もう九月ですけれども、暑いでんなあ〜。今年は、特に、暑さも格別でございました。しかし、その上に、仕事が忙しく、エライことですわ。夏場の仕事は、常の季節よりも、倍に、疲れますな。クーラーも扇風機も、何にも無い場所でっさかいに。ほんでまた、疲れたいうたところで、晩も暑い。寝られへん。毎日、寝不足ですがな。なんべん、あくびのせんならんこと。ということで、今月は、『あくびの稽古』でございます。しかし、このあくびは、稽古所では、どの程度の、あくびなんでしょうかねぇ?初級でしょうか?それとも、奥義(おうぎ)ぐらいまで、いきまんにゃろか?

 あいも変わりません、頼んな〜い男が出てまいりますというと、お話の始まりでございます。ちょっと、稽古に付き合うて欲しいて。またや、またや。この人の稽古に付き合うて、もう以前に、エライ目に会うてるて。稽古好きなんですな。三味線も、懲りたて。付いて行ったときは、『春雨』の稽古。“チントンシャン”が“ジャンジャンジャン”になりまんねんな。何でか知らんと思うたら、三本の糸を、いっぺんに、弾いてまんねやね。次は、踊りのお稽古。『奴さん』の最初が、右手と右足、左手と左足が出る。普通は、交互に出まんのにね。『何をしてなはんね。ナンバになってまっしゃないかいな。』『次は、大国町。』って、地下鉄やがな。お次が、浄瑠璃。『太十』・絵本太功記の十段目、夕顔棚の光秀の出ですわ。『夕顔棚の こなたより』『夕焼け小焼けで』って、文句が違うがな。あきれて、お師匠はんが、お便所行かはったんでも、こたえんで、“オガオガ オガオガ”と練習してると、昼寝してた猫が、この声に驚いて、落ちてしもたて。後の連中さんも、嫌がって、帰ってしもた。隣のお家の奥さんが、『お悪いようでしたら、お医者はん呼んで来まひょか?』と。今度は、巡査はんが入って来て、『時節柄、悪い病気が流行っておる。交番へ届けてもらわな。』やて。『明るい内はエエけど、暗ぅなったら、こういう音は、外へ出さんように。』言うて、帰りはった。お便所で、諦めて帰るのん待ったはった、お師匠はんが、出て来はって、『よう、ご精が出ますなあ〜。』と。今度は、柔術・柔道の稽古。こらもう、だいぶ稽古してると見えまして、日本橋へ掛かる途中で、『向こうから来る男、あいつを投げ飛ばす。』て、また、無茶な話や。『やぁ〜』言うなり、“ドボーン”ちゅう音がするさかいに、さすがに、やりよったわいと見ておりますというと、立っているのは、さっきの人。下から、『助けてくれ〜』ちゅうてんのんは、この稽古好きな男のほうで、なんべんも謝って、助け上げて帰って来たて。ホンマ、エライ稽古ばっかりですわ。

 しかし、今日は、とびきりの稽古。あくびですて。あくびに稽古があんのかどうかさえ、怪しいもんですのに。この横町に、稽古所の看板が出たある。しかし、あくびの稽古て、どんなことしまんにゃろ?嫌がる友達をば、引き連れまして、やってまいりましたのが、あくびの稽古屋はんでございます。出来立てと見えまして、挨拶を交わしておりますが、お稽古というので、先生にすすめられるままに、奥へと。一緒に付いてまいりました男のほうは、玄関先か何ぞで、稽古が終わるのを、待つことといたします。最初に聞きますが、やっぱり、あくびの稽古の、あくびは、あの、あくび。退屈な時に出る、あくびでございます。しかし、あれは、“駄あくび”というらしい。春夏秋冬・四季それぞれに、あくびもありまして、一つ、最初は、やさしいものをと、稽古を頼みます。これが、“もらい湯のあくび”。近所や知り合いで、もらい湯をすることがある。つまり、お風呂を貸してもらう、入らしてもらうんですわなあ。昔、よくありました。銭湯ですと、ぬるい・熱いの文句も言えますが、もらい湯では、そうもいかん。辛抱しなければなりません。たいがい、家人が入った後ですので、ぬるいことが多い。しばらく、つかっておりますというと、芯から底から、ホコホコと温もって、ホッとする気持ちが出てまいります。窓越しに、秋の月などを見ながら、「はぁ〜、あ〜〜。」と、これが、もらい湯のあくび。ちょっと、文章では、感じが伝わりにくいので、ご免蒙ります。

 しかし、どうも、この男には、合わんようで、次は、“将棋のあくび”を、教えてもらいます。相手が前に居て、間に盤がある。盤と相手を七三に見ながら、キセルでタバコを吸う。「長い思案じゃなあ〜。こら、どう考えても、詰んだあんのじゃ。まだか、まだか。将棋もエエが、こう長いこと待たされたんでは、退屈で、退屈で、はぁ〜、たまらんわい。」とな。こんなもん、誰でも出来そうなもんですわいな。この男も、やってみますというと、これがなかなかの、イラチと見えまして、ウマイこといかん。言うてる文句だけは、一緒ですねんけどね。それはどうも、誰かに見せよう、聞かせようという思いがあるからなんでしょうなあ。いま一度、稽古を…。っと、中では、始まりますけれども、一方、外で待っている男も、イライラしてきた。エエ歳した男が、真面目な顔して、稽古するちゅうのも、アホらしい。教えるほうも教えるほうなら、習うほうも習うほう。「長い稽古やなあ〜。こら、どう考えても、やめないかんで。まだか、まだか。稽古もエエが、こう長いこと待たされたんでは、退屈で、退屈で、はぁ〜、たまらんわい。」「ああ、お連れさんは、ご器用な。」と、これがサゲになりますな。表で待っておりました、友人のほうの、あくびを見まして、先生が、ご器用なと。お分かりになりますか?こら、“稽古のあくび”でっしゃろかねえ?

 上演時間は、二十分前後。長いものではありません。もっと短くしようと思えば、短くなりますし。寄席では、よくウケるものと思います。分かりやすいのは、分かりやすいんですが、あくびを稽古するちゅうのが、これまた、落語の発想やおまへんか。前半は、今までの、稽古の失敗談。ここも、膨らまそうと思えば、膨らませますな。一つだけでも、十分ですし。お笑い種の多い場面ですが、尻すぼみにならない程度に、楽しみたいと思います。そして、後半は、実際に、あくびの稽古を付けてもらうと。我々、聞き手のほうも、興味津々ですな。あくびの稽古て、どないしてすんねやろと?これを解消するのが、最初の、“もらい湯のあくび”。実に、バカバカしい。もらい湯しながら、秋の月を眺めて、あくびをするて。そして、二つ目が、“将棋のあくび”。ほんに、バカバカしい。このあくびの仕方というのが、演者によりまして、多少違いのある所で、おもろいもんでんなあ。それを見ておりました、友人のほうが、あくびをしまして、これがサゲになると。誠に、落語らしい話でございます。

 東京では、『あくび指南』の題が、ほとんどですな。あらすじや、サゲは一緒ですけれども、あくびの種類が違います。この辺がまた、おもしろい所ですよねえ。東西で、あくびの仕方が異なるて。寄席では、ちょいちょい聞きますね。所有音源は、故・桂枝雀氏、桂南光氏のものがあります。枝雀氏のものは、やはり、よく笑わせていただきました。この、稽古好きな男が、ホンマに、アホらしゅうて。爆笑です。南光氏のものも、笑いが多く、案外、先生が、もっともらしくしているところにまた、おかしさがあり、私の好きなネタでありますな。他にも、古くは、故・橘ノ圓都氏や、先代の、故・三代目桂文我氏なんかも、やってはったと思います。桂米朝氏も、何ぞの時に、やったはったと思うんですが。

 分かりやすいネタですので、今後とも、よく引き合いに出されるものでありましょう。と、書きながら、ついつい、“キーボ−ドのあくび”が…。

<22.9.1 記>


トップページ