暑中お見舞い申し上げます。今年も、お暑ぅございます。最近は、夏場と申しましても、お化けや幽霊の出てくる、怪談話などというものも、あまり聞かれなくなりましたが、ほん、何十年か前までは、よくございました。テレビでも、稲川淳二さんなんか、出ておられました。東京のほうでは、続きものの、れっきとした怪談噺というものがございまして、これはまた、結構な大作が多いのでござりますけれども、上方のほうは、頼んな〜い幽霊が、ほとんどでございます。あんまり、夏場に聞いても、寒気のせえへんようなね。前方は、上方で、怪談噺と申しますというと、もう当然のように、故・露の五郎兵衛氏・五郎氏が、活躍されておりました。ラジオなんかでも、何夜連続てなもん、やったはりましたな。ま、今回は、小品ながら、四谷怪談のお岩さんに、ご登場いただきましょう。『足上がり』の芝居噺でございます。

 「ほな、番頭さん、この辺で。」と、ちょっと、話の始まりが、いつもとは違います。途中から、始まっているような感じ。丁稚さんが、番頭はんに、挨拶して、先にお店へ帰る様子。しかも、佐々木さんの所で、皆さんが碁を打ってはるので、もうちょうっと見せてもろてから帰ると、伝言を言い付かっておりますけれども、実際には?なんじゃ、誰ぞに、小遣いも、もろてなはる。外へ出ますというと、もう真っ暗。実は、芝居小屋から出て来はったんですなあ。要するに、番頭はんが、なじみの芸妓はんを連れて、ご馳走も食べての、芝居行きに、この丁稚さん、定吉っとんも、一緒に付いて行かはったと。それで、ちょっと遅くなりそうなので、定吉っとんだけ、先に、お店へ帰らせといて、ことわりを言うとくようにということですな。しかし、子供のこと、帰り道で、定吉っとん、懐へ手を入れまして、さいぜん貰うた小遣いを、探ってなはる。紙に包んで、丸いもんが二つ。穴は開いてないので、五十銭が二枚か、一銭が二枚。一円と二銭では、大違いでっさかいに、淵にギザギザが…。あるあるっ。一円ですわ。ま、当時の小遣いにしては、多すぎるぐらいやったんでしょうなあ。

 ブツブツ、ブツブツ言いながら、帰ってまいります。お店の前。やっぱり、表の戸は閉まっております。番頭はんと一緒でしたら、すぐに開けてもらえますけれども、定吉っとん一人やと、なかなか開けてくれへん。こないだも、金もん屋の赤犬に、かぶりつかれるとこやったて。ということは、番頭はんのお帰りや言うて、だまして、開けてもらおうと。そしたら、怒られまっしゃろなあ。頭ボンボ〜ンと二つぐらいは、どつかれるかも分からん。しかし、犬にかぶりつかれるんやったら、頭二つのほうが、まだましやと、勘定を付けております。「番頭はんのお帰りだっせ。」「へい、ただいま。」「あとちゃんと、閉めとこぞ。」って、番頭はん、居はれへん。「御番頭はんは?」「まだ、お帰りやおまへんねん。ちょっと、計略に。」って、誰でも怒るわ。頭二つぐらいでは、収まらへん。「それでは、応対が違う。」そんなもん、応対して、どつく奴がありますかいな。

 ザワザワしておりますというと、旦さんのお呼び出し。お店の人にも、あんじょう言うときなはれやと、言われながら、奥へ入ります。「こない遅ぅまで、どこ行てなはったんや。番頭はんは?」「佐々木さんの所で、碁がはずみまして、見せてもろてます。」と。「内本町の佐々木さんかえ?」「へぇ、いつもの。」「お前、ウソついてるな。さいぜんまで、ここへ佐々木さんが来てはったんや。」と、こらもう、どうにもこうにもいかん展開になってきた。相手は、番頭はんの上の、旦那さんですからな。「正直に言いなはれ!」「言うてしまいますわ。番頭はんと、芝居見てて、遅ぅなりました。」「なぜ、それを正直に言わん。で、どこ行ってたんや?」「中の芝居でんねん。」「中座か。立ち見か?」「いいえ」「平場か?」「いやいや。桟敷です。」「お得意さんのお供か?」と、旦さんも、だんだん心配になってきた。「いいえ。芸妓はんに、お茶屋の女将さんから仲居はんまで。うちの芝居行きと違うて、ぎょう〜さん、ごっつぉう並べて、わて、もうお腹いっぱいになりました。番頭はんも、薄手の猪口で、芸妓はんを相手に、チビチビ飲みながら。この人が、わたいに一…、一番キレイな人でんねん。番頭はんが、食べさしの、かまぼこ置いといたら、“旦さん、ちょっと、そのかまぼこ、あて、欲しいわ。”“わざわざ、人の食べさし、食べんでもエエがな。”“そんな根性の悪いこと言うて。”“根性悪の食べさし食べたら、根性悪移るで。”“キライ。”って、わて聞いてて、アホらしいて。」「何で羊羹を食べるねん!」「あっ、ここ芝居と違う。」って、そうでっせ。「“番頭はん、こんなことしたら、ぎょうさんお金が要りまんねやろなあ。”と、わて聞いたったら、“まあ、今日の費用は、一本ではあがらんわ。”“一本て、なんぼのことだんねん?”“子供が、そんな心配せえでもエエ。”“番頭はん、ぎょうさんお金持ってはりますのやなあ。”“こら、皆、筆の先から出るのや。”」と、こら、どうもおかしな雲行き。要するに、使い込んだはったんでしょうなあ。旦さんのほうも、どうもおかしいと思うてたような按配で、明日、請け人・保証人を呼んで、いっぺんに、話を付けようと。要するに、ヒマが出る。足が上がるということ。こら、大変や。丁稚さんから勤め上げた、昔の番頭はんでっさかいになあ。定吉に、番頭はんを、明日、やめさすことを、きつく口止めしておきまして、休ませます。

 一方、そんなこととは、つゆ知らず、帰ってまいりましたのが、御番頭はんで。他の奉公人に、戸を開けてもらいますというと、土産は、饅頭に寿司の、甘辛両党。さすがに、ここら、世慣れたお方ですなあ。定吉っとんに、水を持って来るように言い渡しまして、自分の部屋へ。水を置いて帰ろうとする定吉っとんを相手に、なかなか寝られん、今日の楽しかった話。芝居は、途中で帰らしましたが、定吉っとん、四谷怪談の、戸板が流れてくる所まで、見てたて。穏亡堀(おんぼうぼり)ですな。あの後が、夢の場。振りごとがあってから、蛇山の庵室。これを、番頭はんが、定吉っとんに、語って聞かせます。伊右衛門が夢を見ておりますというと、お岩さんも、伊右衛門も、若いうちで、華やかな振りがあって、最後に、伊右衛門がお岩を抱き寄せますというと、この顔が、エライ形相に変わる。ビックリして逃げ出そうとすると、かぼちゃ畑のかぼちゃが、みんな、お岩の顔に。半狂乱になって、刀を振り回している所で、蛇山へ。講中が出て来て、気を静めようと、落ち着けますというと、伊右衛門の一人舞台。お岩の後世を弔おうと、おがらを折って、門火を炊く。その火の中に、お岩の姿が現れて、手に抱いております赤ん坊を育てて欲しいと、伊右衛門に渡す。受け取ろうとすると、これが、石のお地蔵さんに変わる。驚く伊右衛門を見て、笑いながら、お岩が消える。

 「蚊帳の吊り手を一つ外せ。広ぅして。このキセルで、ランプの笠を叩け。」と、これがキッカケ、今、説明した、最後の場面を、番頭はんが再現して見せるという、芝居がかりになりますな。下座から、カンカンと時刻の鉦が入りまして、演者の見せ場でございます。「むむっ。こりゃこれ赤子と思いのほか、石仏。ヒッヒーヒッヒッヒッー。」「ああ、こわ〜。番頭はん、そんな声出しなはんな。わて、今晩、よう寝ぇへん。とても、一人で、便所へは、よう行かん。こんな怖い話、初めて聞きました。」「どや。わしが、今、この蚊帳の陰へ、スーッと消える時に、体が、宙に浮いたように見えたやろ。」「宙に浮くはずや。さいぜんに、足が上がってますわ。」と、これがサゲになりますな。先ほど、旦さんが、ヒマを出す、足が上がるというのを聞いておりましたので、この芝居のマネで、体が宙に浮いたのも、足が上がっているので、当然であると、掛けてございますねやね。今でも、ご理解いただけるとは、思いますけれども、やめさせる、ヒマを出すという意味の、“足が上がる”は、ちょっと、聞く機会が少なくなっております。ま、ニュアンスで、お分かりいただけまっしゃろ。クビになるちゅうことですなあ。

 上演時間は、十五分から二十分前後。長いものではございません。その割りに、コンパクトにまとまった、芝居噺でございますので、昔の寄席なんかでは、よくウケたことと思います。場面転換も、登場人物も、意外と多く、やれそうでやれない、近ごろは、あまり演じられない部類のものかも分かりません。冒頭は、芝居小屋から帰る、定吉っとんという場面。割り合い、唐突な始まりですので、おいおいと、事情が分かってまいります。小遣いをあげる芸妓はんちゅうのも、なかなか雰囲気が出ております。これを帰りがけに、懐で、ギザギザを確かめるあたりなんかも、まだまだ子供の丁稚さんらしくて、時代を感じさせますが、よく出来た部分ですな。表の戸を開ける計略や、お家の方に尋問される場面なんかは、『悋気の独楽』と、雰囲気が似てますね。そういやあ、『お文さん』にも、ありましたか。旦さんに聞かれて、しゃべっている間に、羊羹を食べる所も、おもしろい所です。そして、どうも使い込んでいる様子なので、番頭さんをクビにする、やめさせる話となります。昔は、奉公するのに、保証人が要りましたさかいになあ。そんなこととは知らん番頭さん、土産に、饅頭と寿司ちゅうのも、これまた、粋な、はからいですな。酔いざましの水を定吉に言い付けまして、それから、自分の部屋での、芝居のマネ事。見て来たんが四谷怪談。夏場にピッタリのお話でございます。蚊帳の吊り手・ランプの笠ちぇなもんも、時代を感じさせまして、趣きがございます。そして、最後に、逃げる部分で、サゲになると。話の筋もございますし、芝居の見せ所もございます、短いながら、なかなか、聞き応え・見応えのある話ですな。

 やはり、上方ネタでしょうと思います。所有音源は、桂米朝氏のもの、他に、桂宗助氏のものなど聞いたことがございます。米朝氏は、ちょこちょこやったはりました。時間が時間ですので、テレビなんかでも、出してはりましたな。全体的な流れがございますし、旦さんが、定吉っとんを詰問する場面なんか、いかにも、目に見えるようで、笑いもあり、良かったものと記憶いたしております。宗助氏のものは、克明な芝居の場面が見どころになっておりましたな。定吉っとんも、かわいらしくて。なかなか、聞く機会が、少なくなって来ているようにも思えますので、ぜひとも、ひと夏に一度は、聞かせていただきたいものですな。

<22.8.1 記>


トップページ