は、相当高いですな。おもしろいよりも、ただ単に、しゃべったはるで、終わる可能性があるということですわ。難しいですね。どこでも出来る話というものでは、無いでしょう。
演題からして、純粋な上方の話でございます。しかも、ここ最近ではなくって、すでに、幕末に、林家蘭丸という方が作ったとされております。こんな話をでっせ。江戸時代から。人間の考えることちゅうのは、今も昔も、変わらんようなもんで。SFといえば、宇宙に通じる感じも、いたしますがね。所有音源は、故・六代目笑福亭松鶴氏、笑福亭仁鶴氏のものがあります。松鶴氏のものは、有名な、スタジオ録音のものしか知りませんし、上記のものも、それを参考にさせていただきましたが、勢いのある語り口でございました。笑い所も、たくさんあるんですが、はたして、その場のお客さんに、合うか、合わんかは、スタジオ録音の、笑い声無しですので、説明しづらいですな。仁鶴氏も、多分、珍しい音源だと思います。そないに、演じてはれへんと思うんですがね。おもしろいものでした。他に、先代の、故・三代目桂文我氏なんかも、やったはったように思うんです。サゲを、変えてはったん違いましたやろか?
お珍しい話で、誠に、突拍子も無い、荒唐無稽でございます。しかし、江戸時代に作られてでっせ、今まで、こんな話が残ってるちゅうのも、ビックリしますな。
<22.7.1 記>
![]() |
![]() |
![]() |