新年、あけまして、おめでとうございます。どうぞ本年もまた、相変わりませず、この上方落語のネタを、よろしくお願い申し上げます。今年は、卯歳でございまして、それに因みましたネタは、何がよろしいやろか?もう、だいぶと、ネタが出ておりますので、悩んでまいりますけれども、『卯の日詣り』にしましょうかとも、思いましたが、その住吉っさんつながりで、お珍しい、『ほうき屋娘』『箒屋娘』を選んでまいりました。お正月には、ふさわしいような、ふさわしくないような…。

 主人公と申しますのは、船場の若旦那でございます。番頭さんが、久々に、挨拶に見えましたが、やはり、また部屋で、ご本を読んでなさる。本を読んでいると、仁義五常の道が分かる。親には孝でございますけれども、ただ、部屋にばかり、閉じこもっていたのでは、かえって、親不孝。というのも、もうエエ加減な歳でっさかいに、お孫さんの一人でも、顔を見せてあげたら、どんなにか、孝行になると。以前にも、『少しは、世間を、ご覧あそばせ。』と言われて、物干しへ上がって、『あ〜、あ〜、世間は広い。』と、おっしゃったということ。要するに、少しは、外へ、お出かけになったら、いかがでございますと。ちょうど幸い、卯の日のご縁日でっさかいに、住吉っさん、住吉大社へ、ご参詣なされては、いかがなもんでっしゃろということになりますわ。

 お供は、亀吉に決まります。というか、お店の衆は、他に誰も、お顔を、存じ上げませんねやわ。お弁当も、作ってございまして、お財布には、粗いもの、細かいもの、いろいろと混ぜて、百両ばかし。しかも、それを、皆、使うて来いて。エエとこ、行って来なさい、いうことですわ。全部使うてきたら、正月と、盆の薮入り、休みを、特別に十日間もろたげるて。その代わり、ちょっとでも、残してきたら、暇出す。って、んな、アホな。いよいよ、若旦那がお出かけということになりますが、片方には、奉公人の、男のほう、もう片方は、おなごっさんのほうが、並んでおります。といえども、こないぎょうさんの人が、奉公人であるとは、若旦那自身、知りませんでしたんやなあ。亀吉も、弁当と、財布を持ちまして、お供に付きます。帰りがけに、ミナミでも、新町でもエエさかいに、どんちゃん騒ぎすんねんでと。お茶屋へ上がったら、すぐ知らせを出せ。千両箱三つ持って、迎えに行くさかいやて。こら、エライお供や。

 ポイと表へ出ますというと、船場をあとに、南へ南、住吉街道へ掛かってまいりますというと、天気もエエことでございます、卯の日でもございますので、参詣・下向の人、また、その賑やかなこと。と、下座から、お囃子が入りますな。しかし、若旦那、なかなか、前へと進みません。たくさんの人でっさかいに、その人が、行ききってしまわないと、向こうへ行けへん。って、エライ人のお供ですわ。道端には、雀逃がしとくれやすと、声を掛ける者。百両は、なかなか使い切れませんので、こんな者にでも、多少やって、雀を逃がしますわいな。物貰い、お乞食さんなんかも。一両ずつやっても、減った感じがいたしませんな。もう少し、南へとやってまいりますというと、赤前垂れの、お姐さんが、お客を呼び込んでおります、茶店が、ズラッと、並んでおります。こんなとこで、お金でも使わんと、なかなか減りやいたしません。一軒の茶店で、ご一服となりますなあ。

 若旦那は、何にも、いらんということですので、亀吉っとんが、ぼた餅・おはぎを、どんどんと注文いたします。普段、そないに、食べさしてもらえへんのでね。亀吉っとんが、食べております間、若旦那も、床机に腰を掛けまして、お茶を飲みながら、一服、吸うておりますと、ちょうど向かいのほうに、年の頃は、十七・八でございましょうか、継ぎはぎだらけの着物を着ておりますが、割り合い、小ざっぱりした娘さんが、ほうきを売ってなさる。ほうきに、ささら、たわしみたいなもんどすなあ。「父が長々、患ろうて、難儀をいたしております。どうぞお求め願います。」と。どこぞの女将さんなんか、娼妓さんか芸妓にでもしようと、目を付けるぐらい。「亀吉!」「へい」って、ぼた餅食べてるとこでっさかいに、喉に詰まりますがな。亀吉の声と、ぼた餅が、喉の奥で、心中するとこ。って、なかなか、おもしろい表現でございます。向かいの、娘さんの所へ行って、『ちょっと、お願いしたいことがございますので、恐れ入りますが、こちらまで、来ていただけませんでしょうか?もし、何でございましたら、こちらからお邪魔をいたします。』と、言うて来て欲しいて。さあ、何か、始まりそうな一件ですなあ。

 亀吉っとんが、娘さんに伝えますというと、こっちへ、来てくれると。「お姐さん、お座布団を。」って、乞食同然の身なりですので、茶店のほうでも、嫌がりますわなあ。しかし、若旦那が聞きますというと、やはり、父親が、長の患い。それは気の毒なと、ほうきを全部求めますて。お金なら、なんぼでもございますので、亀吉っとんも、うれしいこと。「これで足りるかいな。」と、小判で三枚・三両。「こんなに頂戴いたしましては。一枚でも、お釣りがございません。」「それでしたら、お父様に、お口に合うものでも、買ってあげてくださりませ。」「ありがとうございます。しかし、訳の無いお金を頂戴して帰りますと、父親が怒りますので、細かいもので。」それではと、若旦那は、茶店で、紙と筆を拝借いたしまして、所と名前を書いて、娘さんへ手渡します。「ありがとうございます」と、何度も何度も、お礼を述べながら、去ってまいります。それを見ておりました、若旦那、「さあ、出よう。」と茶店の払いを済ませますが、ほうきが残ってございます。これを全部、亀吉っとんに持たせまして…、アレ?住吉っさんと、方角が違いますがな。

 そうそう、先ほどの娘さんの後をば、見え隠れに、付いてまいります。日本橋は三丁目、昔の長町裏、貧乏長屋が並んでおります、その中の、ある一軒の家に、娘さんが、入ってしまいます。ちょうど、角には、羅宇(らお)仕替え屋が、荷を担げてまいりますので、そこで呼び止めまして、荷の蔭から、中の様子を探っております。四畳半ぐらいの部屋に、台所ぐらいのもん。崩れたような七輪には、口の欠けたような土瓶が一つ。部屋の隅には、せんべい布団に、くるまっておりますのが、父親と思しき様子。もう、痩せきっておりますな。「ただいま、帰りました。今日は、結構な若旦那様に、皆、買うていただきました。」っと、代金を出しますというと、小判で三枚・三両という金。驚きました父親が、「こっちへ来なされ」と、火吹き竹のような、細い手を出しますというと、娘の首へしがみ付いて、「何ということを、してくれたのじゃ。人さまのものを盗みおって。」「違います。お断りをしたのですが、もし、お叱りのことがあれば、ここへ知らせるようにと。」さいぜんの、所書きを出しますというと、“大阪船場安土町三丁目 木綿問屋 相模屋宗兵衛 倅(せがれ)宗三郎”と書いたある。「堪忍してくだされや。ありがたいことじゃ。しかし、その金を持って、お家へ、返しに行きなはれ。品物の代金だけは、頂戴いたしますと。」「でも、せっかく、いただいたものを…。」「嫌か?では、わしが。」「お父様、そのお体では…。」健気なもんどすなあ。

 この様子を、荷の蔭から、見ておりました、若旦那、「あ〜、感心なもんじゃなぁ〜。」「旦那、キセルがでけましたがな。これ、真鍮や、真鍮や、思うとりましたが、こら、ムクでやすなあ。」「ムクやなあ。」「ホンマのムクでやすなあ」「ホンマのムクや」「ホリがよろしいなあ」「ええホリやなあ」「カオがよろしい」「ええカオや」って、娘さんの話違いますがな。キセルですがな。亀吉に、代金を支払わせまして、ようやく家へと戻ります。番頭はんに、様子を聞かれました、亀吉っとん、なんじゃ、訳の分からん、途切れ途切れ。住吉っさんにも、お参りせずに、乞食に銭やって、やっと、十五両使って来たて。しかも、ほうき提げて。直接、若旦那に様子を聞いてみますというと、ささらやなんかは、お店の方々に、お土産やて。ほうきの一本を、お父様に、一本をお母様に、残りの一本を、番頭さんにですと。「結構な、お土産を頂戴いたしまして。」って、番頭はんも、うまいこと言うときなはる。「それから、私は、家内をもらうことにいたしました。」「えぇっ。あの、播磨屋さんからのお話で?」「違います。所は、長町裏。」「長町裏?」っと、番頭さんも、驚きますが、仕方が無い。父親が、長の患いということで、こっちへ引き取って、看病するて。しかも、これが叶わないと、「私は、死にます。」と。エライこっちゃ。

 様子を聞きまして、親旦那に相談をいたしますと、それでは頼むと、亀吉を案内に、先方さんの様子を近所で聞いてまいります。評判がよろしいということで、直接、話を持ち込みますと、『そのようなことは』となりますが、皆で、得心をさせてしまいます。しかし、病気の父親は、『ここが良い』というので、医者を遣わしますが、そのうちに、あの世へと旅立ってしまいます。忌明けを待ちまして、いよいよ、婚礼でございます。早速に、ご懐妊となりまして、玉のような男の子が生まれます。親旦那も、安心をいたしまして、ご隠居。若旦那に、相模屋宗兵衛の名をお譲りになりまして、ますます繁盛をいたします。と、まあ、サゲを付けずに、終わられると、こんな感じとなりますな。元来のサゲは、元が、ほうき屋だけに…。ほうきの形と、何の形が、まぁ、よろしいでしょう。

 上演時間は、三十分ぐらいは、掛かりますな。結構、長い話です。落語会なんかには、よろしいでしょう。と言いながら、滅多に、出ませんけどね。適度に、笑いは、ございますけれども、そんなに、大笑いできるという種のものではございませんで、筋の運びが主になる、お話というネタでしょうな。冒頭は、お堅い若旦那と、番頭さんが、世間を見せようという、やりとりから始まります。ここで、どれだけの若旦那であるかを、十分に、お客さんに知らせておくかも、後で、問題になってまいりますわな。しかし、何十人もの奉公人が居てて、若旦那の顔を知ってるのが、番頭さんと、亀吉っとんだけちゅうのも、おもろい話ですよねえ。さすがに、大店だけあって。住吉っさんへ、ご参詣となりますが、居並んだ奉公人の、一人一人に、挨拶して前通るのも、若旦那らしい所。百両使うて来いというのは、番頭さんの、粋な、お計らいですなあ。落語に出てくる若旦那はと、申しますというと、たいがいは、極道が過ぎるというとこなんですがね。ハメモノが入る所から、場面は変わりまして、話は、賑やかになりますが、それでも、なかなか、お金は、減りませんな。と、ある茶店へ入りまして、ご休憩。亀吉っとんは、ぼた餅ばかり食べておりますが、若旦那は、向かいの、ほうき屋さんが気になる様子。ここで、声を掛けまして、ほうきを買って、三両払うと。紙に、所と名前を書いて渡すというのが、この若旦那のえらい所やおまへんか。『崇徳院』や『しじみ屋』みたいに、ならんように。亀吉っとんへ、ほうきを持たせまして、後を付けた先が、長町裏。ただいまの、日本橋ではございません。昔の、貧乏長屋ばっかりの場所。ここで、様子を探っておりますと、やっぱり、ご想像の通りとなりまして、所書きが、物を言うと。この、羅宇仕替え屋はんとの、やりとりは、ウマイことでけた、おもしろい所でございます。昔やったら、もっとウケた所でしょうなあ。それから家へ帰りまして、嫁に貰うことになり、ハッピーエンドで、終わるのが、通例ですな。いらんこと、言わんとこ。筋のある話ですので、ふんふんと、聞き込んでくる所が出来てまいりますと、よくウケることでありましょう。

 東京では…。と言いたいところなんですが、実は、私も、所有音源は、東京の故・桂小南氏のものしかございません。上方でも、最近は、ごくまれに、やったはる方も、おられます。しかし、以前は、小南さんぐらいしか、やったはりませんでしたわ。ま、上方のネタでは、あるんですがね。若旦那の世間知らずぶりが、よく出ておりまして、また、亀吉っとんが、かわいらしくて、おもしろく、なかなか、聞き応えのあるものでござりました。

 しかし、多分、難しい話なんでしょう。なかなか、食い付きが悪いかも知れませんしね。ま、滅びない程度に、聞かせていただきたいと思います。

<23.1.1 記>


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